135話 洞窟の奥には……
その日洞窟を後にしたユーリが最後に見た岩肌……それは今もその姿のままでそこにあった。
何らかの幻惑魔法の仕業と言うナタリアの言葉を聞き、ユーリは以前見た魔法であるディ・スペルを試みる。
魔法は問題なく発動し岩肌は姿を消し洞窟が目の前に広がったのだが、ユーリは安易に思い付きで魔法を使うなとナタリアに叱られてしまう。
謝罪の後、彼女たちは洞窟の中へと足を踏み入れたのだった……
初めてこの洞窟に来た時からどのぐらい経ったんだっけ? 懐かしいな……
暫く歩いた所でナタリアは不意に立ち止まり、なにかを落としている。
そう言えばさっきから同じ事してたけど、あれはなんだろう?
まぁ、ナタリアのする事だ、きっと何か理由があるんだろう……
「さて、ユーリ奥に付いたみたいだぞ」
彼女は僕の方へと向くと少しずれ、僕にその景色を見せる。
確かにここが終点みたいだ……だけど……
「あの時の扉とは違う」
そう、僕が見た物よりも随分と違う。
大きさは勿論だし、ボロボロの木で出来た今にも崩れ落ちそうな扉だ。
「恐らく、なにかしらの魔法が掛かっていたのだろうな」
「でも部屋はあるみたいだよ?」
フィーは前に出ると扉を少し開けながらそう教えてくれた。
「結界があった以上中には魔物はいないだろう、だが警戒して開けてくれ」
フィーは頷きゆっくりと扉を開く……そこには――
「なにも……ない?」
あの本の壁も本棚も散乱していた本も……ソティルがあった魔法陣もない。
いや、彼女がここから移したと言った以上ないとは考えていた。
だけど……
「……やはり、そのソティルと通常のアーティファクトは異なりそうだな」
「え?」
ナタリアは部屋に入り一人納得した様に呟く。
「ナタリー、それってどういうこと?」
「ユーリ、前に手紙で言ってたろう? アーティファクトに自立した意思があるのかどうかと……」
僕は頷く、確か理論上はあると書かれていた。
事実ソティルは自立した意思で僕の手助けをしてくれている。
皆の目には観えず声も届かないけど、僕にとって大切な仲間だ。
「その時、私は意思ではなく意志と書いたはずだ……」
「えっと? どういうこと?」
「つまりだ、アーティファクトが自立した考えを持つ場合なんらかの目的が必要だ。世界の為に作られたのならその理を守る、今現在生きている人間を妬み憎んでいたならば人に戻るといったな……」
ん? そう言えばソティルは黒の本を壊すことに執着をしているみたいだ。
それがソティルの意志であり、意思の支えになっているってことかな?
「だが、意思は持つことは無い……それが一般論だ」
「いしがあるのにいしがないの? ナタリー……意味が分からないよ?」
与えられた……もしくはそうせざる終えなかった? でも、そうすると……
「……僕たちみたいに自分自身で考えて行動しないってこと?」
「普通はな? だが、私の呪いを解くと言うのも、フィーから聞いたユーリを守ると言うのも意志である黒の本を滅ぼすとはあまり関係が無い」
確かにそうだ。
黒の本を滅ぼすってだけなら何も僕じゃなくても良い、だけどソティルは実際に僕の助けになってくれているし、夢の世界でも助けてくれた。
それだけじゃない、デゼルトの時にしたって目的のためには僕だけが生き残れば良いはずだ。
なのに――選んだのはドラゴンであるデゼルトを手懐け、皆を救う方法……
「でも、守るって言うのはユーリ意外に使えないなら……」
「ああ、だがその時は次の主に期待すれば良いだろう、ユーリだけが使えるとは限らん」
それもそうだ……僕が駄目なら別の人を探せば良い、なんて言ったら良いのか分からないけど……
普通の人っぽい? のかな……?
