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14話 熊のようで熊じゃない熊

 洞窟を抜けたユーリは精霊、ドリアードと出会う。

 彼女はどうやらユーリになにかを伝えたいのか必死に袖を引っ張った。

 どうした物かと困り果てたユーリは「フィーナさんが居れば」っと呟くと、精霊は騒ぎ出し、嫌な予感がした彼女は精霊に問う。

「フィーナさんに……なにか、あったの?」

 その言葉に頷く精霊に道案内を頼み、ユーリは森の中を進むのだった。

  一体どの位走っただろう? 僕は正直に言うと運動は苦手だった……。

 だけど、一見華奢のように見えるこの身体はそうではないようで、前よりも速く走れている気がする。


「ねぇ! フィーナさんはもっと奥にいるの!?」


 とは言え走り続けだ……限界が来てしまうのは目に見えている。

 本当にフィーナさんになにかあったのなら彼女を助け、逃げるその体力はどうしても残しておきたい。

 だが、精霊は一向に止まってはくれなかった。

 あの、焦り方からして状況は最悪なのだろう……嫌な予感を感じつつ僕は必死に後を追った。

 


 さらに森の奥へと走り続けると、やがて木々が生い茂る中、フィーナさんらしき人を見つけることが出来た……。


「フィー、ナさん?」


 遠くから見ても彼女は血塗れになり、木に上半身を預けていた。

 その身体には全く力が入っていないのが素人の僕にだって分かった。


「フィーナさん!!」


 もしや、死んでしまったのだろうか? 彼女は腕利きと聞いたし、そんな簡単に負けてしまうとは思えない……。

 慌てて駆けつけみると彼女の身体中についているのは何かの爪痕のような傷だった。

 当然、そこから血が流れ出ている……このままじゃまずいっ!


「なんで!? フィーナさん! しっかりして!!」


 耳元で叫んだからだろうか? 僕の声に気が付いたようで、彼女ははぐれる前では想像がつかない弱々しい表情を浮かべていた。


「ユ……リ? な……で……に……し……て」

「フィーナさん! 良かったまだ――」


 彼女の声はかすれてよく聞き取れなかったがそんなことは良い。

 どの位出血したのかは想像つかない……だけど、まだ息があるようだ。


「で、でも、持ってきた物じゃ、いくらなんでも……」


 応急処置をして、街医者に診せるまでの時間を考えると、どう考えたって間に合うとは思えない……。

 なら、いくら気味が悪いとはいえ、あの本に賭けてみるしかないだろう……僕は荷物から白紙の魔導書を取り出すと、急いでページをめくる。

 もし、この傷が僕とはぐれてすぐに付けられたのなら、それなりの時間が経っている。

 早く傷を塞いで止血しないとまずい。


「あった……! 傷つきしものに光の加護を……」


 本と魔紋が鈍く光を放ち、魔法の準備が整った。

 回復の魔法ヒール……この魔法が発動するかは、とにかく傷が治るイメージに掛かっている。

 人の傷が治る過程は昔、一回調べたことだ……意地でも思い出すしかない。

 まず、菌類を殺菌だ……これぐらいは分かってる、次は傷にかさぶた……つまり、蓋をする。

 蓋をするとその下で肉や血管、皮膚を新たに作りなおす……その皮膚ができて蓋の意味が無くなれば蓋が取れ、後は徐々に治る……口に出すのは簡単だろうがイメージとなると難しい……だけどやるしかない!


「ヒール!!」


 イメージを繰り返し、魔法の名と共に僕の手から光があふれ出る……その手をフィーナさんの傷へと当て、ひたすらに祈った。

 お願いだ、そう願いながら徐々に手を動かし、傷痕をたどる……。

 光を当てていた場所には生々しい血の色は無く、真新しい肌色が現れていた。

 完全に治ったかどうかは分からない。

 でも、今は自分自身を信じるしかない……。


「……フィーナさん」


 傷が塞がったのを確認し、彼女の名を呼んでみる。

 心なしか先ほどのような苦悶の表情は浮かんでは居ないが、あの傷だし血液までは再生できないと書いてあったし、そこが心配だ。


「……魔法って、凄いんだね……」


 まだ、ぐったりとはしているけど彼女は、はっきりとそう言葉にした。


「良かった! 間に合ったみたいで……」


 もしも、あの洞窟に入っていなかったら、彼女は死んでいただろう……偶然に感謝しなければいけないな。


「……でも、早く……逃げて――――」

『ガアァァァァァァァァァッ!!!』

「な、なに!?」


 咆哮が鳴り響いた方へと顔を向けると、そこに居たのは。

 簡単に言うとゲームなどで出てくる合成獣……俗に言うキメラとでも言った方が良いのだろうか?

