1話 異世界と新しい俺
少年は裏路地に入ったところで見慣れない占い部屋を見つけた。
興味本位で足を踏み入れて見たが……?
中はなんと言うか質素……机と水晶、んで……婆さんが居るというすごい簡素で驚くほど飾り気が無い作りだ。
婆さんの異様な威圧感が少し怖いけど……不思議と懐かしい気もする。
悪い人ではなさそうだが、ちゃっちゃと占ってもらって帰ろう。うん、そうしよう。
「えっと、いくらですか?」
さっき見た看板には気分次第だと書いてあったが一応確認をしておいた方が良いだろう。
「ふむ、御代は気分で貰うよ、さぁさ、そこに座りな」
どうやら、書いてあることは本当の様だ。
だが椅子なんか無いんだけど……一体どこへ座ればいいのだろう? まぁ地べたでも良いか。
「なにやってるんだい、そこの椅子に座らないと顔がよく見えないだろ? 」
婆さんがそう言うと、俺の前にはちゃんと椅子があった。
はて? 俺は何故故、椅子が無いと思ったんだろう?
「失礼します……で、何を占ってもらうかな? こういうの初めてなんで」
「あー、悪いね、うちは決まってるんだ。……御主、名前はなんと言う?」
決まってるのか、少し残念だけど手間が省けるのは良いな、正直占いってよく分からないしな。
おっと、ばあさんが凄い姿勢で待ってるな。えっと名前だっけ。
「朝日野悠莉っていいます」
「ユウリ、ユウリだね……さて、手始めに御主は今がつまらないと思ってないかい? 信頼できる友もなく、恋人も家族もいないのではないかい?」
なんなんだ? このばあさん、俺は暗いほうだし、はっきり言って顔はよくない。
恋人がいないことは予測は出来るだろうけど、友達がいないってのもまぁ分かる。
でも、なんで家族がいないのが分かるんだ? 六つの時に事故で亡くなったなんて一言も言ってない。いや、落ち着け、こんな裏路地に店構えてるんだぞ……ハッタリだなきっと、試してみるか……。
「いえ、家族はいますよ」
なるべく自然に俺は言う……さぁどうでるかな?
「嘘を言うでない、御主が六つの頃に事故で亡くなっている」
今、なんて言った?
「御主は親が残した遺産で今まで生きてきたのだろう? それも、もうそろそろ底を尽きそうだな、もって後一、二年というところか」
「――!?」
更に続く言葉に俺は息を飲んだ……。
この婆さんの言う通りだ。
「嘘を言うても良いが、次に嘘を言うならそこで話は終わりにしようか」
「ちょ、ちょちょっと待て! 何でそこまで解るんだ? 俺は名前言っただけだぞ、おかしいだろ!」
そうだ、おかしい……医者だった親の遺産はほとんど親族に持ってかれて、俺の手元に残ったのは成人までは何とか食っていけるぐらいだった。
親族は俺を中学までは養ってくれていたが、実際には俺の親の金で俺の面倒を見てただけだ。
その後は面倒見てあげたんだから、と言う理由でさらに金を持っていかれ、俺は残った金を切り詰めて何とか一人暮らしをしてる。
もって、後一、二年それぐらいしかない。
だが……何で、この婆さんはそれが解った? 俺の知り合いではない、それは確実だ。
「ふむ、簡単だ私は人の心を読めるし、この水晶は魔法の道具でな……人の過去がだいたい解るのだよ」
ちょっと待ってくれ、今、吹き出しそうになった。
魔法ってあるわけ無いじゃんか、何だやっぱりハッタリか、偶々同じような境遇の人がいたに違いない、うん、そうだな。
「む……」
「ん? おわぁ!?」
ばあさんがなにやらブツブツ言ってたのに気を取られてたら、どうやら俺は椅子から落ちたようだ。
はて、その椅子はどこに……ドコ?
「顔は見たからもう椅子は必要ないな、さて、本題に移ろうか?」
「え? え? 椅子ホントどこ行ったの?」
無い、冗談無しで椅子が無い、あれ? これもしかして……。
「そうだ、やっと信じ――」
薬をどこかで焚いて、俺、頭やられてる?
