183話 後編 強襲者
タリムへと向け旅立った一行は魔物に襲われていた男と遭遇する。
だが、その正体は嘗てユーリがフィーナと共に依頼をしたアル……彼は敵とした彼女達の目の前に立ちはだかり……
見慣れた動く死体を見せつけるのだった……
目の前に現れた土色の人影……
それは、ナタリアの手紙を受け取ってなおタリムに残ったであろう酒場の店主……ゼルさん。
「…………そんな」
僕の口から出たのはそれだけだった。
「はは、はははははは!! どうだい? 君に殺せるのかい……知り合いをさ……」
僕が驚いてしまった事で二つの魔法を維持することが出来ず魔法が解けてしまった。
情報屋アルさんは笑い声を上げ、その口は嫌に吊り上がっている……
僕はただ呆然とする他無かった。
この人は僕がこの世界に来て初めて訪れた酒場の店主っというだけじゃない、ナタリアにとっては仲間であり、フィーにとっては恩人の一人で師匠。
マリーさんやバルド、シアさんも……ゼファーさんにとっては家族同然ではないだろうか?
そして、声は大きく最初はびっくりするけど、見た目と図体の割には優しく料理は上手……そんな人をこんな姿にしてまで……
『――――』
土色のゼルさんは巨大な槍を構えこちらへと向かってくる。
龍狩りの槍……嘗てゼファーさんの酒場だった場所の名前であり、彼の兄……ゼルさんの通り名。
元々はその名がふさわしいのであろう槍は今や武器の輝きはなく、くすんでしまっている。
「何も出来ないんじゃないか! 人を貶める以外はさ!!」
「…………れ」
何故ゼルさんがこんな目に遭わなければならない。
「……れ? れ、だって? なに言ってるんだい聞こえないよ?」
「ユ、ユーリちゃん?」
何故、氷狼があんな目に遭った?
「もう一度言うよ? 聞こえないよ、もしかして謝るの? だったら、その四肢もがせてもらうよ。タリムの王は世継ぎを――」
「黙れって言ってるんだよ……」
ゼルさんの意志が無い以上、死体を動かすのもアルの意志なのだろう、僕の言葉と同時に眼前へと迫った槍の先はぴたりと動きを止める。
僕の中に生まれたのはスプリガンにフィーが殺されかけた時と同じ感情……怒りだ。
ただ、以前とは違う……悲しくて辛いのは同じだ。
仮面やアルが憎いと感じるのも同じだ……だけど、それだけじゃない。
……ゼルさんの死体を誰かが見たわけじゃなく、もしかしたらって言うこともあったんだ。
それは叶わない願いだってのも気が付いてた。
だけど、こんなの酷過ぎる……フィーに皆に……なんて言ったらいいんだ。
「な、なんだよ……知ってるんだ君が魔法が苦手だって……」
「そうだけど、だからなに?」
「武器だってまともに扱えないそうじゃないか!!」
そんなのは関係ない……今までだってそうだったんだ。
そんな事より、今はゼルさんだ……こんな姿にされたままじゃ彼も辛いはずだよ……
「そ、そんな君が声を上げたって……それに周りには魔物がいるんだ」
「…………」
なんだろう、この人酷く滑稽だ。
ディ・スペルがあるから僕に有利だと思っているのだろうか?
だけど、あれは欠点がある魔法だ……
「そ、それに、お前の近くに居るのはフィーナちゃんじゃない! その弱い森族だけだろ? だから、魔物へと向かわせなかったんだ!!」
「…………っ!!」
アルの声に反応し後ろから小さな声が聞こえた。
だけど、そんな事は気にしなくても良い……この人は何を言っているのか僕にはまるで理解が出来ないんだから……ケルムが弱い? 確かにそうかもしれない……でもそれは以前ならの話だ。
だからこそ――
「図星だろ!? そんな弱い男とお前だけ――」
「違うよ……ケルムだから助けに向かわせたんだ」
「な――っ!?」
「……え?」
僕の後ろからどこか抜けた声が聞こえる。
彼自身も気が付いてないのかな? 凄く簡単な理由なんだけど……
「嘘だね! そいつが――」
「ケルムは強いよ……ナタリアの剣を避けるぐらいは出来る。それに彼は両手がふさがってても戦えるんだ……」
そう、ケルムなら例え人を抱えてても戦えるはずだ。
それに僕が隙さえ作れれば精霊魔法だってある。
「だから、僕はケルムに頼んだ」
他に理由は無い……そして、もう何も言うこともない。
後は……僕に出来る事をするだけだ。
「う、嘘だ! そんな人と戦うことを怖がる奴なんて――」
アルの叫び声と同時にゼルさんの槍は引かれる。
恐らく勢いをつけ僕をその槍で貫く気なんだろう……だけど、それはあまりにゆっくりで……
「誰だって、初めて人と戦う事になったら怖いよ……」
「――ッ!! う、ウワァァァァァアアアアッ!!」
僕がそう言った後に後ろから叫び声を上げながら駆ける影よりずっと遅く……
「ケルム!?」
「良く分からない! でもお前がぶっ倒れりゃあれは止まるんだろぉぉぉぉぉお!?」
彼は男まで迫るとその足でアルの身体を蹴り上げる。
「――――グブッ!?」
衝撃はすさまじかったのだろう、うめき声をあげ宙へと男の身体が浮き上がると同時にゼルさんの動きは再びピタリと止まった。
「お、俺だって女の子護ることぐらいはするぞ!?」
「助かったよケルム……」
いざと言う時には頼りになるのは変わってないみたいだ。
あのゆっくりな動きなら避けるのも間に合っただろう、だけどその後の攻撃を避けれるかは分からなかった。
でも、ケルムのお蔭で動きが止まった……そして、ディ・スペルで威力を軽減される心配もない今なら――!!
