160話 恵みの雨と……
新たな魔法で魔力を回復したユーリ……
彼女が考え、しようとしている事は一つだ。
イナンナ――精霊を治癒する唯一の魔法……それを使おうとしたユーリ……だが、メルはどうやら遊び足りないようで?
食事を終えた僕たちはそのまま外でデゼルトと過ごした。
本当はすぐにでもイナンナで精霊を元気にしてあげたかったんだけど、、メルがデゼルトと遊びたいと言い始めこれからの事を考えると少しでも一緒に居たいと僕が思ったから傍に居る事にした。
「たかーい! たかいよー?」
それにしても、つい先日屋敷の屋根に掴まっていたのは忘れたのだろうか? デゼルトの頭に乗りはしゃいでいるメルを見てフィーは……
「わ、私だったら絶対に無理だよ」
「だろうな……」
「原因はナタリアだって聞いたんだけど……?」
あれ……そういえばフィーは一体何時、そんなトラウマを植え付けられたのだろうか?
ナタリアが呪いにかかったのはフィーが子供の時。
だとしたら一緒に冒険をすることは無かったはず……だよね?
「フィー、そのそれっていつの話だったの?」
「ん? えっとね、あれは――」
「ローブを作った当初の話だな。あれの効果を試す時にたまたま一緒に仕事をしただけだ」
ああ、なるほど……そうだったんだ。
「それにしても、メルは物怖じしないな……」
うーん? さっきは兜をかぶったカロティスさんに怖がってたし、物怖じしないと言うよりは怖がる相手を間違っているような?
でも、顔が見えなかったら怖いって思うのは分かる気がするし……
「多分最初にデゼルトがユーリにじゃれついたからだね?」
「そうなのかな?」
まぁ、仲良くなる分には良いよね?
デゼルトもなんだか楽しそうだし……
僕はそんなことを思いながら二人を見つめていた。
日も暮れ始め、はしゃいでいたメルも疲れたのだろう。
デゼルトにまだくっ付いているけど、今にも眠りそうだ。
「デゼルト、ご苦労さまだね?」
『ぐるぐる』
フィーに喉元を撫でられたデゼルトは彼女の言葉に返事をするように喉を鳴らした。
「メルを見てくれてありがとう、デゼルト」
僕も同じように撫でると何時もの様に擦り寄られ……喉元を撫でづらくなったから頭を撫でてると気持ちよさそうに目を細めている。
「なんというか、子供の様なドラゴンだな」
「本当、ユーリにはよく擦り寄ってるねー? お母さんだと思ってるのかな?」
一度は戦ってる訳だし、多分それは無いと思うよ?
でも、確かにデゼルトは姿こそ龍だけど子供っぽいなぁ……そこが可愛い所でもあるんだよね。
「さて、今日は戻るとしよう」
「うん、あっそうだ帰りに広場によってもらって良い?」
「広場? なにかするの?」
僕は頷き、昼間に考えてたことを二人に告げる。
イナンナを使って大地を回復させる……そうすれば畑が出来る面積も広がるだろうし、なにより精霊たちが元気になるのではないか?
「うん……イナンナを使う、多分だけど……精霊達に元気ないよね?」
僕がそう言うとフィーは俯いて首を縦に小さく振る……
「……うん、元気が無いよ」
「…………大地がこれではな、いずれこの世界は風も水も火も精霊たちは住みにくくなってしまうかもしれんな」
いずれ、か……つまり、まだ間に合うってことだ。
「なら、せめてリラーグの自然を回復させよう……少しでも精霊たちが住みやすくするんだ」
「うん……ありがとう、ユーリ」
デゼルトに別れを告げ僕たちは広場へと足を運ぶ、途中で雨に濡れない様、雨避けを買って……僕は空を見上げ詠唱を口にした……
「点から舞い降りし雨水よ、恵みを授けたまへ……イナンナ」
魔法を唱えると次第に集まっていく雲……僕の周りにいた人たちはそれを呼んだのが僕だと気が付いたのだろう……
「お、お前か! お前があの雲を……」
「違うよ? ユーリは――」
「うるさい! せっかくの太陽を奪いやがって!!」
これは前にも見たことがある……アルムでの光景によく似ていた。
「フィー放っておけ、後で分かることだ」
「でも……」
「なにが、分かるんだよ!!」
男性を始めとした街の人たちは僕たちをいつの間にか取り囲み……その人垣を掻い潜り僕たちにまっすぐ向かってくる人たちが見えた。
「よっ」
そう声をかけてきた男性は嘗てアルムで僕たちに同じことをした人で……。
「おいお前! そいつを取り押さえろ!!」