「なんでそうなる!」
ばあさんの突込みに俺は呆然とする。
今何も言ってないはずだ……なのにまるで俺が思った事を口にしたかのようなタイミングで突込みが来た。
つまり……。
「へ? じゃぁマジ? 本気と書いて本気なのこれ」
「だから! そうだと言っている……とにかく本題だ、御主が楽しめる世界がある、と言ったらどうする?」
どういうことだ? って心読まれてるんだっけ、口に出しても同じだよな。
っていうかその台詞、どこかの某神様っぽくないか?
「……某神様? 良く分からんが、まぁ……御主はこの世界で生きようと思えば生きられる、それは今までを見てくればわかることだ」
ばあさんは少し間を置くと続きを喋りだす。
「だが、けして楽でもなく楽しくも無い、いずれ嫁を貰っても同じことだ。幸せは無い……そう見える」
容赦ない言い方だな!? なんか悲しくなってきたぞ?
「おい、それはあんまりじゃないか?」
「あくまで占いでの未来、変えたければ変えられる。占いとはそういうものだ、だが――」
「だが、どうなんだ?」
「運命とはそう簡単には変えられん……果てしない努力の上に変わるか、最悪の結果変わるか、一度死に転生するかだ。……私が言いたいのは、今の御主には異世界での生活の方があっているというものだ」
ばあさんはそこまで言うと意味ありげな笑みを浮べ……くすんだ瞳で俺を見据えながら言葉を発する。
「つまらないだろう? 生きるだけの世界は……」
「つまり……死ねってことか?」
俺は間を置き、婆さんに訪ねた。
もし、そうだとしたら、冗談じゃない! いくらつまらなくても死ぬのだけは勘弁だ。
「と言いたいところだがな、私なら転生ではなく転移させることが出来る。そもそも、死んだらどこに転生するか分からん。今、見た運命も変わってしまう、それでこの薬だ」
婆さんが手を差し出すと、そこに確かに飲み薬がある。急に現れたことから恐らく魔法で出したものだろう。
薬を手に取り見てみるが、特別変わった物には見えないな。
「飲むと、どうなるんだ?」
「御主の今の体は捨てることになるが、代わりに別の体が生成される。その時の変化には御主の持っている元々の魔力に応じて痛みが大きくなるがな」
つまり、生きていながら俺は転生……いや、転移するって解釈で良いんだろうか?
「そうだ、だが……死ぬより辛い場合もある。しかし、その先で手に入るのは、今の運命を継承したままの体だ」
薬を見つめる俺をよそに説明を終えたばあさんは、最後に付け加えるように――。
「無論、この世界の人の体より頑丈になる。異世界への転移も耐えられるっと言うことだ」
ふーむ、つまり異世界に行った方が良い。
でも、死んだらどこに行くか分からない上に、そもそも運命が変わるから駄目。
そこで、この婆さんの薬を飲めば、俺は異世界人になり、その世界に行ける。
そして、俺は異世界で楽しく暮らせる。
…………うっさんくせぇ、いや、でもここまできて『手品でした』は流石に無いか? ありえるかも知れんが……。
「どうやら、つまらない人生の方がお好みのようだ」
いや、そういうわけじゃないんだが、こうも変な話が続くとって!? 婆さん半透明になってないか!? 消える? 消えちゃうの!?
待て待て待て、魔法とかそういうのに興味が無いわけじゃないんだ! うん、そうだ。
「婆さん、待ってくれ! 取り合えずあんたを信じるよ、実際つまらないって思ってたことだしな」
慌てて婆さんを引き留めると、ゆっくりと実態を帯びていく婆さんは満足そうに頷く……なんか、ニヤリと笑った気がするぞ? 気のせいかな?
「うむ、では薬を飲むと良い、そうそう新しい体に文句を言うなよ? それは生まれ変わりと同じだ。自分でも他人でも、見た目は選べないからな」
「分かった、できれば、今より良い男であることを願うよ」
イケメンになって明るく振舞えば、あっちの世界でハーレムを作れる。
異世界の話が本当なら……いや、本当だとして楽しみでしょうがない、よし薬を飲もう!
