17話 屋敷へ戻ろう
街へと戻ったユーリたちを待ち構えていたのは、ナタリアだった。
どうやら彼女は、ユーリたちを心配し、来てしまったようだ。
帰りが遅かったことに怒っているナタリアへの報告の途中、フィーナは倒れ、意識を失ってしまう……。
フィーナを休ませた後、ナタリアはユーリになにがあったのかを問い、ユーリはその日、起きたことを包み隠さずに話した……。
その翌日――。
「ナタリア! 今、なんて言った!?」
翌日、屈強な身体を持つ店主はカウンター越しにそう声を上げた。
「五月蝿い、声がデカイ。それに……今、言った通りだ、フィーを連れて帰る」
そう、ナタリアはフィーナさんを屋敷に連れて帰ると言い出した。
それも今日起きた時、急にだ……ゼルさんが声を上げるのも仕方が無い。
「そ、それじゃ、うちの稼ぎはどうなるんだ!?」
「なにもずっと、と言うわけじゃない、治るまでの話だ。それに、この店にはバルドが居るだろう? 後、お前なら酒場や宿でも十分稼げるじゃないか」
「しかし、ユーリお前からも、なにか言ってくれ!!」
いや、なにかと言われても……ちらりと隣を見ると、ナタリアは態度を変える素振りも無く僕の方を見て一言――。
「ユーリ、分かってるな?」
って言われてしまった。
いや、ここで連れて帰るのは~とか言ったら、後でひどい目に遭いそうなんですけど……。
「ゼルさん、フィーナさんはまだ仕事出来るような身体じゃないから、療養させる方が良いよ……店に居ると、ほら、お客さんも来るだろうし……ね?」
「ユーリ……お前……!」
ごめん、でも……そんな怖い目で見ないで、無理させるよりは良いと思うんだ。
「分かったか? ゼル、これでもユーリはフィーを助けた、治療した本人の話が聞けんのか?」
「…………百歩譲ってフィーを連れて行かせるとして、せめて少しの間シ――」
「シアの事か? それは駄目だ」
即答だ、シアさんのシを言いきる前に即答したよ!?
「誰が私たちの食事を作る? 屋敷の掃除も、洗濯もだ」
いや、シアさん以外にも居るでしょうにメイドさんは!? っと思ったけど、それを言ったら後で怒られそうなので黙っていよう。
「じゃぁ……」
ゼルさんは潔く諦めたかと思うと、視線をこっちに移した……え? まさか……。
「僕ぅ!?」
「フィーを助けたなら、腕も立つだろう? ユーリをこっちに貸せ」
「それこそ駄目だ! 私も困る!」
わがままだ!?
「ユーリはまだ、魔法の修行中だ! まだ、教えてないことがある。昨日は実戦経験を積ませるために向かわせただけだ。フィーが居るならともかく、居ないなら危険すぎる! もし、なにかあった時には責任は取れるのか?」
こ、今度は凄い早口でまくし立てたな……後、わがままじゃなかったんだね。
ちゃんと考えてくれていたわけか、流石は師匠といった所なんだろうか?
「バル……」
「バルドのような金で動く男をユーリの護衛にするぐらいなら、ユーリには屋敷で働いてもらう」
いや、やっぱり言ってることが無茶苦茶だ……バルドはきっと金さえ払えば、ちゃんと働いてくれると思うよ?
「もし、大金を積まれ、ユーリを売り渡せと言われたら……アイツは売るだろうしな!」
…………それは、あり得るかも知れない。
「いや、そこまで落ちぶれちゃないぞ? まぁともかく、フィーが動けねえのは分かってはいるが……医者はどうする?」
「ああ、それなら後で鳥を飛ばす……普段、私を見てくれる医者だ、問題はない」
「……分かった、なんだか納得いかないが、その様子じゃ……いずれ、店を水浸しにされそうだしな」
「分かれば良い」
なんとか話はついたようだ。
後で、フィーナさんから聞いた話だけど、ナタリアは一度、認めた相手に対してなにかあるとすぐに心配をし、居ても立っても居られなくなるとのことだ。
一つの例としてはシアさんだ。
彼女はあの性格の所為ではぐれた上、一人で危機的状況に置かれることから引き取ったらしい。
……それ故に、フィーナさんのことも放って置けなくなったんだろう。
「では、屋敷へと戻るぞ……ユーリ、忘れ物はないか?」
「うん、大丈夫」
そう言えば、ナタリアはフィーナさんに話を通していないんじゃないか?
