139話 メデューサ
洞窟を抜けた一行は其処がトーナの近くである事に安堵した。
どうやらナタリアの故郷も近くにある様ですぐに向かう事にしたのだが……
途中怪我をしたと言う女性にあいユーリは不信感を持ちながらも傷を癒そうと近づいた。
が……その女性は人ではなく……ユーリが知る……メデューサという魔物だった……
目の前にいるのはメデューサ……髪が蛇になっている女性の姿をした魔物だ。
僕が知っているのは奴に目を合わせたら最後、石化してしまうと言う事……だけど、どうやら目の前のメデューサにその能力は無い。
僕たちを餌だと言っている以上、石でも食べる習性が無い限りその力は使わないだろうし、なによりフィーとナタリアは目を合わせているはず。
「…………」
なのに……なんだ? なにが引っ掛かる……
「――――ッ!」
睨み合いの中、フィーはダイヤの大剣を抜き放ち、太陽の光に照らされたそれは虹のような輝きを見せた……
「なにそれ、ずいぶんと奇麗……それを置いていくなら見逃してあげても良いけど?」
「あげる訳ないよ?」
あの余裕そうな態度は何? さっきからなにかがおかしい気がする……
何処からどう見ても丸腰の相手に僕はどうしたんだ?
もしあの蛇に毒があったとしても、フィーの剣なら十分な距離は保てる。
それに、なんであのメデューサはあんなにも自信にあふれてるんだ? ……いや、まてよ?
攻撃する必要が無い?
「ユーリ! 悠長に思考している暇があれば魔法の一つでも唱えろ!」
ナタリアも気が付いてない。
そうか、アイツの狙いは自分の攻撃じゃないんだ。
もうすでに……僕たちは取り囲まれているはず……あの茂みや木の上、石の間隠れられる場所はいくらでもある。
恐らくあいつは僕たちの誰かが動いたら仕掛けるつもりだ。
なら……
「フィー!!」
フィーは僕の声を聞くと、メデューサへと向かって行く。
すると、魔物は微笑を浮かべ頭の蛇たちが一斉に威嚇をする……
いや、威嚇ではなく合図だ。
「なっ!?」
ナタリアの驚いた声が聞こえたけど、やっぱり思った通りだ!
「魔力の障壁よ、牙を防げ……マジックプロテクション!」
ソティルの魔法を使い僕たち三人に光の衣をまとわせた。
恐らくこれなら蛇の牙は防げるだろう。
蛇たちは僕の思った通り、光衣を貫通させるほどの力は無く、出てきた蛇たちもそこまで大きいとはいえない。
これなら絞め殺されることも心配はいらないだろう。
僕がほっとしたのもつかの間……
メデューサはニヤリと笑みを浮かべたまま、予想外の事をし始めた。
「……具現せし」
「っ!! 撃ち放て水魔の弓矢……ウォーターショット」
その詠唱でなにをしようとしたのか、すぐに気が付いたのだろうナタリアの魔法はメデューサへと真っ直ぐに向かって行き……
右の肩を貫いた。
「……畏怖を」
なのに、魔物に痛みは無いのか詠唱は続く……
まるで見せつけるかのように、ゆっくりと詠唱は紡がれる。
これから起きる事をじっくり見ろとでもいうのだろうか?
「ユーリ!!」
でも、それが命取りだ。
「我が前に具現せし、畏怖なる言を奪え!! サイレンス!!」
「かき消せ……ディ――」
声はかき消され、魔法は不発に終わり……メデューサにはフィーの持つ刃が降り落とされた。
終わった……。そう思ったのに……
「スペル」
足りない部分を本体ではなく蛇から発し……僕たちを守っていてくれていた光衣はあっけなく破られ。
迫りくる刃も数匹の蛇髪を犠牲にしてメデューサは血にまみれながらも笑みを浮かべる。
まずい周りにいるのは恐らく毒蛇だ……
「っ!? 嘘……効いてないの?」
……彼女の剣は確かに頭についている蛇を切り落とした。
なのに、メデューサと言えば苦痛の表情は一切浮かべずにったりと笑っている……。
「ああ、久しぶりの食事……大丈夫、苦しいのは最初だけ毒でゆっくりと殺しながら食べてあげるよ……」
このままじゃ、二人が殺される――
「氷精よ! 汝の裁きの矛を我に与えん……アイスランス!!」
僕は魔法を唱え、魔力を籠める……狙いは二人、いや僕たちに飛び掛かる蛇たちだ。
無意識の内に放った氷の槍は次々に蛇たちを貫いて行く……
流石に氷の魔法は相手にとって予想外だったんだろう。
顔を歪めメデューサは僕を睨む。
「私の子供たちに何をしてくれている!」
「きゃぁぁ!?」
蛇を逆立たせ、フィーを押しのけるとメデューサは真っ直ぐこちらへと向かってくる。
「っ!! させ――」
メデューサが迫りくるとナタリアは前に立ちはだかり守ろうとしてくれていて……
「邪魔だ!!」
蛇髪はナタリアへとその牙を向け――
僕の背中に賊りとしたものが走りった。
「――――!!」
僕は何かを叫ぶと咄嗟にナイフを取り出し――
「天より与えられしは、英霊の力、宿れ……」
詠唱を唱え……
「グラース!!」
魔法によっていつも以上の身体能力を得た僕は大地を蹴り、乱暴ではあったがナタリアを後ろへと飛ばす。
「なっ!? ユーリ何を――!!」
「あはははは!! 馬鹿かい!? わざわざ守ってくれた奴を――」
恐ろしい形相のままメデューサは笑い蛇達は一斉に僕へと向かって来る。
このままではあの蛇に捕らえられる……僕は手に持っていたナイフをしっかりと握り……再び大地を蹴る!