「太陽よ慈悲を! 邪なる者に裁きを……ルクス・ミーテ!!」
僕は陽光を生み出し、それを天高く飛ばし発熱させる。
ゼルさんはともかく、他の魔物に対してはそこまで効果が無いかもしれない。
とはいえ、動きは鈍っているはずだ!
「ナタリア!!」
僕が名前を呼ばずとも彼女は理解したのだろう……詠唱が聞こえ始め――
「アルリーランス!」
――魔法は放たれた。
「すまない、ゼル……やはりあの時タリムに寄っていれば」
ドロドロに溶けた死体の中、一本の槍が地へと刺さっている。
まるでゼルさんのお墓にも見えるそれに向かい、ナタリアは謝罪の言葉を繰り返す。
「…………」
バルドはなにも言わず、ただその墓標を睨みつけていて……その瞳の中でゆらゆらとなにかが燃えている様な感じがした。
「――――かっ、は!?」
そんな時だ、アルは息を吐き出し向くりと立ち上がる。
だけど、ドゥルガさんとケルムが気を利かせてくれて彼を見張っている……これ以上何かすることは出来ないだろう。
何かしようとした時点でケルムの足が飛ぶのは分かり切っているんだから……
「バルド……?」
そんな中、バルドは徐にアルの方へと向かって行く……
「ひっ……」
そして彼は乱暴に髪を掴み、軽々と男を持ち上げた。
「バルド、やめて……」
これから彼はアルを殴るつもりなんだろう……気持ちは分かる。
やったことも許せない、だけど……僕は彼にそう告げた。
「ぁあ?」
当然、苛立った声でバルドは一言口にし……拳を握る。
「許したくないけど、その人殺してもなにもならないよ、原因は仮面だ」
「んなこと分かってんだよ……だがよ、その仮面の配下を生かしておいてなにかあったらどうすんだよ?」
彼の言っていることは最もだ……
だけど、そんなことが出来るのだろうか?
「大丈夫、その人は人を殺せないよ……証拠に槍を突き出せば簡単に僕を殺せたのに出来てない。憎いとまで言ってもその覚悟がない……人は殺せないんだ」
僕の言葉を聞きバルドは深くため息をつく。
そして、握った拳をアルへと叩きつけ――
「――ッ!? が!?」
彼を手放した。
「ゼルの親父の分だ……それだけで済んだことをせいぜいユーリに感謝しておくんだな」
そ、それだけでって……いや、うん……歯が何本か吹き飛んだ、よ?
「ひ、ひ……」
「だが、今度なにか企んだら……分かってるよな?」
「は、はい……わ、わかりました……」
う、うん……バルドがそれで納得するなら良しとしよう。
「……」
彼は鼻を鳴らし、男からケルムの方へと視線を移す……
もしかして、使えないとか言うつもりなんだろうか?
「な、なんだよ?」
だけど、僕の考えごとは杞憂だった様でバルドはなにも言わずケルムの肩に手を置いてこちらへと戻ってきた。
「え? マジでどうした?」
どうやら、バルドは彼が仲間だと判断してくれたんだろう、その本人はその意味に気が付いてないのが残念だけど……
「ユーリの言っていたことが本当だったということだ……」
ドゥルガさんもどこか優し気だし、これから先仲間割れは心配しなくて良さそうだ。
フィーやシュカが動けない以上、案外頼りになるケルムが欠けるのは痛手だしね。
でも新たな心配は出てきてしまった訳で……
「ナタリア……」
仲間があんな姿になってしまい、彼女を戦わせるなんてどうなんだろうか……
リラーグに残ってもらっていた方が良いんじゃないだろうか?
「それで?」
「へ!?」
「私をリラーグに残してユーリ、私の魔法無しで戦えるのか?」
ナタリア……心は読まないんじゃ!?
「全員でそんな顔をされたら読みたくもなる……ゼルの事は終わった事だ……冒険者なら分かるだろう?」
「そ、それはそうだけど……」
いつ死ぬか分からない。
そんな事は分かっている……でも、そんな事で済ませられることでも無いはずだ。
「……悲しむのは後にしよう、それよりもゼルはあんな姿になってまでも仲間でいてくれたようだぞ」
「……え?」
彼女はそう言って槍の一部分を指す。
「ここだけ妙におかしかったのでな……解除が嫌に面倒だったが、なんとかなったぞ」
「こ、これって……」
其処には文字が彫ってあり、それはゼルさんが死ぬ前に残してくれていたんだろう槍に刻まれていた言葉は――
『部屋は閉じた道を使え』
ただその一言だけだ。
だけど、閉じた部屋……そして道という言葉で簡単に連想は出来た。
「ゼルはどの魔法も苦手と言っていたが幻影魔法だけは得意だったからな、隠しておいてくれたんだろう」
「じゃぁ……やっぱりこの閉じた部屋の道って」
「ああ、転移陣は残っている、月夜の花に一つだけな」




