153話 酒場「龍に抱かれる太陽」へ……
裏市場で待っていたのはフォーグ地方の名もなき村に居たロクという老人だった。
ユーリは彼の案内の元、呪いの一つである盲目の弓を壊す……
その後、酒場で休息を得ようとした一行だったが、どうやら龍に抱かれる太陽という酒場に仲間たちは居る様だ……
ユーリ達は嘗てリラーグの領主から報酬として得た屋敷でもある其処に向かう事にした。
一つの呪いを壊し、ロクお爺さんに別れを告げた僕たちは屋敷に向かう事にした。
それにしても龍に抱かれた太陽って龍は間違いなくデゼルトの事だろうし……太陽って言うのはリラーグかな?
この分厚い雲の下……作物もろくに育たないであろうこの状況でそれでも懸命に生きるこの街が、人々が太陽。
うん、良い名前の酒場だ。
「見えてきたねー? ……ん?」
屋敷が見えてきたところでフィーが呟き、なにかが気になったようだ。
「どうしたの? フィー……」
僕も彼女が見ている方へと顔を向けると、そこには先ほど別れた女性リーチェさんが立っていた。
彼女は僕たちが帰って来たのを見るや否やすぐにこちらに向かってきて……
「今日は無理はせずもう休んだ方が良いよ、フィー貴女も一緒に休んで」
「え、う……うん?」
「えっと、リーチェ?」
何故か僕の肩に手を置き神妙な顔をしている。
「って、アンタそんなに悲しそうじゃないね? もしかして、離れている内にデゼルトをすっかり忘れてたとか?」
「そんなわけないよ!! ……ってデゼルト?」
そうか、もしかしてリーチェさんシルトさんから話を聞いて、デゼルトの事……あの様子を知ってたんじゃ?
生命の精霊……それが見えない人にはまるで死んでいるように見えるし……それで僕を気遣ってくれたんだね……
「リーチェさんありがとう、でも――大丈夫、フィーが診てくれたんだ」
「え、フィーが?」
「うん、あの子は生きてるよ? 精霊も近くにいたから私が保証するよー?」
フィーの言葉を聞いたリーチェさんはまるで油の切れた人形の様に首を動かしナタリアの方へと向く……
「ああ、安心しろ……ユーリを泣き止まさせる嘘じゃなく事実だ。あのドラゴンは幼生体だった。今は動けんが時期に成体になるだろう」
泣き止まさせるって……確かに泣いてたけど……
なんか恥ずかしくなってきたよ。
「な、なんだ私てっきり、ユーリが落ち込んで帰ってくると思って……」
「心配かけてしまったみたいですみません……」
「いや、良いの、もしそうだったらフィーがなんとかしてたでしょうしね」
この五年で変わった事……それは僕とフィーの関係をリーチェさんが認めてくれたっていうのもある。
まだ、納得は行かないみたいだけど、子供が出来てから彼女は大騒ぎだった。
最初はバルドかドゥルガさんの子供だと思ってたらしいんだけど、ナタリアがそっと教えたらしくそこまで二人が真剣ならっとなにも言わなくなったんだよね……
まぁ、子供と遊ぶのはあまり得意ではないみたいで、近づかれるとどうして良いのか分からないらしく助けを求めて来るのはびっくりしたけど、面倒を見てくれたり、手助けをしてくれていた。
今回もその手助けの相手が僕になっただけだろう……もし、そうだった場合……フィーに慰めてもらって一時は落ち着いても今日はなにも出来なかっただろうし、その心遣いに助かっていたかもしれない。
「さ、安心したところで酒場に入ろう」
ナタリアに促され僕たちは屋敷の扉を開く。
そこには、以前ゼファーさんの酒場で見たような光景が広がっていて――
「いらっしゃ――――おや、ユーリちゃん、それにフィーナさん」
僕たちの知るゼファーさんがカウンターへと立っていた。
店の中では僕たちの着たあの制服とはまた違ったまともな服を着て走り回っているジェネッタさんの姿があり……彼女はゼファーさんの声に気が付いたのか僕たちの方へと顔を向けた。
「フィ――フィーナ様!!」
「ジェ、ジェネッタお姉ちゃん?」
彼女は笑顔を浮かべたけど、すぐにちょっと引きつった顔を浮かべた……どうしたんだろう?
「客が溢れているな……」
「うむ……大繁盛のようだなゼファー……」
「ナタリアさん、昼間にって事は治ったんですね」
ナタリアは頷き改めて店内を見回す、そこには見知った顔が何人もいて……
「ユーリ様、お久しぶりですわ」
「タリムが落ちたって聞いてから、お姉ちゃん助けに行くって何度も言っててさ痺れ切らしてた所なんだよねぇ……」
天族の姉妹はジェネッタさんと同じ服を着ていて……
「なんだなんだ! お嬢ちゃんたちやっと来たのか? 早くまた店に立ってくれないか」
店の中で食事をしながらそう言うおじさんは確かコリアネスさんだ。
店が変わっても商品を降ろしてくれているのだろうか?
「なにはともあれ、ようこそ……いや、お帰りかな、龍に抱かれる太陽へ」
「フィーナ様たちの席はこちらですよ」
以前と変わらないゼファーさんは僕たちにそう言い、ジェネッタさんが席へと案内してくれた。
そこにはすでに誰か座っているみたいだ。
あの人は見間違えるはずがない……
「ミケ婆?」
「おお、フィーナ様それにユーリにナタリア様、親子揃ってお久しぶりだね」
フォーグでお世話になったミケお婆ちゃん。
彼女は酒場が見渡せる二階にある席にいて僕たちもそこに通された。
「現在この龍に抱かれる太陽は一部二階までが酒場と冒険者の宿舎、三階から上が皆さまの屋敷となってますよ」
実際にこの建物に入るのは初めてだった様な気がする。
それにしても大きな屋敷だ……
三階から上とは言ってるけど、それだけでナタリアの屋敷ぐらいはあるんじゃないだろうか?
