152話 裏市場へ再び
デゼルトが外に居る。
そう聞いたユーリたちは水龍デゼルトの元へと向かったのだが……
ユーリたちの船を引っ張っていた青き龍はすっかりと姿を変えていた。
だが、自分の所為だと悲しむユーリにフィーナは告げたのだった……生きていると――
デゼルトから離れるのは名残惜しかったけど、今僕たちは裏市場へと向かっている。
シルトさんが言っていた、呪いを壊すためだ。
一応、数が少ないのか、多いのかだけでも聞いておけば良かった……でも、呪いの道具相手だし、あの様子だとどのぐらいあるのかも知らないのかな?
管理も厳重そうだし、もし相手に僕だって分からなかったらどうしよう……
僕は少し不安を抱えながらも市場の人に聞き武器を預けると市場の中へと入っていく……
地下へと行く場所はすぐに分かった。
それらしき建物がシュカが捕まっていた場所しかなかったからだ……その建物に近づくとフォーグの兵士らしき人たちが手で僕たちを制する。
「止まれ、この先は市場ではない」
警備はやっぱり付いてるよね、僕はその場で止まり要件を伝える。
「……領主から聞いてきましたユーリです、責任者に話を繋いでもらえますか?」
「ユーリさん、ですか? ……すみません少々お待ちください」
兵士さんは僕の事を聞いていたのか、すぐに別の人に話を伝え待つように促す。
暫く待つと奥から姿を現したのは……
「お待ちしておりましたぞ、お久しぶりですな、姫様……ユーリ殿それに、ナタリア殿もお元気そうで」
「ロク爺?」
そう、フィーの言う通り、そこにいたのはロクお爺さん。
なんだって名のなき村の村長であるロクお爺さんが?
「世界中に正体不明の魔物があふれております故、それなりに腕が立ち、また貴女方を知るこの老いぼれが選ばれたという訳ですな。さ、ついて来てくだされ」
そうか、ロクお爺さんって強かったんだ……
でも、確か森族って精霊魔法で戦うのが主でフィーみたいに剣を振り回せる人が少ないはずじゃ?
いや、フィー以外で戦っている人と言ったらケルムぐらいしか知らないし、もしかしたらフィーみたいな才能がロクお爺さんにも合って普通に戦うのかな。
僕はそんな事を考えつつも彼の後をついて行く……地下へと着いたロクお爺さんは部屋の前でピタリと足を止めた。
「それで、呪いはどのぐらいあるんだ?」
「ここにあるのは七つの呪い……無音、暗闇など身体の機能を奪う物が多くありますな」
つまり、耳が聞こえなくなったりするってことか……でも丁度七つ流石に一日でやるのは無理かな?
あれも一応ソティルの魔法なんだし……
『ご主人様、魔力のことをお考えなら忠告いたします』
ん? もしかして魔力が増えてるとか?
『いえ、魔力に関しては五年ほど前から変わっておられません、それとは別に七つもの呪いを一日で破壊しようとすれば貴女様の精神崩壊が考えられます。お体のことを考え、三日に一つと制限させていただきます』
ぅ……魔力じゃなくてそっちの方なんだ。
それにしても三日か……思ったより負担が大きいんだね。
分かったよソティル、約束する。
『ご忠告を聞き入れていただき、光栄です』
いつも、助けてくれているんだ。
自分自身のことでもあるし、それぐらいならソティルの言うことを尊重するよ。
「ユーリ殿……?」
「取りあえず今日は一個壊していくよ」
「一日で壊さないの?」
「なにか問題でもあるのか……」
フィーとドゥルガさんが疑問を投げて来る中、一人腕を組みなにかに納得したような女性は口を開く。
「呪いと対峙するんだ……恐らく精神的な疲労が溜まるのだろう? 冷静な判断だな」
「うん、ソティルもそう言ってたよ……最悪精神崩壊が考えられるって、だから最低でも三日に一回それで良いかな? ロクお爺さん」
「ええ、ユーリ殿のご都合で構いません。こちらの身勝手で姫様の恩人の娘を危機にさらす訳にはいきませんからな」
うん、それまだ思ってたんですね。
というか、ナタリアはこの頃メルに対して完全にお婆ちゃん思考だし、なんか……複雑さが増してるよ……
「どうした? 変な顔を浮かべて」
「いや……ん? 変な顔? ってナタリア聞かなくても――」
そういえばこの頃、ナタリアはあれをしてこないな?
