180話 フィーナとメル
龍に抱かれる太陽へと戻ったユーリ達はフィーナの元へと向かう。
空に浮いている街を見て彼女の事が心配だったユーリとナタリアだったが……
出迎えたのはいつも通りのフィーナとメルだった。
フィーの様子は思ったより良さそうだ。
何故なら彼女はゆっくりと立ち上がると僕の方へ歩いて来た。
「呪いの方は見つかったの?」
「…………うん」
複雑ではあった。
呪いは見つけたとは言っても一つの大陸の守り神であった氷狼は失われたんだから……
「ユーリ?」
氷狼の事を言った方が良いのだろうか?
そう思いつつもフィーの心配そうな顔を見て、僕は笑顔を作り……
「なんでもないよ、ちょっと……疲れただけだから」
ここにはメルも居るんだ。
フロムの守り神である氷狼が殺されたなんて事を言ったらあの子まで不安に思ってしまう。
「……それより、リラーグが宙に浮いているのって……」
「うん、太陽に近ければあの魔物も近づかないんじゃないかな? って思ったんだよー?」
本当にフィーの案だったんだ……
「それにしても、どうやって空を浮かせた? 精霊の力では無理だろう、かといって魔法では魔力が足りんはずだ」
「うん、だから……魔力船と同じようにしたんだよ?」
魔力船? ってことは魔力を水晶に蓄えた?
でも……水晶では無理だってナタリアが言ってたんだし、一体……
あ、でもフィーがなんか自信に満ち溢れた顔をしてる。
うん、すごく可愛い……じゃなくて――
「水晶じゃないとしたらどうやって……」
「金剛石だよ?」
「なに? 金剛石だと……それは確かユーリが加工法を見つけたという」
ダイヤ……?
「うん、それで空を飛べるようにテミスやシルトに頼んで作ったんだよ?」
そうだったんだ。
「しかし、フィーナは空が苦手のはずでは」
「………………うん」
ドゥルガさんの言葉に明後日の方向を眺めながらフィーは死んだ魚のような目をしている。
「慣れようと思って空を飛ぶのは頑張ったよ……?」
な、なるほど……誰かに頼んで浮遊をかけてもらったのか……
「ふぃーなまま、ゆーりままのためにがんばったのっ!」
そんな様子を見てメルはフィーの方へと歩いて行くと僕の目を見て笑顔を見せつつそう教えてくれた。
「うん、ちゃんと約束守ってくれたんだね」
僕はそんなメルの頭を撫でつつそう答え――
「でも、お守りの渡し方は強引だったね?」
「だって、ああでもしないと受け取らないよ?」
ぅぅ……確かにそうだけど、そうだけど……
「――――はっ!? ユーリちゃん!!」
「ひゃぁぁ!?」
いきなり後ろから両肩を掴まれ、ケルムに名前を呼ばれた事で僕は変な声を上げる。
「ユーリ!?」
突然の事で心臓はバクバクとなっているし、はっきり言おう!
「い、いきなりなにをするの!?」
「いや、それはこっちのセリフだ! なんだその可愛らしいちびっ子は!!」
彼は大きな声を発しながら一人の少女へと指を向ける。
「「「「………………」」」」
この場に小さい子と言ったら我が子であるメルしかいない訳で……
フィーはメルを自身の後ろに下げ、僕の後ろからは指を鳴らす音と共に剣が鞘から抜ける音が聞こえた。
見なくても分かる指を鳴らしているのはドゥルガさんで剣を抜いたのはナタリアで間違いないだろう。
「ケルムって……女の子なら誰でも良いの?」
僕は一応確認のため恐る恐る問いを出してみると――
「当たり前だ! 良いか? 俺がおばさん、ババアって言葉を使う相手は非常識な人間だけだ! それ以外はお嬢さんなんだよ!! 歳は関係な――っていや……そうじゃなくてな?」
彼の言葉によって部屋の温度が何度か下がったことに気が付いたのだろう。
ケルムは慌てて言い直し……
「その子、フィーナちゃんの様でユーリちゃんの様で…………一体誰?」
「……お前は」
ケルムが聞きたかったことが分かり、一旦安堵をしたのだろうナタリアの呆れたような声が聞こえた。
「言っただろうに……その子はメル、メアルリースだ」
「え? え?」
「だから、僕とフィーの子供だよ」
そう言えば子供がいると言ってはいたけど、フィーとの事は直接は言ってなかった気もする。
とは言ってもなぁ……彼は僕たちと過去にあっている訳だし、仲が良いことも知ってるはずだ。
だから、メルが僕たちの子供だって察しが……つく訳がないか、一応は僕も間違いなく女性なわけだし……
「へ? でもユーリちゃんはそれに、フィーナちゃんも……」
「……混乱するのは分かるけど、ユーリのどこ見って言ってるのかな?」
うん、彼の目はどこに向かっているのだろうか? とにかく顔じゃないことは確かだ。
「さて、親子水入らずというものだ……」
「へ? ちょ……!?」
そんな彼をドゥルガさんは引っ張っていってしまうし……なにもそこまでは良いんじゃないかな?