「何!?」
これ以上の速さは得られないと思ったのだろう、メデューサの表情は一瞬で変わり――
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
魔物の胸へとダイヤのナイフを突き立てた。
「――――っ!?」
蛇と魔物は対なのだろう、力を失いだらりと垂れ下がる。
冷たい様な感触が伝わってくる……
「……う、うわぁぁぁぁあ!?」
僕は今……一体何を? いや、違う僕……魔物とはいえ、人の形を人の言葉を話すした人を殺……
手を見てみるとそこには人と同じ赤い血がべっとりとついていて、とたんに僕は吐き気に襲われた。
ナイフを持つ手が震えて、圧し掛かる魔物の重さがやけに現実を主張してくる。
今までだって魔法で同じ事をしていたのは十分理解している。だけど実際に武器で殺めてしまったのは初めてで……
もし、本当にキメラだとしたらここまで人と似ている魔物が意味するのは――
歯がガチガチと鳴り……どうしたら良いのか分からなかった。
そんな中、僕の耳元で――
「…………あり、が……」
「……え?」
優しそうな声で……ありがとうっと聞こえた。
なんで? なんで……お礼なんて……空耳じゃない確かに聞こえた……
「ユーリ!? 大丈夫?」
「全く、無茶をするいつもこうなのかユーリは……」
人の姿……魔物? そういえば以前コダルも急に魔物の姿になっていた。
だとすると、このメデューサも元はやっぱり人間?
それで、死ぬ寸前に意識が戻ったとかだろうか……いや、意識はあったのかもしれない。
そうだとしたら、この人はメデューサの意識に身体を乗っ取られ、食べたくもない食事をさせられ……それじゃ、まるで拷問だ……
そして、コダルも……もしかしたら呪いの影響ではなく、仮面にすでに何かをされていた?
「…………」
「ユーリ?」
そしてメデューサは救いを求めていて……お礼はそう言うことなのだろうか?
分からない……でも……
僕はただの思い違いには思えず、道の端へと移動しその場の土を掘り返し始める。
「なにをしている、穴なんて掘って」
「この人のお墓を作ろうと思って……」
唯一分かることは……もし、キョウヤがコダルやこの人を魔物にした犯人なら、キョウヤはもう、人として戻れない所にいるのかもしれない……
「……そっか、じゃぁ手伝うよ?」
「……はぁ、仕方がないな、魔物が来たら対処はしておこう」
「うん、ありがとうフィー、ナタリア」
フィーが手伝ってくれたおかげでお墓は作ることが出来た。
流石に墓石までは作れなかったから、木を削ってそれを立てておいた……名前も知らない人だけど、彼女は犠牲者だ。
僕はキョウヤを止めるって言ったけど、万が一のことも考えないといけないのかもしれない。
なんにせよ、僕はこの人に救われた……もし、最後のあの言葉が無ければ動けなくなっていたことだろう。
僕はお墓の前で両手を合わせ――
心の中で「ごめんなさい……そして、ありがとうございます」っと呟いた。
「そろそろ、行くとしよう日が傾き始めている」
僕たちを待っていてくれていたナタリアはそう言うと、歩き始めた。
「行こうかー?」
「そうだね……あれ?」
僕はフィーの手を取り、ナタリアの後を追おうとして、ぐらりと身体が揺れる……そうか、グラースの副作用だ。
いつもより副作用が遅かったのは助かったけど、困ったな……立てないや……そんな様子を見たフィーは何時もの様に微笑むと。
「仕方ないねー私が連れて行ってあげるよ?」
そう言いながら僕を抱えて連れてってくれる。
でも……
「あ、あのフィー? せめておんぶが……」
「ん?」
あの、ん? じゃなくてお姫様抱っこは恥ずかしいです。
「いや、あの……おんぶが……」
「行こうかー?」
「……はい」
フィーの笑顔に断ることも出来ず僕は顔を伏せながら答える。
恥ずかしい、恥ずかしいけど……この先にナタリアの生まれ故郷がある。
……そこにはクーシェさんのお墓はあるのだろうか?
そして、そこに本当に情報が眠っているのだろうか? いや、今はそれしか手掛かりがないんだ……あることを願っていよう。