 だが、僕の知っているキメラとは違う……頭は獅子、尻尾は蛇と言うところは同じだ。

 しかし、胴体は熊……

 そして、その熊の体中、特に前足にはおびただしい量の血がついている……フィーナさんを襲ったのはこのキメラだろう。

 名前はきっとベアキメラだろうな、呼びやすいし、違ってもそう呼ぼう。


「あいつは、なんとかするから……」


 フィーナさんはそう言いつつ立ち上がろうとした。


「あ、れ? おかしいな、傷は治ってるのに……」


 だけど上手く体に力が入らないみたいで、僕は慌てて彼女を支えた。

 当然だ。血は足りないだろうし、体力は戻っていないのだから……。


「無茶しないで……あの魔法は万能じゃないみたいなんだ、体力までは戻らない」


 とはいえ、どうしたものか……このままでは二人ともあの魔物にやられてしまう。

 僕の力ではフィーナさんを何とか支える事は出来たけど、抱えて逃げることは出来ない……。

 マテリアルショットで彼女を浮かせて逃げ帰るにも危険すぎる。


『グルウゥゥゥゥゥッ』


 当然といったら当然なのかもしれないけど、魔物は逃がしてくれそうも無い……。

 使える魔法はルクス、マテリアルショットでの矢射ち……ヒールは使おうにも僕では一撃でも貰ったら即終了だろう……意味が無い。


「後は……」


 本に載っていた残り二つの魔法……ヒールが使えたのだから……多分、使うことはできるだろう……。

 だけど、本番一発勝負、失敗は許されない。

 僕はベアキメラをしっかりと睨み、前へと出た。


「まさか戦う気なの? 無茶だよ、早く逃げて!」


 うん、無茶だとは思う――でも、だからって見捨てて逃げるなんて選択肢は無い。


「我が往く道を照らせ!! ルクス!」


 いつものルクスより明るく眩しいものを一瞬だけ生み出す。

 僕が目晦ましにあっては意味が無いので、魔法発動より少し先に自分が目晦ましを受けないように避けておいた。


『ガァァ!?』


 どうやら成功したようで魔物は二本足で立ち、前足で目を覆い怯んでいる。

 今しかない……矢を取り出し、本のページを開き、頭に流れ込んでくる詠唱を唱える。


「穿て槍よりも鋭く! 放て弓矢より速く!」


 スナイプ・アロウと言う魔法の名から連想できるのは、矢を一本スナイパーライフルのように射ち出す魔法だろう。

 攻撃が苦手だの、なんだの言っている場合ではないし、さっきのマテリアルショットの応用だと思えば出来るはずだ!


「スナイプ……アロウ!!」


 僕の予想通り矢は真っ直ぐ尋常じゃないスピードで飛んでいく、狙ったのは生き物の弱点、つまり心臓部……厳密に言えば場所は分からないけど、胸の辺りだ。

 祈りが通じたのだろうか? 単純に攻撃魔法の中で相性が良かったのだろうか? 矢は狙い通り正確に魔物を貫いた。


「やった!! やったよフィーナさん!」


 本のお陰だけど、なんとか倒せたみたいで喜びをすぐにフィーナさんに報告する……でも、彼女は険しい表情で口を開いた。


「ユーリ、駄目! そいつ傷が治るの!!」


 なんだって!? 慌てて振り返ると、すっかり視力が回復したらしいベアキメラは胸に刺さった矢を器用に抜いていた。


「……嘘、でしょ?」


 いや、フィーナさんがあんな傷を負っていたってことは強いか、失礼だけどフィーナさんが弱いかのどっちかだとは思ってた。

 だが、これで理由がはっきりした。

 幾らダメージを与えても回復されてしまうのでは、こっちの体力の限界が来て負ける。

 一撃で真っ二つに出来るなら話は分からないけど、木が多すぎてフィーナさんは剣を使えなかったのだろう……大きい剣って威力の分不便なんだな……。

 待て、そうじゃない……問題はどうやってこいつを倒すかだ。

 しかし、こんなゾンビみたいな奴、どうやって倒せば……。


「…………ゾンビ?」


 慌てて魔物を見てみると、ぱっと見では獲物の返り血なのかは分からないが血塗れだ……。

 でも、良く目を凝らすと明らかにフィーナさんや獲物の血には見えない所がある……特に胸だ。

 良く見てみないと分からない程、僅かだが血が吹き出ている場所が二箇所ある。

 その上、爪の部分についている血が赤いのに対し、胸から出る血は赤黒い……血が腐ると確か黒くなるはずだ……確信とはいかないかもしれない。

 だけどきっとこの魔物はキメラのゾンビだ! だから、何度も向かってこれたんだ!!