「…………」
「……まっずいなぁ」
ん? 飲んですぐだと、余り変化は無いのか?
「――――ッ!?」
い、いてぇっ!! いや、痛いなんてもんじゃない、息が、でき……ないぞ、く、っそ……これ、死ぬ、んじゃ……ない、か? やっ、ぱり、騙……され、た、のか、俺は――――。
耐えがたい痛みと薄れゆく意識。
そんな暗闇に堕ちていく中で――。
「すまんな……」
ばあさんが何かを呟いた。
「む――――」
だけど、俺が聞こえたのは謝罪の言葉だけだった。
「んぅ……」
はて、色っぽい声が聞こえた。
というか……俺、生きてたのか、それとも俺は死んだのか?
目を開け、俺は視界を広げる。
――部屋だ。
だけど、見たことも無い部屋だ。どこだここは?
体を起すと、視界にオレンジ色の何かが見えるけど、これなんだ? ああ、髪か、俺の……。
ということはあれは本当の話か、そういえば魔力に応じて痛みが酷くなるって言ってたな。
おお、外は凄い景色が良いな、緑が広がってる良いよな自然って! コンクリートジャングルとは違ってこう観てるだけで楽しいよな。
あれは? 見たこともない動物も居るなっということは、ここは異世界か? 俺の体も変わってる……変わって?
「………………」
はて、気のせいだろうか? 視線を下げたら男には無い、たわわな実が……。
はて?
「いや、はて? じゃない、そうじゃない!! って声まで高いじゃねぇか!」
いや、待て、確かに体が変わると聞いた……うん、聞いた。
でも、性別まで変わるとは聞いてない! だが、落ち着け、これはあれだ……女性化乳房ってやつだ。
実際にホルモンバランスで起きるあれだ、だから、大丈夫だ……あるはずだ。
「……無い」
女だ、紛うことなく女だ。くそ、あのばあさん次に会ったら、ただじゃ……。
俺がベッドから下り、ふと近くにあった姿見を目にすると……俺の新しい体の姿が映る。
オレンジ色の髪……は分かっていたが、凄く、可愛いな……瞳の色は緑色か、それに整った顔立ちで非常に可愛い、が……裸だ。
一糸纏わず裸だ、服ぐらい着させておいてくれよ、ていうか元男なのに興奮しないって悲しくないか?
「取り合えずシーツで隠すか……この部屋、服あるよな? 無かったらどうするんだこの状況……」
そう考えながらクローゼットを開けようとした時……ガチャリという音と共に部屋に誰かが入ってきた。
占い師の婆さんだ。
「ん? あぁ! 婆さん、これはどういうことだ! 何で性別まで変わる!?」
「おお、起きておったか……それなんだが初めてのケースでな、今までは性別までは変わらなかったのだが……」
おいおい、その初めてのケースが俺ってか? そんな事はどうでも良い。
「ご託は良い! 早く男にしてくれ、いくら可愛くても裸見ても何も思わないんだぞ!? 男として悲しくなった! どうしてくれる!」
「性別転換の魔法は無い。そもそも、あの薬も魂を一度分離、体の時間を巻き戻し、別世界で生まれた可能性がある体をゼロから生成してるだけだ」
「……は?」
どういうことだ?
「つまり、ユウリはこの世界では女性として生まれる、という事になってただけだ。それに言っただろう? 選べないと、諦める以外ないな」
俺はこの世界では女の子で可愛いだと……っ! いや、俺はかっこよくて女の子にモテたかったんだ。ハーレムを作りたかったんだ。
「男を集めれば良いだろう」
「ふっざけんなババア! 後、勝手に心を読むな!」
なんというおぞましい事を言うんだこの婆さんは!!