「こちらは三階に上がるための鍵です」
「ジェネッタお姉ちゃんたちはどこに寝泊まりしてるの?」
「三階ですよ、もしかして……ご迷惑でしょうか?」
「ううん、そんな事ないよ。これからもよろしくお願いします」
そう言うとジェネッタさんは安堵したような顔を浮かべた。
もしかして、駄目! って言われると思ったのかな? そんな事言うつもりないし、思われてたのならそれはちょっと傷つくよ?
「だからお婆は言っただろう? フィーナ様は勿論、ユーリもそんな人じゃないよ」
「お婆ちゃん……それは分ってたよ? それに楽しみにもしてた、けど……」
なんだろう?
妙にジェネッタさんが僕を見て歯切れが悪そうにしているけど……
「その……ユーリさんと……」
「ふむ、営みを行って子を作った事か?」
「「――――ナ、ナタリアッ!?」」
僕とフィーがもし今水を飲んでいたり含んでいたら、吹き出してむせていたに違いない。
っていうかナタリア! もうちょっと言い方ってものがあるんじゃないの!?
「え、ええ……先ほどお子様を見て驚きました」
ほら! ジェネッタさん若干どころか明らかに引いてるよ!?
「確かにあれは俺も驚いたな、魔法とは体の構造さえ変えてしまう物なのだな」
「私も初めはなに考えているのこの子たちって思ったよ」
そして皆は一体なにを言い出しているの!?
そもそも、好きなのは仕方ないじゃないか!
「私はその、フィーナ様には……」
「魔法を教えたのは私だ、それにフィーもユーリもどちらか一方が強制した訳ではなく二人が望んだ事だ」
ナタリアは魔法を教えた責任とでもいうのだろうか? それはフォローだよね?
「ですが……貴女はユーリさんの母上なんですよね? それで良かったんですか?」
……さっきのミケお婆ちゃんの言葉でジェネッタさんもナタリアが僕の母親だと思っているみたいだ。
間違いではないし、否定するとナタリアが落ち込むから黙っていよう。
「うむ、そうだ私が母親だ」
うん、なんか嬉しそうだし……黙っていて正解だね。
「だが、二人が良いと言っているんだ。無理に離す必要はない……それに迷子になりやすいユーリではその内どこかで悪漢に捕まるだろう、フィーにしたって食事一つで釣られそうだからな。ユーリはしっかりしているし、フィーは迷子にならん」
「迷子って……確かにそうだけど……」
「流石にご飯一つで……ついて行かないと思う……ょ?」
なんだろうフィーの語尾が凄い不安な感じだったけど……
いやいや、まさかご飯一つで連れていかれるなんて事は無いよ、うん……多分。
「ですが――」
「ジェネッタ……やめなさい」
どうしても納得できないのだろう、ジェネッタさんはナタリアに詰め寄り……それを制したのはミケお婆ちゃんだ。
「お婆ちゃん……でも、フィーナ様は国王様の……」
「忘れ形見だよ、だけどここで無理言って別れさせたとしたらその子供はどうなるんだい」
「そ、それは……」
「フィーナ様が選んだ相手だよ、お子が生まれたのなら良いじゃないかい……元気で可愛らしいお子だったろう?」
ミケお婆ちゃんは深く言うつもりはないみたいだけど、知り合いにそこまで拒否されるのは辛い物がある。
「えっとね、ジェネッタお姉ちゃん」
「……なんでしょうか」
「私はユーリが良いよ? それに、ユーリがいなかったら私はもうここにはいないよ……」
僕がエターレという世界に呼ばれた理由。
ナタリアが自身の友人であり、妹であり娘同然のフィーを助けるために行動して僕と言う存在を見つけたからだ……
確かに切っ掛けはソレだった。
だけど、人の感情を操れる訳じゃない……フィーの言葉がなんだかくすぐったくて嬉しいよ。
「さて、フィーにユーリ、私は少しここで話して行く……二人は上に早く家の方へ行くんだ。メルをいつまでも待たせておくんじゃない」
「うん、時間かかっちゃったから、ぐずり出す前に帰らないとね」
「それならナタリーも一緒の方が良いと思うよ?」
ちょっと、いやかなり悔しいけどメルが一番懐いているのはナタリアだからなぁ……
「親はお前たちだろうに……ドゥルガもだ。二人はしっかりはしているが寂しがっているといけない早く行ってやれ」
「すまないな……」
「私もお腹空いたし、なにか食べてから上がるよ」
そう言って残った二人は恐らくはジェネッタさんの説得に当たってくれるつもりなんだろう。
せめて僕が残った方が良いんじゃないだろうか?
そう思って足を止め振り返ると、それを予想していたのだろうか……
「早く行ってやれ、あの子には初めての街だったんだぞ? いくらシアたちが付いていたからと言ってもいつも一緒にいたお前たちがいない状況で不安じゃないはずがない。そんな時、親であるお前たちが傍にいないでどうする」
「…………うん、ありがとうナタリア」
彼女の優しげな声で諭された僕は気が付いて待っていてくれたフィーとドゥルガさんと共に上の階へと昇り始めた。




