15話 休息のち帰路
フィーナの傷を白い魔導書に載っていた『ヒール』で治せたことに安堵したユーリ。
その喜びも束の間、彼女を襲ったベアキメラがユーリたちを襲う。
新しい魔法『スナイプ・アロウ』で対抗するも、どういう訳か効いていない様子の魔物の正体がゾンビであると仮定したユーリは本に載っている最後の魔法『ルクス・ミーテ』を唱える。
ユーリの予測は当たり、ベアキメラは倒すことができたのだが、彼女の魔力も尽き、休むことを余儀なくされた。
フィーナさんが精霊に話を聞き、安全と言うことでここで休むことになったのだが……。
結果から言うと、本当に安全だった。
動物はおろか魔物も来ず、まるで結界でもあるような感じだ。
恐らくはあの魔物がまだ居るっと思っているから、他の生物が近づかないのだろう。
その証拠に、先ほどから見張ってくれている、ドリアードという精霊は何の反応も示さない。
……お陰で休むことができ、魔力は多少回復したみたいで、動けるようにはなった。
「ユーリ、回復早いね~」
「うん、ナタリアの言うことでは、回復力は凄いって言われたよ」
もう少し休んでいれば全回復するだろうし、僕の方は特にこれと言って問題はない。
だけど――。
「フィーナさん、身体の方は……」
「魔法のお陰で、傷も無くなったし、痛みもないんだけど――」
痛みまでとれるのか……なんだかんだ言って、やはり回復魔法は有能だ。
「まだ、急に動いたりすると、くらっとするかな? もう少し休めば、歩く分には大丈夫そうだけど」
貧血、と言うことだろう、とはいえいつまでここが安全かは分からない。
フィーナさんが歩けるようになったら森を出てしまおう。
「それよりも問題なのが、まだ、まともに戦えそうに無いってことだねー」
「それは笑顔で言うことなの?」
あっけらかんと答える彼女に思わずつっこんでしまった。
「まぁ、生きてればなんとかなるだろうし、大丈夫、大丈夫?」
フィーナさんって前向きなのかな? 少し心配になってきた。
しかし、彼女が言っていることは一理ある……悪い想像をすると、現実でもそれを引きずって実力を出せないだろう。
「お腹空いたー」
いや、きっと……なにも考えてないんだろう――フィーナさんは……。
「でも、食べ物なんて……」
「えっと、なにかあった時の為に食料を持ってきてるよ? カバンの中に冒険の時は用意してるんだよ?」
ごめんなさい、ちゃんと考えてたみたいだ。
「一応、ユーリのにも入れて置いたんだけど……気がつかなかった?」
「まったく、気がつかなかった……」
カバンを探ってみると、なにやら布に包まれた物があり、それを空けてみる。
……すると、確かに食料が入っていた。
いつの間に入れてたんだろう?
「そんな不思議そうな顔しなくても……今回は使わないと思ってたけど、一応持ってきておいて正解だったね?」
とはいえ、この食料……。
「あの、これ生で食べるとかじゃないよね?」
手元にあるのは、野菜や干し肉……といった材料だ。
干し肉あたりはそのまま食べれそうだが、見た目的にはあまり美味しそうではない……。
「その干し肉は硬くて、そのままだと不味いし、流石に調理しないと食べれないね?」
やっぱり美味しくないんだこれ……仕方ない、久しぶりだけど、料理をするしかないかな。
「調理に使う道具ってあるかな?」
「私のカバンに入ってるよ?」
そう言うとフィーナさんは、荷物の中から鍋やナイフなどの調理器具に火打石を取り出してくれた。
幸い薪になりそうな乾いた枝は近くに落ちている……よし、これなら出来そうだ。
まずは、干し肉だ……これを一口大に切り、水を張った鍋の中に入れ、お湯を沸かす。
これで出汁を取り、なおかつ、できあがる頃には肉は柔らかくなる。
次に野菜だ。
やはりこれも一口大に切ると、煮崩れしにくい物から鍋の中に入れる。
尚且つ火が通りにくそうな物から順々に入れ、葉野菜のような物が煮えすぎないよう気をつけ、スープに味付けをし……あく取りもして、一通り柔らかくなったら完成だ。
味見を一応しておこう……大丈夫だ、濃すぎず、薄すぎず……丁度良い塩梅にできあがったと思う。
いや、まさかこんな所で前の世界のスキルが役に立つとは思わなかった。
「……ご飯!」
ところでフィーナさん、貴女は出会った時からご飯と言ってたような気がしますが……腹ペコキャラなのでしょうか?
「今、器にいれるから……」
食器によそい、フィーナさんにスプーンと一緒に渡すと、彼女はそれを直ぐに口へと運ぶ。
「あ、熱いよ!? 少し冷まさな――」
「――――!?」
言わんこっちゃ無い、やはり熱かったみたいで悶絶している。
それでも器を落とさず、かつ、中身をこぼさないのは冒険者ならではの技なのだろうか?