「僕、ちょっとフィーナさんの様子を見てくるよ」
「ああ、分かった、起きていたら呼んでくれ、ゼル……馬車を店の横につけておいてくれるか?」
「おう! 少し待ってな!」
二人のやり取りを背中越しに聞きながら階段を駆け上がり、フィーナさんの部屋をノックする。
「フィーナさん、起きてる?」
「ユーリ?」
声に張りはないが、どうやら目は覚ましたみたいだ。
「ちょっと、入るね?」
「はーい」
中に入ると彼女は上半身を起こし、まだベッドに居た。
昨日の今日だし、まだ動けないよね……。
「どうしたの?」
「あの、ナタリアがフィーナさんを屋敷に連れて行く、って言ってて……ゼルさんにも許可を貰って、事後報告になったんだけど」
「心配性だなーナタリーは、ちょっと疲れただけなのに……でも、もう言い出したなら聞かないね?」
「うん――て、ちょっ!?」
「ん?」
いや、ん? ではなくて……。
「まだ、急に動いたら駄目だよ!? 昨日みたいに倒れちゃうから、待ってて、ナタリア呼んでくる」
僕は急いで階段を降り、カウンターで飲み物を飲んでいるナタリアの元に戻った。
「フィーは起きてたか?」
「うん、急に動こうとするから、ナタリアにお願いしたいんだけど……」
お願いとは勿論、魔法のことだ。
僕が出来れば一番良いのだろうけど、生憎、人を安全に移動させると言うことは僕には無理だろう。
「本来、マテリアルショットは移動の為の魔法ではないのだが……仕方ない、ゼルも馬車を取りに行っているし、フィーを連れて来よう」
そう言うとナタリアはフィーナさんのもとへ行き……。
「ま、待って!? ナタリー!? お願いだから待って? ひっ!?」
なんかフィーナさんの悲鳴が聞こえたけど、大丈夫かな?
そんな事を思っているとナタリアはやけにぐったりした彼女を魔法で連れてきた。
ぐったりしつつもフィーナさんは不服そうに頬を膨らませている。
「待ってって言ったのに……歩けるのに……ナタリーもユーリも心配しすぎだよ」
「昨日、倒れた奴が言う言葉ではないな」
そう言いながらも、ナタリアは器用にフィーナさんを椅子へと座らせる。
フィーナさんは椅子へと座ると、足がついたことにほっとしたのだろう、カウンターへと上半身を預けた。
「フィーナさん、やっぱ辛い?」
「ん? んー……そこまで身体が変って、わけじゃないんだけど、なんで……そんなに心配してるの?」
……この世界には貧血という言葉は無いのだろうか?
いや、昨日の医者は貧血と言ったからには、症状としては認識されているはずだ。
「フィー、昨日、血を大量に流しただろう? だから、私たちは心配してるんだ」
「でも、ユーリが治してくれたよ?」
確かに傷は治した。
でも、あの魔法にも欠点はある。
「ヒールは失った血や体力までは、回復出来ないんだ……」
「おい、馬車持って来たぞ」
そうこう話しているうちに、ゼルさんが戻ってきたようだ。
ナタリアは老婆のローブを羽織り、お婆さんになると再び、魔法を唱えようとする。
「ナ、ナタリー、あれはちょっと別の意味で、気分が悪くなるからちょっと……やっぱり止めて欲しいよ?」
そうなのか……浮遊感が気持ち悪くなるのかな?
「じゃぁ、僕が肩を貸すよ、フィーナさん、ゆっくり歩こう」
「それならば、私は後ろからついていこう……」
肩を貸し、馬車に乗り込むと、後を続いたナタリアも席に着いた。
「おい……」
ゼルさんが頭を抱えているが、どうしたのだろう?
「誰が御者するんだ? それじゃ、進めないだろ」
「ユーリ、頼んだぞ」
へ?