『…………ウゥゥゥゥガアァァァァァ!!』


 ゾンビの弱点は……炎や日の光……神聖魔法。


「迫って来てる! 逃げてえぇぇぇ!」


 元の世界の知識が使えるのか分からない、でも、他に頼るものが無い以上――。


「太陽よ慈悲を邪なる者に裁きを!! ルクス・ミーテ!!」


 僕は迫り来る魔物を余所にページをめくり、口早に魔法を唱える。

 イメージは詠唱にもある通り、太陽……。

 三つ目の魔法も成功してくれたようで、ルクスと同じように小さな光球が現れる。

 色は淡いオレンジ色だ。


『ガァ!?』


 どうやら賭けには勝ったようだ。

 魔物は怯み、突進を止め後ずさりをし始める……。

 少し試してみると、ミーテの方もルクスと使い勝手は同じみたいで自由自在、思いのまま操れるようだ……これなら――。


「いっっけえぇぇぇぇぇ!」

『アァァァァァ!?』


 魔法の光に当ると、魔物は悲鳴のような声を上げ、ボロボロと崩れ落ちていき……朽ち果てた。

 ゾンビならフィーナさんが言っているように再生はしないだろう、仮に再生できたとしても、さすがにこの状態からは再生しないと思う……いや、思いたい。


「……大丈夫、だよね?」


 僕は確認するために光を自身の傍へ戻し、暫らく待ってみるが、どうやら問題はないようだ。


「よ、良かった……ルクスと似てて助かったよ……うわぁっつ!?」


 なんとなく光に触れようとしたら、すごい熱さだ……。

 それにさっきは必死で気がつかなかったけど、近くにいるだけでその熱さが伝わってくる。

 そ、そう言えば光と熱を生み出す、とか書いてあったのを忘れていた。


「…………倒したの? あの変な魔物」

「うん、倒せたみたい」


 良かった、これで、なんとか二人で帰れそうだ。


「少し、休んだら戻ろう」


 そう言うと同時に、僕の視界は急に変わった。


「ユーリ!?」

「あ、あれ?」


 一体どうしたと言うのだろうか? どうやら僕は倒れてしまったようで、フィーナさんが心配そうな声を上げた。


「大丈夫……多分、ちょっと疲れたんだと思う……」


 とは言っても、疲れているわけではないのだけど、身体に力が入らない……。

 まるで、なにかが急に無くなった感じはするのだけど……。


「……なんだ、どこか怪我しちゃったのかと思ったよ?」


 困っている僕を余所に、フィーナさんは安心したような笑顔を見せてくれた。

 ……そういう顔をしていると言うことは、この現象を見たことあるのだろうか?


「えっと、倒れた原因わかるの?」

「うん、それ魔力切れだよ」


 魔力切れ!? ルクスとマテリアルショットぐらいでは、まだ魔力は切れなかったはずだ……。

 と言うことは本の魔法は予想以上の魔力を消費するのか?

 それよりも問題なのがある……幾ら回復が早いといっても僕たちは今、無防備だ。


「あのぉ……フィーナさん」

「ん?」

「今、襲われたら一巻の終わりじゃ?」


 というかこの状態、僕もフィーナさんも動けないし、詰んでるように見える。


「多分、大丈夫だとは思うよ? 私が逃げてる最中も魔物どころか、動物も居なかったし……あの魔物の所為で、ここに住んでたのが他に行ったんだと思う」


 そうは言っても、残っているのも居るんじゃないだろうか?


「一応、安全確認はしておこうね? ドリアード、辺りに私たち以外になにか居る?」


 フィーナさんが精霊にそうたずねると、彼女は頷きなにやら飛び回った後、フィーナさんの近くへと戻り、なにかを伝えている。

 その様子は僕の時とは違い、会話しているようだ……。


「大丈夫だって! 安心して休んでおこう?」

「分かった……」


 フィーナさんと精霊の言うことを信じ、僕たちはその場で休むことを決めた。

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