167話 船の名は……
クロネコのお蔭でユーリたちは船を手に入れることが出来た。
だが、その船は一部の機能……食糧庫がまだ出来ていないのだと言う……
ユーリはそれを見て必要な物をすぐに理解すると早速魔法作成に取り掛かるのだった。
「出来た!」
僕は地面へと書いていた式を見て言葉を発する。
時間にして数十分と言う所だろうか?
「もう出来たのか?」
そう言って式を覗き込むのはバルドだ。
「もうって……流石にゼロから作る訳じゃないからね」
「流石は我が弟子ユーリだ……さて、その箱とやらに入れてみよう」
な、なんか褒められたら褒められたで嬉しいけど恥ずかしいよ? ナタリア……
「案内をしてやれ」
オークの人に連れられ僕たちは船へと乗り込む。
それにしても……これ尋常じゃなく大きいよね?
流石にアーガさんは乗れないみたいだけど、オークが何人か乗ってもまだ余裕はある。
そんなことを考えながらついて行くと其処には確かに大きな箱があり、僕の思った通りの構造だった。
僕は箱の上側へ右手を向け、ゆっくりと詠唱を唱え始める。
「我願うは氷精の恵み、集え……アイス」
名を唱えると同時に水が現れ箱の上側をすっぽりと覆う、やがれそれは冷気を放ちながら固まって行き……
「これで良いはずだよ」
「だがよ、これじゃ食材がその内水浸しにならねぇか?」
そ、そう言えば……
「案ズルナ受ケ皿ヲ作ルグライ直グニ出来ル」
良かった、それなら問題はなさそうだ。
「ならば、溶けたらその水を捨てれば良い訳か」
ドゥルガさんも僕と同じことを考えていたらしく、オークの人にそう言うと彼は頷きその答えを肯定した。
「そもそも、今までは井戸水で冷やしていたんだろう? 野菜が濡れるぐらい大した問題ではない、どうせ洗うのだしな」
「肉まで水浸しになるのは勘弁だろうがよ……」
あ、バルドは肉を持っていくつもりだったんだね。
確かにそれは嫌だけど……
「流石にお肉は干し肉にした方が良いんじゃないかな?」
一応アイスで冷凍は出来るけど、氷の中に閉じ込めるって感じになってしまうし、使う時に不便そうだしなぁ……
「使えねぇな……」
そうは言われましても……
「と、ともかく船はこれで完成だね」
「その様だな、折角食材を多めに持っていけるようになったんだ。オークの村で買い足しておこう」
バルドは不満みたいだけど、師匠であるナタリアは満足の様だ。
「うん、じゃ……外に出よう」
来た道を戻り僕たちは甲板へと出る。
するとアーガさんが僕たちへと目を向け……
「どうだ?」
「問題ないよ」
僕は彼に答えると彼は一つ頷き。
「そうか……ではこの船は持っていけ」
「すまない村長……それともう一つ」
ドゥルガさんは頭を下げ、僕たちの代わりに会話を切り出し……
「食料のことだろう? 大丈夫だ用意させてある」
予想をしていたのだろう彼はそう言う。
そういえばあれだけいたオークの人たちが今や案内をしてくれた人一人ぐらいだ。
「しかし、この船をどうやって港まで運んだものか……襲撃されてはたまらんしな」
「それも安心しろ……ここはオークの森と言われてはいるが、本来はエルフ様の森だ」
アーガさんはそう言うと視線をずらし、僕たちはそれに釣られる。
そこには懐かしくも神秘的な女性がいて……
『久しいですね』
『優しき魔族の子』
その二人の女性は微笑みながら優しい声を僕たちにかけてくれた。
「エルフ……まさかこの目で見れるとはな」
ナタリアは彼女たちを目にし、そう呟きバルドは呆気に取られていた。
そんなに出会いにくい人たちなのか……本当に僕とフィーは運が良かったんだなぁ。
そんな事を思っているとエルフはナタリアへと目を向け――
『貴女は――』
「な、なんだ?」
どうしたんだろう? 表情から見てエルフはどこか嬉しそうな顔だけど……
『なるほど……』
『そう言う事でしたか……』
二人のエルフはナタリアを見つめ何かを納得したかのように頷き、ナタリアは珍しく困惑している。
一体なにがそう言う事なんだろう?
