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170話 氷洞窟での戦い

 ユーリが見かけたフェレットの様な可愛い動物の正体は老人の姿をした魔物だった。

 運悪くその魔物に囲まれるユーリたちは武器を取り、戦う事を決めるが……ユーリたちはこの戦いを無事切り抜けることが出来るのだろうか?

「ユーリ分っていると思うが……」

「大丈夫……」


 ナタリアの言いたいことは分かる。

 ここは洞窟、強力な魔法は使えないってことだろう。

 だからこそ、ミーテを使わず皆と同じように武器を構えたんだ。


「僕も武器で戦うよ」


 この魔法(エンチャント)は魔力を流し続けて維持する物じゃない、籠められた分の魔力で効果を発揮する。

 だから、後一つ魔法を維持させることは出来るんだ。

 洞窟の内部を広く照らせるよう(ルクス)を動かし僕は再び詠唱を唱える。


「我らに天かける翼を……エアリアルムーブ」


 嘗てシュカとの修業の中で見つけた僕が接近戦を行う唯一の策。

 狩りの時も何度か使ったことがあり、もはや慣れたものだ。

 広いとはいえ、弓を使うには不向きな洞窟の中ではこっちの方が良いだろう。


「無理はすんじゃねぇぞ……」

「バルドの言う通りだ……油断もするな」


 バルドに続いて、ドゥルガさんにそう言われ僕は先日のリラーグでのことを思い出す。

 あの時も武器を構えていれば、あんなことにはならなかったとは思わない。

 実際あれが皆が助かる確率が高かった訳だし、僕が武器を持って戦った所で魔力が無駄に消耗するだけだ。


「ユーリ!?」


 だけど、今は誰かが上にいる一体を足止めしないと……間に入られて全滅する……

 はっきり言って接近戦が得意になったという訳じゃない、あくまで出来るぐらいまで持ってきただけ。

 フロスティって言う魔物に敵うかどうかなんて分からない。

 いや、恐らく単純に戦ったら負けてしまうだろう。

 だから、僕は相手の動きを良く観て、避けることに集中すればいい……


「大丈夫、この中で一番速いのは僕だ……」


 時間稼ぎに適しているのは僕なんだ。

 浮遊で飛んできた僕を尻尾で追いかけてくる魔物は其処にある模様もちゃんとした目なのだろうか?

 そうだとしたら、かなり厄介な魔物だ。

 僕は宙に浮いたままダイヤの短剣を構える。

 大丈夫だ……上には一体だけ、他にもまだいることを考え昇ってくる途中に確認したけど見える範囲にはいなかった。

 隠れられる場所もなさそうだし、幸い上は行き止まりの様だ。


「ユーリ! すぐに行く良いか!? それまで血を絶対に流すな!!」


 そう言えばナタリアは狩りには来ていなかったから、僕がこうやって武器を構えるのは彼女と魔法で戦った時以来だ。

 だから心配してくれてるのかな? とは言えあの時は魔法だったけど……血を流すなって無茶苦茶な注文じゃないかな……


『オオキイホウノメス来タ、肉オレノ物』

「何故だろう……すごい失礼なことを言われた気がする」


 一体どこのことを言っているのか分からないけど、少なくとも僕は太ってはいない。

 なんとなく、いやかなりの不快感に襲われる中……


『肉……逃ゲタ……』


 下の方にいる魔物の声が聞こえ――


「何故だろうな……無性にユーリの胸を千切りたくなってきた」


 ナタリアの温度の下がった声が聞こえた。

 というかさらっと怖いことを言わないでほしいよ……聞こえてるからね?


『肉!!』

「ッ――っと!?」


 僕がナタリアの言葉に気を取られていると思ったのだろうか、魔物は鋭利な爪で襲い掛かってくるものの魔物を相手にして流石にそれは無い。

 爪は空を切り、うまく背中側へ回れたようだ。

 僕は試しにがら空きの背中へと近づいてみる。

 すると、尻尾についている赤い目が鈍く光り、僕目掛けその尻尾を放つ。

 ――が、僕は地を蹴り上へと飛び上がってそれを避ける。

 さっきから上に居たのは尻尾でこっちを覗いてきてたし目だろうとは思ったけど……厄介だね。

 それに見た目は老人の様だけど、その動きは俊敏だ。

 でも――


「落ち着いて、良く観れば避けられる……」


 そう確信した僕は当初の予定通り避けるのに専念する。

 とはいえ、ここは行き止まり……追いつめられたら洒落にならないのは十分理解している。

 この魔物には知能があるとのことだし、油断は出来ない。

 その証拠に攻撃を避けつつ背後に回ろうとすると――


「うわぁ!?」


 白い物が見え慌てて地を蹴り避けたものの胸の上をかすめて行ったのは魔物の尻尾。

 避けた時にチクリとした痛みと共になにかが引っ掛かった感じがし慌てて確認してみると防寒の為、厚めになっている服には一筋の綺麗な線が広がっていて、少しだけ血が出ていた。


「目だけじゃなくて、爪もあるの!?」


 これ老人とフェレットのキメラじゃないよね?

 いや、ナタリアはこの世界にキメラはいないと言っていたし、あの様子から初めて見たようでもない。

 つまり、随分と無茶苦茶だけどこの魔物は元からこういう魔物なんだろう……

 これじゃ、背中ががら空きでも僕は絶対に攻撃出来ないな。

 だけど、魔物も食料を目の前にして諦めるつもりはないみたいで、しっかりと僕を睨んでいる。


『ヴゥゥゥゥゥ!!』


 な、なんか興奮してない?

