185話 つかの間の休息
タリム……月夜の花の地下。
ゼルが残したその部屋と道具を使い、ドゥルガは武器の調整を行う。
その間アルとの戦いで失った魔力を回復するためにユーリ達は休息を得る事にした。
「所でユーリ」
ドゥルガさんに武器の調整を頼んだ直後、ナタリアは荷物の中から毛布を取り出していた。
もしかして眠いのかな?
少し時間はかかるだろうし、見張りでもして欲しいってことかな?
「先ほどソティルの魔法を唱えただろう? これを食べて少し休もう」
「わわっ!?」
彼女に投げ渡された物は真っ赤な林檎の実だ。
でも、長旅になる予定だったんだし、こんなものナタリアが用意しておくかな?
そう思いつつも真っ赤な果実にかぶりつくと瑞々しさと林檎の甘酸っぱさ……そしてある部分は一際甘く、これって……
「蜜入りだっ!!」
「これは……美味いな」
なんか林檎を持ってきたナタリアも驚いてるけど……これやっぱりナタリアが買ってきた訳じゃなさそうだ。
じゃぁ、いったい誰が……
「ふふふ、お気に召したようだな」
疑問に思っていると、笑顔で近づいてきたのはケルムだ。
「これケルムが?」
「ああ! まさか歩き続けるとは思わなかったからな! くだものを買い占めていたんだ!! 正直無駄になると思ったぞ」
そうか、それは言わなかった僕たちが悪いね……
でも……
「お蔭で助かったよ」
果物には精霊力が豊富に入っている。
確か、魔力は魔族が精霊力を取りやすく変換したもののはずだ。
つまり、果物や野菜を食べればそれだけ回復が早くなる。
ソティルの魔法は魔力の消耗が激しい分、少しでも回復できるのはありがたい。
ここからは太陽が見えないだろうから、自分でなんとかするのは無理だからなぁ……
「さて……私たちは寝るが……何かしようものなら、分かっているな?」
「え? 寝るの?」
「へ!? 寝るって?」
ナタリアは林檎を食べ終わるとすぐにそうケルムに伝える。
僕たち二人は思わず聞き返すと彼女は腕を組み……
「魔力の回復には食事、そして十分な休息が良いつまり、寝た方が良いという訳だ」
彼女はそう言うと僕に布団をかけ、自身もそこに入ってくる。
えっと……毛布は人数分あるはずだよね?
「でもその、女の子同士でくっ付いて寝るのか? いや、俺としては大歓迎だけど」
「万が一の考えてだ、バルドは勿論お前も一応は体術使い……何が起きても自分で対処しろ、だがユーリには魔法、剣術を始めとする攻撃は苦手だ。守ってやらんとな」
それはそうだけど、一緒に寝ると言うのはどうなんだろうか?
フィーに告げ口するような人たちではないけど……
「いやでもさ、そのユーリちゃんって」
ケルムは気を利かせて声を潜めながら言葉を紡ぐ……
「案ずるな、この姿のユーリは私との血縁関係にある……つまり、娘だ」
ああ、なんとなくだけど何が言いたいか分かってきた。
僕は確かにナタリアの娘だ。
実際に彼女から生まれたわけではないのが複雑だけど……
それでもナタリアは母親として振る舞いたいのかもしれない……とはいえ普段はフィーが居るし、僕の身体は恐らく前の世界での年齢と同じだろうから……
要するに甘えてもらえない、だから強制的にそうしたいとか、かな?