「こいつらがエルフ? 願いを叶えてくれるって言う奴らか?」
「バルド……口が悪いぞ、エルフ様に敬意を忘れるな」
ドゥルガさんはバルドの言葉に注意を促す。
彼は元々はオークだし、当然だ。
それに僕にとってもエルフの人たちは特別……なんたって僕の魔力を回復させフィーを助けてくれた人たちなんだ、感謝してもしきれない。
僕がエルフへと一人手を合わせていると彼女たちは僕の方へとその顔を向け問う。
『贈り物は』
『役に立っている様ですね』
「贈り物? あ、はい精霊と話が出来てうれしいよ」
前に僕がオーク村で望んだ対話の力の事だろう。
僕がそう答えると……二人の目は丸くなり驚いた様子だ。
『いえ、そうではなく』
ん?
『魔族の子……ユウリでしたね』
「は、はい……そうですけど……」
『『私たちが言っている贈り物とは貴女が望み、欲しった……魔力』』
え……?
「ちょ、ちょっと待って! 魔力ってどういうこと? だって……」
「エルフがユーリに魔力を与えた……だと? ユーリが手に入れたのは精霊との対話ではないのか?」
いや、ナタリアの言う通り僕が手に入れたのは精霊たちと話せる力だ。
でも、確かに初めて出会った時に望んだのは魔力、あれは今でも覚えてる。
だけど――
「だけど、僕はあの時、魔力が足りない回復して欲しいって――」
『いいえ、貴方は確かに言いました』
『魔力が欲しいと――そう』
『『はっきりと私たちに望みました……』』
そうだ……あの時僕は魔力が付きかけていて上手くしゃべれなかった……その所為で魔力が欲しいって聞こえていたのかもしれない。
じゃ、じゃぁ……あの時僕は魔力を回復させてもらった訳ではなく……
「言葉通り魔力をもらったの?」
「リラーグから戻って急激に魔力が高まっていたのはそれが理由か……しかし、嘗て敵対していたエルフが良くユーリに魔力を与えたな」
ナタリアは驚きすぎて顔が引きつった顔になっているけど……それ位大変な事を僕は貰ってしまったみたいだ……
自分自身でも信じられないよ、そう思っているとエルフはナタリアへと微笑んだ顔を向け――
『愚問ですね、貴女も心が見えるのでしょう?』
『この魔族の子……いえ、ユウリにあったのは』
『『目の前の消えゆく命を救いたい、そして――』』
確かに、あの時エルフは言っていた。
貴女の心はよく見えないって、でも助けようとしても意味が無いとも……言われたはずだ。
「それでも、僕は魔族なのになんで……」
『『嘘はついていなかった……それだけ』』
声をそろえたエルフたちは四つの瞳を僕へと向け、優しげな顔を浮かべる。
『そして……再び貴女は』
『精霊を救った……』
「エルフ様の力ならば、この船を海まで運べるだろう」
アーガさんの言葉に二人のエルフは声で答えずとも笑みを深める。
当然だとでも言っているのだろうか?
「……全く私はとんでもない弟子を得てしまったようだな」
ナタリアはそう言葉にしているけどその声はどこか嬉しそうだ。
確かに魔法を使ったのは僕だけど……
「僕だけじゃなくてソティルだっているんだし、なによりナタリアが連れて来てくれたからでしょ、ありがとうナタリア!」
「――っ!? い、今分かったが」
「ん?」
ナタリアは若干顔を赤らめ僕の方へと振り返り。
「お前は間違いなくメルの親だな」
「そう、だけど……なんかフィーみたいなこと言ってるねナタリア」
「なんだと?」
「フィーは僕が間違いなくナタリアの子供だって言ってたよ……」
メルに関しては分かるけど、ナタリアに関しては実際にこっちで育ったわけじゃないんだし、どうなんだろうって思うよ。
とはいえ、身体は変わっている以上、一応血は繋がっていることにはなる。
なんだか複雑だよなぁ……
「ユーリ、勘弁してやれ……ナタリアのやつ頭を抱えてしゃがみ込んだぞ」
「ふむ……やはり人間と言うのは良く分からんな」
「ふぁ!?」
本当にしゃがみ込んでる!?