「ねぇナタリー……そういえばこの頃、心観るの止めたの?」
フィーも同じことを疑問に思ったのかナタリアに質問を投げる。
すると、ドゥルガさんも思い当たる節があったのだろう、頷きつつ彼女を見て……ナタリアは明らかに困った様な表情を浮かべ……
「あ、ああ……以前私の誕生日があったろう? その時にメルの心を覗いてしまってな……」
「あの時か、だから……珍しくメルがナタリアに怒って大泣きだったんだ……」
本当にびっくりしたんだよ……泣いていたから、またやんちゃをしたのかと思ったら僕とフィーの後ろに隠れた上で泣き続け、二人で泣きやまそうとしたけど駄目で……
ナタリアの所に連れて行こうとしたら「なたりあきらい!!」と言いながら更に泣いたんだっけ?
暫くして落ち着いたみたいだったから良いけど……
「もう心は覗かん……」
小さい声なのにやけに重い様な……彼女には相当堪えたみたいだ。
「絶対に覗かん……」
うん、相当所じゃなくてトラウマレベルだね、これ……
「え、えっと……取りあえず呪いを一つ壊すよ」
「そうですな、なんだか良く分かりませんが……」
事情を知らないロクお爺さんは呆けていたけど、僕がそう言うと鍵を使い一つの部屋を開けてくれた。
そこには弓の様な武器が置いてあり……
「盲目の弓か……」
そう答えたのは以外にもドゥルガさんだ。
「その通りですな、フォーグにあるオークの村より持ってきた物、意志の強いオークだからこそ使える呪いの弓ですな」
「オークだからこそって意志が強ければ使えるの?」
僕がドゥルガさんに聞くと彼は首を静かに振った。
「いや、長い時間触れて使用するのは無理だ。だが、近場での狩り程度なら使えるだろう……」
「おお、ドゥルガ殿は良くオークのことを知っておられるようで」
「呪いと言うのは触れると精神を蝕む……ロクの様に己と道具が離れていれば問題は無い、だが実際に使用するならオーク並みの意志が必要だ……」
だけどその間は精神は蝕まれている訳で……長時間の使用が危険ってことか。
「でも、ユーリは魔族だし触れてたよ?」
「いや、多分僕の場合は……ソティルがいるから呪いが軽減されてるんだと思う」
僕はあくまで可能性だけど、そう口にする。
するとフィーは首を傾げ……
「え、えっと……ソティルがいるのは知ってるけど、どうしてそれで大丈夫なの?」
「……恐らくだけど、僕の中にソティルの精神がある、その影響で本来一人の精神を蝕む呪いが僕とソティル……二人に流れてるんだ、当然その分呪いが分散するんだと思うよ」
陽光の呪いの時、呪いを解除出来るかもしれないと言ったのはソティルだ。
ソティルに呪いを解除する能力が最初からあったとしても僕との同調が進んでいなかったら、ソティルの力を借りることは出来ずルテーの呪いに僕の精神は壊されていたのだと思う。
だけど、ソティルには誤算があった。
僕までルテーの思念を見たことだ……本来私だけが見れば良いはずなのですがって言っていた事から、考えると彼女は僕まで見るとは考えてなかった。
ソティルも観ていたみたいだし、あれが呪いの正体なら分散するのは間違ってはいないはず……
「三種族でも意志が強い者にはある程度の耐性が出来る。だが、直接触れられるのはごく一部だろう、ロクこれをどうやって運んだ?」
「直接は触れない様、警戒し運びましたぞ……箱を三重ぐらいにしましてな……年寄りにはとんだ力仕事でしたな」
「分かったかフィー、オーク族以外ならば意志の強い者以外は触れん……例えば自国の為にかつてルルグに反旗を上げた王シュタークであれば、数秒触れるだろうがな」
なるほど……確かにシュターク王は僕にルテーを手渡してくれた。
民のことを思って僕たちに依頼して来たりしてくれたり、ロクお爺さんの村に物資を届ける算段も取ってくれた。
あのやつれた様子からはとても想像が出来ないけど、彼はそれだけ強い意志があるってことか……
「さぁユーリ、ささっと壊して戻ろう、私のメルが寂しがっている」
ナ、ナタリア……
「いつからメルはナタリアのになったの……全く、ソティル行くよ……」
『畏まりましたご主人様』
僕は弓へと近づき左手をかざす……
なんでか分からないけど、ソティルはこういう時左を指定してくるから今回もそうだと……ただ何となくそう思ったんだ。
「……ふぅ」
呪いの解除が終わり、弓は塵となって消えていく……
取りあえず今日やることはこれで全部だろうか?
