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143話 龍狩りの槍

 ナタリアの屋敷で休むユーリ一行……

 結局手に入れた本には何の手がかりも載ってはいなかった。

 同時刻……タリムでは?

 日が暮れてもがらりとした酒場。

 以前はこの時間が最もにぎわっていたその酒場では店主が一人店仕舞いの準備をしていた。

 先ほどまでは常連の客が酒を飲みに顔を出していたのだが、その都度彼は……


「すまんな! 店は辞めることになってな……ほら、酒だ持ってけ!」


 そう言って客を追い出すのを繰り返していた。

 何故、そんなことをしたのか彼自身も分からなかった――いや、長年冒険者をやって来ていた勘や本能だったのだろうか?


「……嫌な予感が消えねえな」


 彼はそう呟くと手入れだけは欠かさなかった槍へと手を添える。

 それは嘗て、龍さえも狩れるのではないかと言われた彼自身の魂無き相棒だ。

 目を閉じ、息を整える。

 静かに呼吸をし、例え忍び足で近づく猛獣がいてもその微かな音を聞き逃さない……まるでそんな事を言うかの様に彼はその場に立つ。


 どのぐらい時間が経っただろう? 長い時間か、短い時間か……それは彼にはどうでも良かった。

 ただ……その瞼をゆっくりと持ち上げ、店の入り口へとその双眸を向けた。


「今日は店仕舞いないんだがな」


 ゼルは普段笑いながら客を迎え入れるのとは逆にカウンターの中で来客を睨む。


「おいおい、客が来たってのにそんな怖い顔するのかよ? この酒場は」

「だから、店仕舞いだと言ってんだろうが! なんの用だ?」


 入ってきたのは男性。

 それだけなら彼はそこまで警戒しなかっただろう。

 だが、手紙で彼は黒ローブと仮面を付けている男を警戒しろとナタリアから情報を得ていた。

 そして、男から発せられる殺気でもなく……なんと言ったら良いのかまるで分からない気配にゼルは気づいていた。

 そう……冒険者であったが故に気づいた。

 殺意を持って人を殺すのではなく、自身の欲求を果たすために人を殺す。

 人の形をした魔物と言っても過言ではないソレに……


「聞いたらここがこの街一の酒場らしいじゃないか、その自慢の冒険者たちはどこだよ?」

「言っただろう店仕舞いだ……それにそいつらならもういねぇ」


 彼はぶっきらぼうにそう答えると、手で帰れとでも言うように追い払おうとした。

 その時、男はゼルに飛び掛かる様にし銀線を放つ――

 が、ゼルは傍にあった包丁を手に取り、首筋へと向かってくるそれを防いだ。


「なんのつもりだ? そこは飯を置く場所だ。足を置くんじゃねぇ!!」

「それはこっちのセリフだ。テメェのそばにあるその槍は何なんだよ、ぁあ!?」


 怒声と共にギリギリと音を立てながら剣はゼルの首元へと迫ろうとするも、片手でそれを防ぐゼルは平然としたままだ。


「ただのお守りみたいなもんだ……だが、これ以上暴れるって言うんなら、な!!」


 その一声と共に剣を弾き、仮面を力任せで遠ざけると彼は得物(相棒)である槍へと手を伸ばす。

 だが……


「ああ、もうメンドクセェ……何で抵抗しやがるんだ? 殺してから探せば良いだろ……なぁ、ネクノ」

「――本だとっ!?」


 彼の手にはいつの間にか真っ黒な本があり、ゼルのその一言でなにかを察したのだろう、男はニヤリと口元を吊り上げると手のひらを地面へと向けた……

 漆黒に染まる床、その中から這い出てきたモノは異様な臭いを放ち……肉は腐りかけているのだろう所々ドロドロに溶けていた。

 あまりの臭いにゼルは顔をしかめながらも槍を構え、カウンターを飛び越えるとその魔物へ向け槍を放つ。

 人の形をしたそれの急所は本能で頭か胸だと判断した彼が放った一撃は見事胸を貫いた。


「……な、なんだ、こいつ!?」


 はずだった……

 普通であれば、そこで終わっていた。

 だが、魔物はあろう事か胸に刺さった槍を抜こうともせず刺さったまま真っ直ぐにゼルへと向かう……


「そいつらは死なないぞ? なんせ()()()()()()()()()