「僕? いや、無理だよ!? やったことないし!」
「私は無理だな、日に当たる」
ナタリアも駄目か……とは言え、フィーナさんにさせるのもあれだしなぁ……ってあれ? そう言えばナタリアはこの馬車でこっちに来たんだよね? どうやって来たんだろう?
「…………バルドを呼んでくる」
ゼルさんが店に入って程なくすると、面倒くさそうな顔をしたバルドが御者の席へと座り込み、僕の方を向いた。
「おい、ユーリ! ナタリアの屋敷まで、で良いんだな?」
「う、うん、お願いします」
なぜ僕に聞く? ナタリア本人は横に居るのだけど……。
「ナタリア、ユーリ、フィーを頼むぞ」
「任せておけ」
ナタリアがそう言うと、馬車は動き出すって! 僕まだ、なにも言ってないけど!?
「ゼルさん! 街に来た時はまた来るよ!」
慌てて、そう口にすると、ゼルさんは歯を見せて笑い片手を挙げ答えてくれた。
バルドが運転をする馬車は順調に進み、屋敷へと戻ってきた。
彼は僕たちを降ろすと自分も降り、ナタリアの近くへと行き彼女となにかを話しているようだ。
「おい、ナタリア、馬車はどこに置きゃぁいいんだ?」
「ああ、それならフィーが来た時のために屋敷の横に馬小屋を建てておいた。そこにつないで置いてくれ」
あの馬小屋、馬がいないのはそういう理由だったのか……なんであるのだろう? と少し疑問だったんだよね。
「それとバルド、お前、飯はまだ食べていないだろう? 礼代わりに食べていけ」
なぜかバルドは嫌な顔をしているけど……。
「礼なら金が良いんだが」
やっぱりそれか……。
「だが、ただ働きってのは癪だ、貰うもんは貰っといてやる」
そして上から目線だ! とは言え助けてくれたり、道案内はしてくれたことから、悪い奴じゃないのは分かってるし、余計扱いづらい。
……後でお金を要求されたけど、詐欺で……。
「ではバルド、悪いが……馬車を置いて来てから中で休んでくれ、場所は他の者に案内させる」
「ああ、分かった」
バルドはそう言うと、馬車を馬小屋へと向かわせた。
素直だな……でも、詐欺をするし、やっぱり悪い人だよなぁ~。
……しかし、バルドが居なければ、あの時どうなっていたことか……。
そんなことをぼんやりと考えていると、シアさんが屋敷の中から出迎えに来てくれたようだ。
「お帰りなさいませ、ナタリア様にユーリ様――フィー!?」
シアさんはナタリア、僕の順番に挨拶をし、その視線を僕が肩を貸しているフィーナさんに向けるなり、飛んできた。
「久しぶりだねーシア」
「久しぶりだねーではなくて、どうしたんです!?」
僕に支えられている彼女を見て、ただごとじゃないと感じたのだろう。
シアさんは、いつもより焦っているようだ。
「後で詳しい事情は説明する。取りあえず、店に居たら療養どころじゃないだろう? だから、連れ帰ってきた。シア、フィーを空いている部屋に案内してやれ」
「かしこまりました、ナタリア様」
彼女は頷くと、僕とは反対の腕を肩へかけさせ支える。
「お疲れのところ、すみませんユーリ様、このまま部屋へとお願いしても宜しいでしょうか?」
「う、うん……分かった」
二人でフィーナさんを部屋へと連れて行く、後は栄養をちゃんと摂ってもらえば大丈夫だろう。
さて、僕も部屋に戻って、少し休もう。
「じゃ、僕も部屋に戻るよ」
「はい、後はお任せください」
部屋を出た僕は自室へと戻り、ベッドへと腰を掛けた。
それにしても……この、二日間は色々あった。
それに、少しではあるけど自信もついた。
でも、反省する所は色々あった、改善はしないといけないし……。
また、冒険する時のために、修行は欠かさないようにしておこう。
――とは言っても、ナタリアがサボるのを許してくれることは無いだろうし、修行をしない日は無いだろう。
僕は荷物の中から白紙の魔導書、改めソティルを取り出し、読んでみる。
……残りのページにはどんなことが書かれているのだろう? 気にはなるが、まだ、その時ではないのだろう。
頭に直接言葉が浮かんでくる、あの不思議な感覚は無かった……。




