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171話 血塗れのユーリ

 フェレットの様な尻尾を持つ老人……

 一見してキメラに思えるフロスティと言う魔物は血に反応をし興奮するようだった。

 猛攻を耐えるユーリだったが、次第に傷が増え起死回生の一手を打つ――

 見事魔物を倒すことは出来たのだが……ユーリは倒れてしまうのだった……

 なんだろう……体が暖かい……それに、痛みが引いて行く?

 この感覚には覚えがある……ヒールだ……でもなんか違う感じもする。


 だけど、傷が癒えているのは分かる……これは一体誰が? 僕以外の人にはソティルの魔法は使えないのに……

 僕は閉じかけていた瞼をゆっくりと持ち上げる。


「……え?」


 腕を動かしたつもりもない。

 魔法を唱えた記憶もない。

 いや、違う……ソティルの声が聞こえて……僕が無意識の内に唱えたのだろうか。

 でも、なんで僕の身体にかざされている手は右手ではなく左手なの?


「ぅぅ……」


 だめだ……まだ痛みが……

 僕が痛みで思わず目を細めると、左腕を誰かが持ち上げているように見えた。

 不思議に思いその手を辿っていくと――

 その先には見慣れた女性がいて……彼女は。


「……ソティ……ル?」


 そんなはずはない。

 確かに彼女は存在して僕と話すことは出来る。

 だけど、それはあくまで夢の中や僕の精神の中での話……現実に僕の目の前に現れてなにかをするなんてことは……


「…………」


 幻影だろうか? そう思う僕の方へ彼女は目を向けると微笑みその姿は光に包まれ、僕の中へ溶ける様に消えた。

 それとほぼ同時にヒールの光は消えて行き、痛みもどうやら遠のいたみたいだ。


「……今のは?」


 まさか本当にソティルが助けてくれたの?

 いや、確かフィーからもらった木彫りのお守りがあったはずだ……意識も朦朧としてたし……回復出来るのはソティルだけだからそう思ったのかも……


「あ、あれ?」


 そう思ってお守りを取り出すとそれには傷一つない……おかしいな? これって死ぬ間際に代わり身になってくれるんじゃ?

 だとすると、僕を助けてくれたのは――ソティルしかいない? でも、どうやって魔法を……


 ソティル、僕を助けてくれたのは君なの?


 いつもの様に心の中で彼女に呼びかけたものの、ソティルはなにも答えない。

 嫌な予感がし、慌てて腰にある彼女の本を手に取って確かめて見た所、傷一つ見つからずほっと胸を撫で下ろした。

 どうやったのかは分からない。

 でも、確かに彼女が僕を助けてくれたんだろう。


「ありがとう……」


 僕は姿の見えないもう一人の仲間にそう告げる。


「ユーリ、無事か!!」


 聞きなれた声が聞こえ僕は振り返ると其処にはナタリアが立っていて。


「――――ッ!?」


 彼女は一瞬目を丸くしたが、僕の怪我が治っていたことも幸いし息を一つはいた。

 そして、ゆっくりと僕の方に近づいて来て……


「血を流すなと言ったろう!!」

「――――痛っぅ!?」


 拳を僕の頭へと叩き落した。


「ご、ごめんでもいきな――――ナタリア?」


 傷はソティルのお蔭でないとはいえ、なにが起きたのかは分かるだろう。

 だからと言っていきなり殴られたことにびっくりしない訳がない。

 僕は思わず声を上げようとした所を今度は彼女に抱き寄せられた。


「頼む……頼むから娘が血にまみれて死ぬ所は見せないでくれ……」

「…………」


 なにも言えなかった。

 彼女が見た未来、そこで僕は親である彼女を守って死んだ……

 そんな未来を捻じ曲げるためにナタリアは色々と努力をした。


「……ごめん」


 僕の両親は別にいる……育ってきた場所も違う。

 だけど、彼女にとっては僕は守り切れず無残な死を遂げるはずの娘。

 今の血塗れの姿はその時を思い出してしまったのだろう……そして、僕自身それがどんなにつらいことかも知っている。

 だからこそ僕は――


「ごめん……なさい……」


 僕は殴られたことに反論しようとしていたことも忘れ、ただ謝ることしか出来なかった。


 暫くそうしていたのだろうか?

 慌ただしく走る音が聞こえてくる。

 それを合図にしていたかのようにナタリアはゆっくりと僕から離れると……念を押すように一言を告げる。


「危なくなったら助けを呼べ、出来ないなら私達の事は気にせずに逃げて来るんだ良いな?」

「分かった……」


 素直に答えたことに満足したのだろう。

 彼女は僕頭を撫でまわし……


「しかし、一人で魔物を倒せたことは褒めよう、良くやった」


 笑みを見せたナタリアにそう褒められ……


「なんとか、だったけどね……」


 少し、嬉しく思えた。

 それからすぐに二人の姿が見え、僕は手を上げて二人の名を呼ぶ。


「ドゥルガさん、バルド!」

「おい! 無事――――」

「ユーリ――――」


 ん? なんで二人とも明後日の方向へと顔を背けたのだろうか?


