176話 氷狼の元へ
ドゥルガとバルドへロクな説明もないまま出会ってしまったケルム。
ナタリアの出した提案の元、なんとか二人は連れていく事に納得をし――ケルムと言う仲間を得たユーリたちは彼の案内を受け、再び氷狼の元へと向かう事にした。
果たして新たな呪いの情報は得られるのだろうか?
準備を済ませ、いざ氷狼の元へ……って言う所で僕は体に繋がれた紐もつまみ溜息をつく。
「結局これはつけるんだね」
迷子にならないための紐なんだけど、その紐の先はナタリアが握りしめている。
確か彼女のも道に迷いやすい体質だったはずだけど……
「安心しろ、ユーリよりはひどくない」
「……胸を張られて言われても」
というか、迷うのは否定しないんだね。
それはそれでかなり不安だよナタリア。
「だがよ、紐を持つならナタリアの方が適任だろ」
「それは……そうだけど」
僕としては誰が紐の先を持つかではなく、つけられている時点でって話なんだけどなぁ。
だからといって、無いとそれはそれで迷う自信があるのが悲しい……
「え、えっと出発しようか……」
僕はがっくりと項垂れ、再びそう告げると揃って村を出た。
以前と同じようにケルムに案内をしてもらいつつ僕たちは雪の山道を進む。
途中に出てきた魔物は以前と何ら変わりのない氷のゴーレム、見た所あの魔物はいなさそうだ。
「ねぇケルム」
「なんだい? 寒いなら温めようか」
「「…………」」
なぜ彼は息をするようにそう言ったことを言えるのだろうか?
ナタリアも呆れた目をしてるし……
「あ、いや……なんですか?」
「魔物の生態って変わってないの? その、普通に倒せない魔物とか夜行性の魔物が増えたとか……」
リラーグやトーナにいた魔物のことを聞くと彼はこちらに振り向きつつ、首を傾げる。
「いや、聞いたことが無いな……あーでも」
「でも……?」
なにか知っているのかな?
「メルン地方ではそう言った魔物が出てると聞いてる、でもそれはユーリちゃんたちの方が詳しいだろ?」
「うん……」
彼が嘘をつく理由もないし……キメラたちは居ないのかな……
でも、山は越えないといけないけど、海を渡る必要があるフォーグと違ってフロムには来れるはず。
それでも見かけないってことはあの魔物には太陽の他にも活動するための制限でもあるのだろうか?
雲? いやあの雲が無くても魔物はいた……
活動は出来なくても夜の内に動く事は出来るはずなんだ。
「……おい」
不意にバルドの声が聞こえ僕は顔を上げる。
「妙だな……」
ドゥルガさんもなにかを警戒するように立ち止まり、辺りを見回す。
「――――」
ケルムは二人の言葉を聞くなり聞こえない言葉を発し始めた。
恐らくは精霊との会話だろう……
三人いや、ナタリアも含めた四人が警戒し始めた理由は一つだ。
「…………」
僕も辺りから音が聞こえたりしないか耳を澄ます。
でも、なにも聞こえない。
あのフェレットみたいな尻尾も見当たらない……
そう、ここは山道でさっきまでは魔物も襲って来ていたというのにも関わらず……魔物の気配は愚か動物でさえ見えない。
洞窟と同じように静かすぎる。
「――ケルム!」
僕はこの場所に詳しいであろう男性へと声をかける。
だが、彼は僕の方を向くなり首を横に振るだけだ。
「駄目だ、この先は危険だとしか精霊は言ってない。だけどここを通らないと氷狼の所には行けない……どうする?」
「空は?」
陸が駄目なら飛べば行けるかもしれない、僕はそう思い提案するも彼は表情を険しくし、僕に詰め寄ってきた。
「それこそ危険だ、まだ半分も来てないんだぞ? 吹雪が吹いて来たら道が分からなくなる……」
「つまり、この先に行くなら覚悟を決めろって事か」
「…………バルドの言う通りだな、なら警戒をして行けばいい」
「いや、そうなんだけどな? 危ないのは変わりないんだぞ? ドゥルガ」
今ケルムが言った通りこの先は危険で、でもここを通らないと氷狼には会えない。
なんだろう……なにか胸がざわりとして……不安な感じがする。
「…………」
「ユーリ、どうした? 不安そうな顔をして……」
「ううん……」
ナタリアに心配されつつも、それは僕の勘違いだと思うことにし真っ直ぐ前を見るために顔を上げ――
「行こう……皆で警戒していけばなにかしらに気がつけるはずだよ。危険だと判断したら僕の名前を呼んで、光衣を掛ける」
どちらにしても引き返すという選択肢は無い。
呪いの武具を闇雲に探す手間を省くためにここに来たんだ。
……氷狼、グラヴォールは無事……だよね?