「はん! 死んでる奴が動ける訳ないだろうが!!」


 ゼルは男の言葉をそう跳ねのけると力任せに槍を振り回し、魔物を翻弄する。

 だが、男の言った通りそれは不死であり、また死肉は腐り始めていて彼の力の前にはあっけなく肉は裂けてしまった。


「……な、なんだこいつは……血が出ていやがらねぇ……」


 槍は骨をも砕いたのだろう。

 魔物は上半身を引きずるようにしながらも、ゼルへと向かって行く。

 痛みも感じず、傷による出血もなく……それが彼には不気味で、目の前のありえない現象が現実であると突き付けられる。


「クククク……どうしたよ? ほら、まだ亡者共はいるんだぜ?」


 男は不気味な笑い声を上げると、再び地面へと手のひらを向け……

 漆黒の中から亡者を呼び出し続けた……


「……こ、こいつら、本当に……まずいぞ、おい」


 ――ナタリア、マリー。


 ゼルは言葉に出さず、仲間である女性の名を心で唱えると……


 ――すまんな、フィーナ、バルド…………ユーリ。


 続けて、酒場の冒険者たちの名を浮かべる……


 ――俺はここで終わる。だが、幾つも隠しておいたからな……見つけてくれよ。


「おいおいおいおい!! 終わりかよ! そのデケェ図体で怖気づいたか!?」

「……ああ、正直死体が動くなんざ初めてだからな……だが、お前さんは違うだろうが!!」


 仲間たちの名を思い浮かべた男は槍を構え直し、亡者たちを振り払うと一直線に仮面の男へと向かう……槍を放てば仮面の男は死ぬだろう、その距離に届くかと言う所で仮面はニタリと再び顔を歪めると――


「言い忘れてた、亡者は闇の中ならどこでも出せるんだぜ?」

「あぁ? ――――ッ!!」


 吹き飛ばし浮いた亡者の影から這い出てきた無数の腕に足を取られたゼルは勢いを無くし……その隙を突き亡者たちはゼルへと群がり、彼の四肢は思うように動かなくなってしまった。


「残念賞~」


 気味の悪い笑みを浮かべた男は指を鳴らすと……


「殺せ……」


 亡者たちに命を下した。






「さてと……」


 事が終わった後、仮面の男はカウンターの中へと張り込み物色を始めた……

 たった今、人を殺めたと言うのに男はなにも感じてはいないかのように含み笑いをしていた。










「ユーリ! ユーーリーー!!」


 頭の中にフィーの声が響く。


「う、ぅぅ~……」

「ユゥゥゥリィィィ!!」


 ぅ? な、なんだろう、もう朝なのかな?

 そう思って瞼を開けるもまだ辺りは真っ暗で、深夜なのは分かった。

 どうしたんだろう?


「フィー?」


 彼女の名を呼ぶとフィーは僕に抱きついて来て……いや、いつもそうだけど、なんか様子がおかしい気がする。


「どうしたの?」

「……うん」


 僕が聞いてもその一言だけ発すると、より一層すり寄って来て……


「……なんかね? 嫌な予感がするんだよ?」


 それだけ言うと彼女は僕の胸に顔を埋めた……嫌な予感って屋敷の事かな? でも、ナタリアがああ言った以上確実とは言えなくてもそう簡単になにかがあるとは思えない。

 思えないけど、フィーの様子がいつもとは違って……

 まるで、彼女の嫌な予感が伝染したような感覚がして……でも、それを悟られない様に僕はフィーの頭を撫でた。

 すると、フィーはその心配そうな顔を僕に向け口を開く。


「皆……大丈夫かな?」

「……うん、きっと大丈夫だよ」


 彼女の問いに僕はそう答えた。

 だってきっと……ナタリアの魔法が守ってくれているはずなんだから……






 ユーリとフィーナが泊まる部屋の前、ナタリアは一人佇み、顔を床へと向ける。


「……嫌な予感かフィーの思い過ごしなら良いんだが」


 その手に持つ水晶は濁り、ナタリアの目には何も映らない……

 ユーリと言う少女と出会ったため、運命が見えなくなった者の証拠であり、その人物は……彼女の仲間であった男性。


「全く……観えないとはこんなに不便だとは思わなかったな……」


 彼女が心配しているのは他でもない、酒場の店主であったゼルだ。

 危惧していた理由もある……二人がリラーグへと向かった後に気まぐれで彼の店へ出向いた時だ。

 彼はユーリのことを自慢げに話していた。

 そう、傷を治せる魔法……そんな特別な魔法を使えるナタリアの唯一の弟子、その人物が自身の酒場の冒険者になったと……

 だからこそ、情報が仮面と言う人物に()れていると考え、手紙を出し屋敷に来るように願ったが、彼の性格上証拠となる物を焼き酒場に残るであろう事は予測出来ていた。


「出くわす可能性を考えて酒場を避けたのは間違いだったかもしれんな……無事でいてくれよ」


 彼女は水晶から目を離すと天井に覆われ観えない空を見上げた。

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