「ユーリ……自分の姿を良く見てみろ」

「え? …………」


 そう言えば服ボロボロだった。

 とは言ってもまだ服としての機能は残しているし、危ない場所が思いっきり見えている訳ではない。

 冒険者には重いからと言う理由では説明出来ないほどの軽装の人もいるから別に目立ったようなものでもないよ?

 でも、寒いのは問題だよね、ぅぅ……風邪ひかなきゃいいけど……


「えっと……替えの防寒具あったかな」

「安心しろ、一応私が買っておいた」


 そう言ってナタリアは荷物の中から服を引っ張り出し僕へと手渡すと……


「二人は魔物が来ないかを見張っておいてくれ」


 二人にそう頼んでくれた。

 うん、気まずくなってしまうからナタリアの心遣いはありがたい、と思いつつ僕は立ち上がる。


「……大丈夫なのか?」

「え? 何が?」


 ナタリアに心配そうな声を出されて……僕は疑問に思う。

 傷はソティルが治してくれたし、血塗れではあるけど無事なのは証明――


「……あれ?」


 そうだ、僕は血塗れだったはず……なのに普通に動ける? 思ったより傷が深くなかった?

 いや、事実僕は倒れたし、その証拠に服には血こびりついている……これはどういう事? そう思って魔物の方を見ると、やはり爪は血に濡れている。

 だけど……地面は不気味なほど綺麗で……い、一体何が?


「まぁ、その様子では大丈夫だったみたいだな? 早く着替えを済ませた方が良い」

「う、うん……」


 ナタリアの言葉に僕は答えつつも、疑問を膨らませる……ソティルが使った魔法はヒールじゃない……

 あれは失った血までは治せない……それどころか血が不自然に消えている……だけど、聞きたくてもやはり答えてくれず……不安に思いつつも僕は着替えをすました。


「……ねぇ? ナタリア?」

「なんだ?」

「その、怖い目で見るのは止めて欲しいなって……」

「大丈夫だ、この怒りは後で魔物にでもぶつけよう」


 う、うん……その内本当に抉り取られるなんてことは……無いよね?





「少し休もう」


 僕が着替え終わるとナタリアは二人へと提案をした。

 確かにまだ強化(グラース)の副作用は残っていて体はだるいし、ソティルのことも心配だ。

 僕としてはありがたいけど……


「魔物大丈夫かな?」

「心配しなくても、あの魔物は群れで行動するこれ以上はいねぇ」

「で、でもなんか取り合ってたよ?」


 少なくとも僕が一匹を足止めしたことで喜ぶ魔物と悲しんだ魔物がいたような。


「ああ、獲物を獲った奴から食うからな旨そうな奴は真っ先に狙われる」

「……えっと、もしかして一人で言って正解だった?」


 僕はバルドから目を逸らしナタリアへと向き直ると……


「三体同時に迫られては確かに厳しかったかもしれん」


 つまり僕の判断は一応は正しかったのか、まさか血の匂いであんなことになるとは思わなかったのは誤算だけど。

 それでも最初に聞いればと言うのは分からない。

 僕の動きを徐々に学習していずれ同じ目に遭っていた可能性の方が高い気もするよ。


「とにかくだ、今日はここで休もう雨風は防げる」

「そうだな、ユーリの顔色も悪い」

「……え?」


 自分では分からないけど……ドゥルガさんは嘘を言っている様には見えない。

 そうすると、僕は本当に顔色が悪いのだろうか? 確かに起きてから気持ち悪かったり、体がだるい気がする……

 自分では大丈夫だと思ったんだけど、下手に動いて皆を心配させるわけにはいかないか……


「しっかり休んでおけ」

「うん、そうするよ」





 吐き気を我慢しながらなんとか食事を済ませた後、僕は抗えないほどの眠気に襲われた。

 なんだろう?

 以前も感じたことがある様な眠気だ……

 ああ、そうだ……合成魔法を作ろうとして失敗した時によく似ている。

 でも、ソティルはあれから返事が一切ないし……だとすると、僕はどうなるのだろうか?


「んぅ……」


 なにかが頭に触れた感覚に気づいた僕は少しだけ瞼を開く。

 どうやら、以前とは違いちゃんと体は動くようだ……

 誰かが僕を見下ろしている。

 いや……この人は……


「……お母さん?」


 懐かしくも優しい母の顔が目の前に見えた気がした。

 だけど、その人は驚いた様にビクリと体を震わせ……

 僕の視界はぐにゃりとし、僕はその人が母ではなくナタリアだと気が付いた。

 目を丸くするナタリアは、すぐに優し気な笑みを浮かべると再び僕の頭を撫で始める。


「……今度こそ、お前を守ってやるから安心していろ……」


 ナタリアにとっては僕がどこで生まれ、誰を親としていたかは関係ないのだろう。

 そして、僕の意思とは別にこの身体もそうなのだろうか?

 その言葉はやけに安心する気がして……その感覚も手伝い僕の意識はまどろみの中へと落ちて行った。

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