「……よし、じゃユーリちゃんの言う通り進もう」
「ああ……」
「ユーリの指示に従おう」
皆がゆっくりと前を進む、僕も後を追おうと歩みを進めると不意に体が後ろに引っ張られた。
なんだろうと思って振り向くと其処には一瞬ソティルが見えた気がしたけど、その姿は歪み……僕は慌てて目を擦る。
するとそこにはナタリアの姿があり、どうやら体が引っ張られたのは彼女が持つロープの所為だったみたいだ。
でも、どうしたんだろう……ぼーってしてるけど……
「ナタリア?」
彼女が呆然としている事に疑問を持った僕が彼女の名を呼ぶと――
「…………ユ、ユーリか?」
「え?」
「い、今……いや、何でもない急ぐとしよう」
なにかを言いかけた彼女は頭をゆっくりと左右に振り、歩き始め先へと進んで行く。
「早くしろ、置いて行かれるぞ?」
「ま、待ってよナタリア!? 引っ張られ、転んじゃう!?」
僕もだけど、ナタリアも立ち止まってたんだよ? ……僕は聞こえない様に呟き慌てて後を追った。
再び雪道を歩き続ける。
だけど、魔物は愚か動物さえ見かけない。
洞窟の中ではふいにあの尻尾を見つけたんだけど、そんな様子もなく僕はますます不安になっていく……
もしかしたら氷狼になにかあって、それで魔物がいないとか……いや、いくらなんでも、あの氷狼が負けるとは思えない。
僕たちはたまたま勝てたけど、二度目は勝てるか分からない……前回勝てたのは運なんだから……
それほどに強い魔物であり、この地の護り神それが氷狼グラヴォール……だから、大丈夫……僕が考えていることは起きない。
「着いたな」
「うん……」
ナタリアに言われ僕は目の前にある氷の洞窟へと目を向けた。
正直に言うと入るのが怖い。
こんなに不安な気持ちになることはあるのだろうか?
でも……
「行こう……」
僕はゆっくりと洞窟の中へと足を踏み入れる。
『誰だ?』
また、そんな言葉が聞こえるのだろうと思っていた。
「……そんな」
だけど、僕の目の前に見えたのは……
あの綺麗な毛並みは血に塗れ、汚れ……離れているはずなのに鼻に付く異臭は認めたくないそれが現実だということを突きつける。
だというのに、濁りきった瞳は開いていて……
牙をむき出しにするソレは……僕の知る賢き魔物グラヴォールとはかけ離れたものだった。
「……そん、な……」
たった一回会っただけ……
でも、その一回で彼はナタリアを救う術を教えてくれた。
経緯なんてどうでも良かった……なのに……
「こ、これってゾンビか?」
森族であるケルムは匂いがきつ過ぎるのだろう、苦しそうな声を振り絞る。
「……これがユーリの言っていた動く死体か」
「襲っては来ないみたいだな……」
「おい! なにもいねぇのはコイツの所為だろうが! さっさとずらかるぞ」
バルドが声を張り上げたからだろうか?
氷狼だったものは僕の方へとその濁り切った目を向けてきた。
「……あ……ぁあ」
逃げないといけないはずだ。
でも、逃げてしまえばこの子はずっとこのまま……苦しむことになるのではないか?
そんな風に思ってしまうと足は動かず……
僕はその瞳から目が離せなかった。
そんな時だ彼がゆっくりと言葉を紡いだのは――
『久……しい、な』
「……え?」
僕の知っている声ではなく、もっと弱弱しく聞き取りづらい。
でも、確かにその声は目の前にいる腐った狼から聞こえた。
『待って……いた、間に、合った……うだな、小さ……き魔族よ』
待っていた?
僕を待っていたって……
『長い、月日……意識は、もう……尽きる……せめて、白を……持つ……お前の……力となろう』
「ち、力って……なにがあったの?」
聞くまでもないのかもしれない。
でも、それでも……確かめておきたかった。
『お前たちが……去った、後……黒の、呪いを……意識が、途絶え……れば、この地は……滅びる……だろう』
「…………」
ゼルさんをメルンの人たちを……そして、目の前にいる氷狼を苦しめているのはあの仮面であることは間違いはない。
だけど、僕はまだ話せば分かってくれるんじゃないか? そんなことを考えていた。
そして奴はこの地を呪った、彼の言葉から察するに彼自身がその呪いなんだろう。
そして、彼の死……意思の喪失と同時に呪いは振りまかれる。
もう、キョウヤ……いや、仮面と言う存在はなにを言っても止めることは出来ないのが分かってしまった。
『呪いを……求、めて、来たの、だろう……奴の……呪い、だ……我が身、から……知識、を……得よ……』
呪いを振りまき、アイツは着実に周りを蝕んで行った……
たったの五年、世界の規模で言えばまだ狭いのかもしれない……だけど、このまま放って置くなんてことは出来ないんだ。
僕はそう現実を再び突き付けられた。
そして、あの凛々しい氷狼は僕の為に……僕を待っていてくれたんだ……僕はゆっくりと腐狼へと近づき、彼へ左手を添えた。
『奥に、いる……』
「……え?」
『奥にいる、魔族は……以前言って、いた者……か?』
それがナタリアのことを指していたのはすぐに分かり、僕は微笑み彼に答える。
「うん、お蔭で助けることが出来たよ……ありがとう、グラヴォール」
僕の言葉に安堵したのかゆっくりと目を閉じるグラヴォールは苦し気に表情を変える……
彼に出来ることはたった一つしかない。
だから、お願いだソティル……魔物と呼ばれ、聖獣と謳われたこの偉大なる狼を助けるための力を貸してほしい……
『――――』
声は聞こえなかった。
でも、確かに彼女は傍にいて……僕の言葉に微笑んでくれた。
――そんな気がしたんだ。