「いや、聞かないといけないんだ! 特にあの少女の始まりの所から!!」
うん、やっぱり連れてってもらおう。
「……さて、私も部屋に戻るとしよう」
「え……」
ケルムたちが去るとナタリアもそう言って部屋から出て行こうし、僕は予想してなかった言葉に声を漏らす。
せっかくドゥルガさんが親子水入らずと気を利かせてくれたのに……
「なんで?」
メルもそんなナタリアに疑問を浮かべたのだろう首を傾げつつ彼女に問う。
「な、なんでと言われてもな……」
彼女は困ったような表情を浮かべて、メルの方へと目を向ける。
だが、そんな彼女を見てもメルは気に留める様子もなく、彼女に近づき手を引き始めた。
「なたりあはゆーりままのおねえちゃんでしょ?」
…………なるほどそう思ってたのか、勿論ナタリアは姉ではない。
でも、メルは何故かは分からないけど自分に近しい人物だと分かったのかもしれない……どうりで他の人より懐く訳だ。
「ねっ?」
しかも凄い笑顔だ。
対するナタリアは目を丸くしているし……なんで、そんな顔をするんだろう?
姉という部分は違うがメルの言う通りなんで去ろうとするのかが分からない。
「ナタリア……メルは居て欲しいって」
「そうだよー? それに、ナタリーが部屋に行っちゃったらメル悲しんじゃうよ?」
ナタリアはそう言う僕たちの顔を交互に見て、目を伏せると……やがてゆっくりと瞼を持ち上げメルの頭を撫でつつ答えた。
「……そうだな、そうしよう」
僕たちはそれから他愛のない話をした。
これから僕とナタリアはタリムへと向かうというのに……もしかしたら、死ぬかもしれない。
そんな不安もなくなっていくようで安心できる時間が過ごせたと思うんだ。
ナタリアが言った「守るべきものを目に焼き付けておけ」って言葉はただ単大事な人たちをに忘れるなって意味じゃないのかもしれない。
彼女がそう言ったのは僕の決心を揺るがさない為と言うのもあるのだろう……
だけど……ナタリアは自分で私たちと言っておきながら、メルの前から去ろうとした。
彼女の事だから決心はもうついているんだろうけど……
「どうした?」
「なんでもないよ……」
「ユ、ユーリ? なんで怒ってるの?」
どうやら僕は知らず知らずのうちに怒っていたみたいだ。
そんな僕の様子を見て不安に駆られたのかメルは僕の事を見つめ――
「めるわるいことしてないよ?」
そう小さな声で言ったので僕は笑顔を作り我が子を手招きする。
すると、自分に対する怒りじゃないと察したのか表情を少し柔らかくしたメルがこちらへと寄ってきた。
「大丈夫だよ、メルは良い事をしてくれたんだからね?」
彼女を膝の上に座らせ頭を撫でつつそう言うと――
「ほんと?」
メルはまだ不安が残す瞳で僕を見つめてきた。
僕ってそんなに怒りやすくは無いんだけどなぁ……
「うん、悪いのはナタリアだからね?」
「なっ!? わ、私こそなにもしていないだろうに!!」
確かになにもしてない様に見え、フィーも首を傾げている。
だけど……ナタリアは分かってたはずだ。
いくら家の中だと言っても部屋から去ればメルが悲しい顔をするって……
「だって、自分で言っておきながらメルの前から去ろうとしたよね?」
僕がそう言うと、彼女は目を泳がせながら……腕を組む。
「それに、ナタリアにとって僕は勿論フィーも妹や娘同然だって言ってたよね?」
「そうなの? ナタリー?」
その言葉を聞き若干嬉しそうな声を上げたのはフィーだ。
幼い頃から一緒に居る彼女としては当然だよね。
「……はぁ、そうだな……確かにそう言った。私が悪かった……だからユーリそう目を釣り上げんでくれ、なにかと辛い」
「え? 僕そんなに怒った顔してた……?」
そんなに顔に出てたかな? うーん、でも……親子水入らずだと言われもしたし、その中にナタリアも入ってるって思ったのに、彼女が去ろうとしたのには嫌な気分にはなった。
確かにナタリアの血はこの身体に半分流れているのだろう、でも彼女は親でも姉でもない……
それでもそう思ったのは……なんでだろう……?