「さてケルム、何が言いたいか分かるな?」
「つまり、ユーリちゃんは娘で……魔物がせめて来たらユーリちゃんは守る。俺が何かしようとしても守ると言いたいってことは分かったぞ」
「うむ合格点だ」
ナタリア……
「なんかさ、親バカ?」
「……い、良いだろう!? 普段はフィーに気を使ってるんだ!! 例え別世界生まれでも子は子だ!!」
そしてそんなに顔を真っ赤にしなくても……
「それに……」
彼女はそう言うと僕の方へと目を向ける。
その瞳はどこか悲しそうで――先程思い浮かべた事だけじゃないのが分かってしまった。
「分かった。寝るよ……お休みお母さん」
ナタリアの未来視では僕は死ぬ……彼女を守って父を殺して……
今回の戦いとは違うとはいえ、僕がいてナタリアがいる。
だから、彼女はそれが起きてしまうことを恐れているのではないか?
だから、急にこんな事をしてきたのではないだろうか……そう思いつつ僕は横になり目を閉じる。
「ああ、ゆっくりと休めユーリ」
僕の言葉がお気に召したのか、どこか優しげな声が聞こえ……
「はぁ……良く分からんが納得してるなら良いか」
どこか呆れたケルムの声が聞こえた。
彼としては元々男であることを知っている上にフィーのこともあり以上どうなんだ? って言う所なんだろう……
でも、僕だって守られて死なれる辛さは知っている。
辛くて、苦しくて……身が引き裂かれる……
助けてもらっておいてこんな事を思うのは間違っている……でも、残されるのは嫌だよ。
それが例え現実ではなくてもナタリアがどんな気持ちになったのかは少し分かるんだ……
少しするとケルムが去っていく気配を感じ、僕の頭にナタリアの手が触れた……
「大丈夫……僕は死なないよ」
目を閉じたままそう一言彼女に告げると、その手はビクリと震え――
「そう、だな……あの時とは違う、今のユーリには対抗する手段がある」
その言葉は彼女自身に言い聞かせるように呟いたように聞こえた……
どのぐらい時間が経ったのだろうか?
「おい、終わったみたいだ。さっさと起きろ」
「んぅ……」
どうやらバルドが起きてくれたようだ。
目を開けようとすると……
未だ頭になにかが触れる感覚があることに気が付いた。
ゆっくりと瞼を持ち上げると当たりは暗く……遠くにランプの灯があるだけだ。
そっか、僕が眠ったからルクスが切れたのか、それに気が付いた僕はルクスを唱え、淡い光を生み出すと光に照らされたナタリアの姿が見えてきた――
「ナタリア、寝てなかったの?」
「ああ、私はさほど魔力を消耗してないからな」
そっか、一人で休むとなると気が引けると気遣ってくれたのかな。
「魔力の方はどうなんだよ?」
「えっと……うん、大丈夫だよ」
全快という訳ではないけど、まだ五回なら安全に使えそうだ。
七回で倒れてしまうことを考えれば丸々一回は回復したことになる。
とはいえ、全体の魔力だからよく考えて使わないと……魔力切れはしてしまうだろう。
「では、外に出よう」
ナタリアの言葉に僕は頷き、バルドに告げる。
「いくらゼルさんが残してくれていたからと言っても、相手が気が付いていないとは限らない……ここから出たら囲まれてる可能性もある。一応準備をして出るよ」
「ああ、それ位は分かる……頼むぞ」
バルドはそう残すと皆を呼びに行き、ドゥルガさんから僕のナイフ、そして弓を受け取る。
ナタリアも同様にアーティファクトと言っていた剣を受け取ったのを確認してから、僕は魔法をかける。
使うのは付加、そして近くにある物を盾に使うための投射だ。
本来なら光衣の方が良いんだろうけど、魔力は仮面まで出来るだけ温存しておきたい。
ケルムから再び受け取った林檎を食べ終わる頃、ナタリアは真剣な表情で扉の近くにある淡く白い光を放つ医師へと近づいた……
「では、この魔法を解除する良いな?」
「うん、お願い……ナタリア」