「ナ、ナタリア?」
「ああ、記憶を持って過去に戻ることが出来たのなら、もう一手位、いや二手、三手と打っておくというのに」
もしかして……怒らせてしまったのだろうか?
「え、えっと……」
どう言ったら良いのか迷っているとナタリアはなにかを諦めた表情になり、僕の顔を見て一言発した。
「運命とは残酷だ……」
怒ってるんじゃなくて落ち込んでいるみたいだ……
それから暫くして村の人たちが船へ積み込む食料や水、そして道具を持ってきてくれた。
勿論積み込むのは僕たちも手伝ったんだけど、オークの人たちには今度ちゃんとお礼をしないといけないね。
因みにその間もナタリアは落ち込んだ様子だったけど……一体どうしたのだろうか?
話しかけても気にするなの一言で済まされてしまうし、大丈夫かな?
そんなことを考えつつも積み込みは進んで行き。
「これで最後だな」
最後の水樽を船へと入れたバルドが呟いた。
「終わったのか……」
「う、うん終わったけど……」
ナタリア……なんというか。
「どうした、ナタリア目が死んでいるぞ……先ほどからユーリが心配している」
「なんだと?」
いや、まぁ……いつもと様子が違うし間違ってはいないけど、なぜナタリアは今声が嬉しそうだったんでしょうか?
「……コホン、いやなんでもない、折角なんだ船の名前を決めようじゃないか」
そしてなぜ唐突に話を逸らしたの?
「なにかないのか?」
「って僕!?」
うーん……
エルフの森のオークたちが作ってくれた船の名前そうだなぁ。
「エオールとか?」
「ふむ……なかなか良い名だな」
彼女は僕が案を出すと頷き腕を組む。
どうやら、ナタリアはいつもの調子を取り戻したようだ。
『準備は』
『済んだのですか?』
二人のエルフに声を掛けられ僕は頷き。
「うん、港までお願いします」
僕がそう言うと微笑んた二人のエルフは聞こえない言葉を発する。
恐らくはフィーも使う精霊語だろう。
実体化していない精霊に語り掛けている様子の二人はやがて口を閉じ……
『魔族の子たちよ……』
『貴方たちの旅路に』
『『精霊の祝福を……』』
その言葉の終わりと共に船の帆は張られ、僕たちの乗っている船は動き出す。
これって……
「おいおい!?」
「流石はエルフ様だな」
バルドは慌て、ドゥルガさんは落ち着いている。
ナタリアはと言うとやはり驚いたようで……。
「これは……フィーを連れてこなかったのは正解かもしれんな」
「その原因作った人が言う言葉なのかな? それ……」
船は宙を浮き、海へと真っ直ぐに進む。
その様子を地上から見上げるオークとエルフたちに手を振り別れを告げ、僕は視線を上げる。
目の前には暗い世界が広がっていて……見渡すと唯一明るい場所はリラーグだろう。
僕はその景色を目に焼き付ける。
「ユーリ、なにかに掴まっておいた方が良いだろう」
ナタリアの言葉に僕は船が大分海に近づいていたことを知り慌てて船へとしがみつく。
だが、そのことを考慮してくれていたのか船はゆっくりと海へと着水した。
懐かしい船特融の感覚を感じつつ僕は二人の男性へと目を向ける。
「ドゥルガさん、バルドお願いね」
「ああ、任せておけ操舵室へ向かおう」
「二人して方向音痴だとは思わなかったけどな」
ぅぅ……僕だってそうは思わなかったよ……
「「と、とにかくフロムへ急ごう」」
僕とナタリアは気まずい雰囲気に襲われつつも同時にそう言葉にした。