 目もさっきより赤いし……

 魔物は唸り声を上げたかと思うとダンッと地を蹴り、何度目かになる突進を仕掛けて来た。

 当然その動きは何度か見たはずだったのに、先ほどよりも速く感じ僕は慌ててそれを避ける。

 空振りに終わった攻撃の勢いを殺せずに魔物はそのまま壁へと向かって行き。

 通りすぎる前に再び尻尾は僕を襲う。


「――――ッゥ!! ~~~ッ」


 身体に激痛が走り、僕の瞳には赤い物が映った……血だ、そんな……確かにさっきより早かった。

 ……それでも僕は本気で避けたんだ。

 そう驚きつつも体勢を立て直し、魔物から目を離さない様に睨む、すると……


「へっ?」


 僕の血がついて朱色に染まった尻尾を嘗め回す魔物の姿が映る。

 魔物はそれを舐めとった後、にちゃりと口を歪めていて……


「ひぃ!?」


 その姿は言うまでもなく恐ろしい物で……

 僕の悲鳴に満足したのか魔物は――


『ヴゥゥゥゥゥァ゛ア゛ア゛』


 咆哮を上げる。

 こ、この魔物まさか、血に反応をして強くなるとかないよね?

 確認したくても、ここから動けないし下からはナタリアたちが戦っているであろう音が聞こえる。

 僕が向かったらこいつもついてくるだろうし状況は悪い方に向かうのは間違いない、よね?


『ッヴガァァァァ!!』


 そんな僕の考えを読んだのか? と思いたくなるほどの気味の悪い笑みを上げ魔物は再び地を蹴りこちらへと向かって来た。

 それは先ほどよりもまた早くなっていて……


「クッ!? ぁ……ぅぅ!!」


 徐々に徐々にだけど僕の身体には傷が増えていく……

 このままじゃいずれ……殺される。

 僕は頭の中でそう判断を下すと……途端に首筋に冷たい刃を当てられているような感覚に襲われた。


「はぁ……はぁ、はっ……」


 怖い……でも、ここで死ぬわけにはいかないんだ……


『肉、肉ゥゥゥゥゥ!!」


 死ぬわけには……


「ウワァァァァァアアア!!」


 このまま逃げていても追いつめられる。

 僕は思いっきり地を蹴ると姿勢を低く保ち、向かってくる魔物へと目掛け手に握るナイフを突き出す。


『――ッヴガァァ!?』


 魔物が油断をしてくれていたのが幸いだった……腹へと突き刺さった金剛石のナイフ、これを外されたら僕の負けだ……

 爪が左肩に沈み焼けるような痛みを感じつつも歯を食いしばり、浮遊(エアリアルムーブ)で強引に前へと進む。

 僕自身の力は強くない。

 だけど、死ねない……死んでたまるか! 僕はそう心の中で叫び左肩の痛みに耐えながら魔法を維持し……魔物越しに壁へとぶつかったのが分かった。

 僕と壁に挟まれる事になった魔物は暴れ、爪は僕の背中を掻きむしる。

 魔物も僕を引き剥がそうと必死なのだろう……

 そして、僕は他の皆に比べたら冒険者としての実力は格段に下がる。

 やっとの事で追い詰めたけど、激痛も伴い手からだんだんと力が抜けていくのが分かる……このままじゃだめだ。

 だからと言って、負けるつもりはないんだ。

 あと少し、ほんの少しだけ力を……っ!

 僕は浮遊(エアリアルムーブ)を切り、ゆっくりと詠唱を紡ぐ。


「天より……与え、られしは……英霊の、力……宿れ……」


 思ったより傷は深かったのだろうか? ちゃんと声に出したと思っていたのは掠れた声で……


「グラァース」


 やっとの思いで魔法の名を唱えると尽きかけていた手の力が戻り、僕は短剣を上へと振り抜いた。

 紅の線が真っ直ぐと延び、僕の目に映ったのは体の半分ぐらいを境に二股に分かれた上半身を持つ魔物。

 それはぐらりと揺らめくと音を立てて地へと伏せた。


「や、……の……」


 倒せた。

 だけど、僕の方も重傷だ……

 出した声が全く意味を持たない物だと気が付いた僕はその場に崩れた。

 僕の目に見えるのは魔物の爪……それは赤く染まっていて僕がずいぶんと深い所まで傷を負わされていたのが分かった。

 心臓はどうやら運良く避けたみたいだけど……これは計算外だよ。

 まさか、血に興奮して強化する魔物なんて……

 それに、グラースの副作用で身体の負担が――

 ヒールを、唱えないと……いけないのに……


 ――――


 遠くの様で近い場所からなにか声が聞こえる。


「――――!!」


 聞き覚えがある声だ……でも、フィーじゃない。

 彼女は今リラーグにいるんだ。


『――――!!』


 ナタリアでもない……もっとずっと一緒にいた気がする。

 誰の声だ? いや……誰の声なんて訊くのは必要ないか、フィーでもナタリアでもない。

 でもずっと一緒にいた誰かの声……?


ご主人(ユーリ)様!! 詠唱を――』


 ソ、ティル……?


『「――――――――」』


 それが誰のものか理解した時、僕の意思とは別に口は勝手に動きだし……例え出たとしても掠れていたはずの声ははっきりと紡がれた様な気がした。 

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