彼女は頷くと持っていた剣で石へを貫く――甲高い音を放ち砕けた石は光を失う……
「ドゥルガさん……」
「分っている、魔物がいる様ならすぐに合図をしよう」
ドゥルガさんは扉を開け、ゆっくりと階段を上がる。
僕たちは数歩離れ彼の後を追う――
「問題はなさそうだ」
そう言う彼の頭上に灯を動かすと蓋のような物がある。
ドゥルガさんはその蓋へと手を伸ばし……
「フンッ!! ――――ッ!!」
徐々に動かしていく……彼の様子から見ても蓋以外の物が乗っかっているのだろう。
やがてドゥルガさんが通れるぐらいまで広げると、彼は僕たちに制止するよう手で合図をし、ゆっくりと進む。
「大丈夫だ、上がってこい」
彼に言われ僕たちも上へと出る。
そこは……僕たちが良く知っているはずの酒場だ。
「…………」
だけど……
酒場の中を進む中、ルクスに照らされ見えるのは荒れ果ててしまった月夜の花。
フロアにまで出ると、嘗てゼルさんが立っていたカウンターは壊れている。
ここで、フィーと出会ったのに……ここでナタリアに遅い! と怒られたんだ……
そして、僕が冒険者となった場所。
正直に言って顔を出したのは少ないと思う。
それでも笑顔で迎えてくれたゼルさんは覚えているし、忘れることは出来ない。
僕はペンダントを服の中からだし、皆へと告げた。
「行こう……皆」
すると、僕の行動を見てたのだろう、バルドは短剣を取り出し長くなり耳にかかっていた髪を切り……そこには彼の持つ月夜の花の証が見え――
「ゼルの親父の仇は取らねぇとな……」
そう答える。
「やれやれ……冷静さは失うなよ?」
ナタリアも胸元を探り始めなにかを取り出すとそれを首へとかける。
いや、それが何なのかは見て分かった……僕やフィーの持っているものと同じ月夜の花のペンダントだ。
「それ……」
「ああ、フィーと一緒に旅をした時にな……まさか、再び身に着けるとは思わなかったが」
そっか、もしかしたらフィーはその時に同じものでも選んだんだろう。
「……よし、ドゥルガさんお願い」
「任せておけ、騎士としての使命は果たそう」
彼はそう宣言すると扉を開ける。
月夜の花を一歩出ると其処はかつての面影もない寂れた街並みが広がっていた。
生きている人もいるようで、彼らは酒場から出てきた僕たちを見て目を丸くし、疑うように見つめてきている。
そして――
「ずいぶんと目立つな」
「うん、でも分かりやすい……取りあえず上っていけば着けそうだね」
僕たちの目の前に見えるのは髙い所にある城の様な建物。
だけど、はっきり言ってナタリアの屋敷や僕たちの龍に抱かれる太陽の方が立派だ。
何と言うか悪趣味な建物が僕たちの瞳に映っている。
あそこに仮面……キョウヤがいる。
僕は決して英雄なんかじゃない……勇者なんかじゃない、でも……
ルクスを従え、一歩を踏み出すとそれに釣られたように生気のない人が目で僕を追うのが分かった。
そして……
「ゼルの……冒険者だ」
「ああ、間違いない証だ!」
「おい! あれ屋敷の魔法使いだろ? たしかゼルと龍を狩ったはずだ」
人々の声はなぜか興奮気味だ。
「バルドもいるぞ! た、助かるかもしれない! やっと戻ってきた!!」
そうか、彼らはずっとフィーやバルドを待っていたんだ……
「悪い気はしねぇな」
「うむ……ゼルの人望のお蔭だな」
ナタリアたちの声はどこか誇らしそうだ。
「それに、あの嬢ちゃん……話に出てきた月夜の花ってあの子の事だったのか!! 俺てっきりフィーナちゃんだと」
えっと……え?
何故僕はそんな嬉しそうに観られているのでしょうか?
か、かなり恥ずかしいよ? でもなんだか嬉しそうだし反論するのも気が引けるなぁ……
「あは、は……」
そう思いつつぎこちない笑みを浮かべると……死にかけの街の人々は活気を取り戻したかのような声を上げた。