「お疲れさま、ユーリ」
「本当に呪いを無くしてしまうとは……これは凄い物を見ましたな」
「流石だな」
「なるほど、こうやって解呪の魔法を作っていたのか……興味深いな……」
そんなに注目されると少しどころかかなり恥ずかしいよ? とはいえ疲れた……
確かにこれは何回も出来ることじゃないなぁ。
「さ、今日は帰ろう、皆との待ち合わせは……ゼファーさんのお店だっけ」
僕は龍狩りの槍と言う言葉を飲み込んだ。
デゼルトのことでじゃない……ゼルさんのことだ。
ナタリアから聞いたんだけど、あの酒場の名はゼルさんのことで彼の槍は鋭くどんなものでも穿つ……それ故に付いた通り名が龍狩りの槍。
元々はゼルさんがやる酒場だったらしいし、その名にも納得がいく。
だからこそ、言葉に出せなかった……のに……
「龍狩りの槍ですかな?」
「――――っ!!」
当然知るはずもないロクお爺さんはそう言葉にし、更に……
「あの酒場なら今はもう無いですぞ」
「「「「……え?」」」」
僕たち四人の声は揃った……
龍狩りの槍が無い!? だってゼファーさんは……いや、まさか!?
「ど、どういうことなの? ロク爺……」
「あ、いや姫様不安そうな顔せんでくだされ、店自体はあり、今は冒険者ではない戦えるものの宿となっております……その理由はジェネッタが街が龍に守られているのに龍を狩りと言うのは良くないと言いはじめましてな」
「しかし、今は眠っているとフィーナが言っていたが……傍から見ればあれは……」
「それもジェネッタと別の森族の女性がデゼルトが生きていると騒いでおりましてな……」
ジェネッタさんが……?
あ、そうか……フィーに見えるなら、同じ森族の彼女なら……
「ジェネッタお姉ちゃんが? ってことは……」
「あの子も姫様と同等の力を持つ精霊術師だったことが最近分かりましてな」
ん?
「じゃ、じゃぁジェネッタお姉ちゃんがデゼルトのこと……」
「ええ、生きていることを知っております。今あの幼龍はあの子の発言であの場に留まっているのです。夜の内にクロネコに魔物避けの香を焚かせまるであの龍が魔除けになっているかのように見せかけましてな」
「そ、そうだったんだ……」
ジェネッタさんがデゼルトを……後でお礼に行かないと、それにクロネコさんにもだ。
確か彼はあのお香の匂いが駄目なはずなのに……
……それにしても、あと一人デゼルトを助けてくれた人が居るって……
「ロクお爺さん、その……もう一人の森族って?」
「……それが分かりませんのじゃ、ジェネッタの言う事なら兎の森族らしいのですが、この街には森族も多くいますしな……たまたま居合わせただけで名も聞いておらぬと」
兎……? そういえばクルムさんは兎だったはずだけど……兎の森族の人が彼女だけとは限らないしなぁ……
う~ん、彼女だったらすぐにお礼も出来たけど……
「それで、ゼファーはどうした? 宿になったと言っていたが……」
「ええ、ですが宿は別の物に任せ、代わりにユーリ殿の屋敷を酒場へ改造し、そこにおられますぞ」
「では、酒場の名前と場所が変わっただけなんだな?」
ゼファーさんが無事なら良かった、これ以上フィーが悲しい思いをするのは見てられないよ……
「ロク爺、その酒場って名前は?」
「酒場の名ですかな、その名は――」
フィーの様子は変わっておらず安堵した僕はロクお爺さんの言葉に耳を傾ける。
「酒場の名は”龍に抱かれる太陽”場所は言わんでも分かりますな」