「ババアとは心外……っとそういえば、魔法を解いてなかったな」
「あぁ?」
婆さんがローブを取り払うと姿が見る見る変わっていく、それは俺よりも少し背の高い若い女性だった。
透き通るような銀髪に白すぎる肌にコバルトブルーの瞳……美人だけど、なんか凄く病弱そうだな……。
だけど、なんでだろうか? 彼女の姿を見るとひどく安心する気がする。
「ああー肩がこるなあの姿は、まぁ……見てのとおり私は日の光にめっぽう弱い。変身魔法も疲れるからな、道具で変身してるというわけだ。姿形を選べないのは気に食わないが仕方ないものだよ」
なるほど、あれはマジックアイテムなのかってことは――。
「……それの男用はあるのか?」
「あるが、見た目は良くないぞ? それに変身魔法も一生なれるわけじゃない。この道具といえども魔力を消費し続ける、いざという時に身を守れなくなっても知らんぞ?」
身を守るたって俺は魔法を使ったことがあるわけない、すぐ出来るわけでもないだろうに何よりこの姿じゃ剣を持つことも出来ないだろうし……。
「うむ、だから私が魔法を教えてやる安心しろ、これでも私は偉いんだぞ? 世界でも唯一異世界に行ける魔法使いだからな!」
そう言いながら元ばあさんは胸を張る。胸無いな……これはまさにまな板だ。
「ほっとけ!! くっ今日女になったばっかりの男に……悔しいから修行は鬼の様にしてやろう分かったな?」
「俺だって好きでこうなったわけじゃないってんだよ!」
本来なら喜ばしいはずの大きな実は俺が声を上げるたびに揺れ若干痛い。
「なんだ? 私より胸が大きいからってなんの自慢にもならんぞ!」
「違う! その変身ローブでも何でも良いから服をくれ……頼むから、シーツじゃ心もとない」
つーかドアも閉めろ、他に誰か来たらどうするんだ。
「そうだな、開けっ放しはまずいな詫びよう、それと服は適当に用意させている」
適当にって、色々サイズとかあるんじゃないのか? 男だったら本当に適当でも良いけどさ……。
「安心しろ、寝ている間にサイズは測っておいたからな」
「用意周到だな、まぁ俺は素っ裸なのが解決できれば良いけど」
「ところでユウリ」
「なんだ?」
「その容姿で俺は似合わんぞ?」
だよな、俺もそう思ってた。
解ってはいるけど『私』とか『あたし』とかは勘弁して欲しいし……そうだな。
「……今度から僕って言えば良いか? 私って言うのは嫌だ」
「ユウリの世界でも男性の丁寧語は私だったとは思うが、まぁ俺よりは良いだろう」
少し待っているとメイド? らしき人が俺……僕の服を持ってきた。いや、ホント服って大事だ安心感がある。
うん、これでまともな……まともな……。
「少女……だな」
「うるせぇ! なにか解決方法は無いのか!? あれよ!」
「無茶を言うでない!? はぁ……私とてこんなのは初めてだというのに……」
初めてなら許されると? いや、性別が変わるかなんて分からないとは思うが、その可能性も考えろよ。
「それは……そうなんだがな、いや言い訳はもう、よそう……このケースは初めてとはいえ色々と不便だろうしな、私に出来ることはなんでもしよう」
ん?
「どうした?」
「いや、今なんでもするって言ったよね?」
つまり、これはあのお約束の展開……。
「なっ!? そ、そんなこと出来るわけないだろう!」
……駄目だ、興奮しない。
と言うか自分に嫌悪感を抱きそうになった。
「くそっ泣きたい……」
「……安心してよいのか、怒ってよいのか、慰めた方がよいのか……よう分からんな」
「何でもするなら頼む、元に戻る方法じゃなくても良い、せめて男になれる方法を探してくれ情報だけで良いから……お願いします」
「う、うむ、それは約束しよう」
若干申し訳なさそうに頷く、占いばあ……じゃなかった……姉さんって、この人の名前聞いてなかったな。
「そうだったな、名乗っていなかった」
「聞いても無かったしな、アンタ名前なんて言うんだ?」
「私の名はナタリア・アクアリムだ、改めてよろしく……ユウリ」
そう言いながら、ナタリア……僕の師匠となる元占い婆さんは軟らかい笑みを浮かべた。