「その必要はないな……こいつの雨は特別なんだ、降った後はやせ細った大地が蘇るんだよ、嘘みたいだろ? それに野菜を作ってるのは俺たちアルムの住人だ。文句あるならマリーさんにでも言って来いよ」
彼だけじゃなく、気がついた時には僕たちの周りに別の人垣が出来ていて……そこにはトーナの人やアルムの人がいた。
だけど、その人垣の向こう側からは罵声が飛び……
このままでは街の人たちで無駄な争いをするだけだ……そう思い僕は魔法を止めかけた時――
「止めないでくれよ、この頃は土地が痩せ細ってる。精霊のやつらが弱ってるんだろ? 俺たちには良く分からないが、分かってることぐらいはある。これはアンタにしかどうにか出来ないことだろ?」
その言葉に僕は驚きつつ彼に告げた……
「やつら、か……昔は精霊のことをソレとか馬鹿にしてたのに……」
「人って変わるんだねー?」
僕とフィーの言葉を聞き、男性はこちらに振り返り罰が悪そうな表情を浮かべ。
「……うるせぇ!! ああやって作物が育つまで土地が回復したり水が飲めるようになりゃ少しは信じるだろうが」
彼はそう答えた。
とは言え、このままじゃ僕たちを守ってくれてる人たちが怪我しちゃうよ……そう思っていると、横から小さな笑い声が聞こえ……
「安心しろ、怪我をさせる前に魔法で止めてやる」
ナタリアの場合それは逆に危険なんじゃないかな? でも――
「心は読まなかったんじゃ」
「うぐ!? し、仕方がないだろう癖なんだ! それにメルの心は覗いていないから大丈夫だ!」
そう言う問題なのかな……?
でも、ここまで言ってくれてるんだ……手伝ってくれてる人たちもいるんだ! イナンナの力で絶対に精霊たちを助けよう。
そう思い魔力を籠めた時だ。
「なんの騒ぎですか?」
「ノ、ノルドさん、よそ者が雲を!」
ノルド君?
人垣で見えないけどそこにノルド君がいるのだろうか?
「そうだ、あの馬鹿どもの中にいる夕日色の髪の女を捕らえてください!」
「……夕日色? あなたたちは誰の許可を得てその人を責めているのです?」
……へ?
「このままじゃ、また街は闇に閉ざされてしまうんだぞ!?」
今なんか変な言葉が聞こえた気がするけど、気のせいだろう。
それよりも闇に閉ざすつもりは無くてもそう言われると辛い物がある。
「リラーグ、トーナ、アルムの住人はその人を知っているので領主に代わって私が言いましょう」
ん? そうするとあの人たちはリラーグの人ではないのかな?
考えてみればギルドを潰したのは僕たちなんだし、杖の事件のこともある……それに長く滞在した街なんだし僕たちを知られていてもおかしくは無い。
「ユーリさんたちがすることには意味があるでしょう、あの人が意味もなく雲を呼ぶはずが無い」
「い、一兵士が偉そうなことを」
「そうですねですが、あの人を知る者として権限を許されています。それは兵に限ったことではなく、知る者であればの権限です。そこのアルムやトーナの住民が彼女たちを守っている以上、彼女を傷つけることは領主への反旗を見なされますよ」
……やっぱり変な事が聞こえた!? っていうかノルド君は一体なにを言っているの!?
「な、なんかユーリの扱いがすごいことになっているな」
「そうだねー?」
「そりゃ、トーナやアルムを救った上、ギルドを潰し、他国の王と知り合いリラーグの現領主を救ったんだろ? それにその師匠は仲間に連絡し街を守る結界を渡したんだからな、他にもあるだろ?」
いや、それって皆がいたからで僕がどうこうしたという訳じゃないんだよ?
街ぐるみで守られるとは思っていなかったんだけど……そもそもそんな事したら問題だらけじゃないの!?
「もし、言いたいことがあるのなら領主へ直接意見を言いに行ってください。あの方は皆さんも知っての通り寛大です。話を聞いてくださるでしょう」
「………………」
ぽつりぽつりと雨が降り始め、やがてそれは強まっていく。
するとアルムの男性は僕たちの方に再び振り返り……
「このまま酒場まで移動するぞ」
そう言って、僕たちは彼らに連れられ龍に抱かれる太陽まで歩き始めた。
なんか、僕……とんでもないことになってませんか?
皆、絶対勘違いしてるよ僕そんな凄いことしてないからね? 出来ることだけしただけだし……これはちょっと行き過ぎだよ。
絶対問題になる……今日は遅いから明日、朝になったらすぐにシルトさんに言いに行こう……