それでも、慌てて食べようとするフィーナさん、なんだかこれでは子供みたいだ。
「仕方ないな、器貸して?」
「あ、あげないよ?」
取らないよ……。
そもそも、自分の分はまだ鍋の中にあるから後で食べれば良い。
「いや、冷まさないと口の中、火傷だらけになっちゃうよ? 冷ましてあげるよ」
「それぐらい自分で出来るよ?」
いや、やろうとせずに火傷してた人が言うことなのでしょうか、それは……。
僕が困惑していると先ほど口に運んだ時にやはり熱かったのだろう、しぶしぶといった形で彼女は器を渡してきた。
「フーフー……はい、どうぞ」
「へ!? どうぞ? って言われても……」
ん? なにかおかしいところはあったのだろうか? 息で冷まして、スプーンを差し出しているのだけだけど……。
「早くしないと、これ冷たくなっちゃうよ?」
そう言うと、フィーナさんはおずおずといった感じで口をあけたので、スプーンを入れてあげる。
どうやら今度は火傷せずに食べれたみたいだ。
「じゃぁ、次すくうね」
「いや、やり方は分かったから、自分でやるよ? 恥ずかしいし……」
よほど恥ずかしかったのだろうか? フィーナさんは言葉尻に声をすぼめ、耳を垂らしてしまった。
確かに、よくよく考えてみると、僕は恥ずかしいことを仕出かしてしまった……のではないだろうか?
「え、えっと……熱いから気をつけて……」
考えたら顔から火が出そうだ。
「……うん」
僕は器をフィーナさんへと返すと、自分の分を装い口へと運んだ。
「あっつ!!」
「ユーリ!?」
なんとか食事を終え、僕が片づけをしていると、フィーナさんは多少ふらっとはしたものの立ち上がった。
「大丈夫? まだ休んでた方が良いんじゃ……」
「んー、大丈夫かな? 戦闘は避けるよう、ドリアードに道案内してもらうようにすれば良いし……なにより、あまりもたもたしてると、夜になっちゃうからね?」
そうは言っても、あの怪我をして血を流しているわけだし、心配なものは心配だ。
「でも……」
「いざとなったら、ユーリが魔法でなんとかしてくれるでしょ?」
僕が? いざと言う時に? ……出来るのだろうか?
「そんな顔しないの、私が今生きてるのも、ユーリの魔法のお陰なんだし、何とかなると思うよ?」
疑問系なのは気になるけど、確かに無我夢中だったとはいってもあの魔法を使ったのは間違いなく僕だ。
それにフィーナさんが言う通りここに居てもいずれ夜になってしまう。
そうすれば視界はもっと悪くなり、帰るのは明日になってしまうだろう……。
明日まで無事にこの森で生きていられるだろうか?
いや、その前に食料は少しは残しておいたけど、それだってほんの少ししかない。
水だって探さなければいけないし……そもそも野営道具までは持ってきてはいないはずだ。
「分かった……でも、無理はしない、これは約束して」
「うん、分かってるよ、無理して動けないなんて笑えないからね?」
彼女はそう言うと、ドリアードを呼び戻した。
「ドリアード、これから戻るから街の方まで案内をお願いね? 魔物には遭いたくないから、避けて進んでくれるかな?」
精霊は頷き、フィーナさんのお願いを聞き入れると、ゆっくりと先導を始めてくれた。
後は僕がフィーナさんの所に駆けつけた時と同じだ。彼女の後を付いて行くと、魔物に遭い難いルートで進んでくれているのだろう。
魔物はあまり現れず、順調に森の中を進んでいく。
……途中、休憩などを挟みながらも順調だ。
そんな順調な時だった。
「ユーリ、ここから少し前に進むと、なにかが居るみたい」
「え? 魔物は避けるんじゃ……」
「流石に全部避けきるのは無理みたいだねー、でも、数は少ないって二匹みたいだよ?」
仕方が無い。
僕は矢を準備し、警戒をしながら前に進んで行くと……その影が見えた。
最初に会った木の化け物、二匹……言われた通りだ。
まだ、こっちには気がついていないようで、僕は小声で詠唱を唱え――。
「マテリアルショット!!」
本来なら、スナイプの方が良いのだろうが、あれは魔力消費が多いみたいだし、多用ができない。
だけど、こっちに気がついていない魔物相手には十分だったみたいで、矢は目標を捕らえてくれた。
「……んー?」
おかしいなー……。
イメージではもっと速くしたつもりなんだけど、スナイプの方となにが違うんだろう?
「倒せたみたいだね、じゃぁ、先に進もうかー、出口はもうすぐみたいだよ」
「本当!? な、長かった……」
最初にしては大冒険過ぎると思うよ、今日のこれは……。
いや、僕が逸れたのが原因なんだけどね。
森の入り口に着いた僕たちはドリアードと別れ、街道を暫らく歩くと、なんとか街に着いた。
日が沈んだからだろう、街灯に火が灯り始めている。
見たところ火ではないみたいだから、きっと何かのマジックアイテムだろう。
いや、そんなことよりも――――。
「も、戻れた……戻れたよ! フィーナさん!」
ああ、昨日初めて見たはずの街並みが懐かしく感じる!
「うんうん、戻れたね? いや、本当、死ぬかと思ったよー」
無事で街に戻れることがこんなに素晴らしい事とは思わなかった。
「あ……」
「フィーナさん、どうしたの」
「ハチミツ……持ってくるの忘れてた?」
……そういえば、それが目的であったことも忘れてたよ僕は。
「まぁ、明日辺りにバルドにでも取って来てもらうとして、とりあえず、お店に戻ろうかー」
本当は医者かなにかに行って欲しいのだけど、思ったより血は出ていなかったのか、フィーナさんはすたすたと酒場へと向かっていく……。
「お腹空いたから、着いたらご飯食べようか?」
僕は苦笑しつつもフィーナさんの後を追い、月夜の花亭へと足を向けた。