だから特別だってナタリアは言っているのだろう。
「やはり、なにかあるな……」
ナタリアはそう残すと部屋の中を歩き回りなにかを探している様だ。
一体なにを探しているんだろう?
「ナタリー?」
フィーの声にも反応せず暫く歩いていたかと思うと……魔法陣があった辺りを念入りに捜索してるみたいだけど……
「ナタリア、そこが気になるの? 確かにその辺りにソティルの本はあったけど……」
「そうか……」
膝をつき、地面を触るナタリアはなにかを見つけたようで笑みを見せながら僕たちの方へと顔を向けた。
「ユーリ、手を貸してくれ……転移陣を使う」
「って、屋敷での話って本気だったの!?」
僕の精神の中にって冗談だと思ってたのに……
「本気だ。だが、本当に精神の中ならどうするかと考えていた所だ」
え……どういうこと?
だって、ソティルは僕の……
「恐らく……ユーリ、お前の言うソティルの部屋と言うのは元となった部屋があるはずだ。そしてその部屋は此処と繋がっていたんだろう……」
「え? じゃぁ……以前の夢の時……」
あれは精神世界ではなかった?
いや、それはないだろう、洞窟を抜けた先は青空の空間だったし……あそことは別にソティルの部屋があるって事?
「ユーリの言っている通り、ソティルはユーリの中にいるはずだ……私たちでは流石に精神の中へは行けないだろう。だが、元の部屋が実際にあれば其処には行き来が出来るはずだ」
「でもナタリー、どうやって? 転移には行先と此処を繋ぐ必要があるんだよね?」
フィーの言っている通りだ。
その場所が分からないんじゃ繋ぐことは出来ないんじゃ? そう思う僕たちに胸を張って答えたのはナタリアだ。
「私を誰だと思っている? 元々繋がれてたいた場所を繋ぎ直すなんて造作もない。それにそのためにユーリがいる」
「へ?」
僕?
なんで僕が関係あるのだろうか?
「ユーリはその場所に実際に足を踏み入れた、陣の形も記憶しているだろう? いや、事実覚えていなくても記憶の底にはあるはずだ。それを見て同じ物を作る」
「ちょ、え?」
つまり僕の記憶を映像化するってこと?
なんか水晶を取り出してるし、ナタリアは本気みたいだ。
「で、でも僕の運命とかは見れないんじゃ?」
「安心しろ、昨晩の所は観ないでおいてやる」
質問の答えになってないし! そこじゃないよ!? いや、そこも観ないでほしいけど!?
じわじわと近づいてくるナタリアから急いで逃げようとする僕だけどだけど、体力でさえ僕はナタリアには敵わず虚しくも壁際に追い込まれてしまうとナタリアは水晶を僕の額へとつけ、彼女自身反対側で同じように額を水晶へと当てた。
「ちょ!? や……」
「そんなに怯えるな、別に取って食うつもりはない」
それだとしてもなにが起こるのか分からないし、記憶を見られるなんて怖いんだって!?
そう思いつつももう逃げ場がない僕はその恐怖から逃れるためにぎゅっと目を閉じた
「そうだユーリ、大人しくしていろ、大丈夫だ痛みもなにもない」
ナタリアの声が僕の耳へと届く……
なんかいつもより優しい声が余計に怖い気がするけど!?
「ほほう、なるほど……ユーリはフィーには敵わないのか……ほう、これは――――興味深い」
「――なっ!?」
一体なにを観てるんだ!? この人は!! っていうか観ないんじゃなかったの?
「…………さて」
待って、今の間は一体!?
怖くて聞けない事がもどかしく感じながらも、どうやらナタリアは僕の頭から記憶を探り出したのか水晶から額を離した。
「ふむ……ユーリ、もう少し頑張った方が良いぞ?」
「なにを!?」
若干声は弾んでいるし、なんというか性格悪いよ? ナタリア……
「ナ、ナタリー? 魔法陣の記憶を見るんじゃ……」
口調からしてフィーも困惑してるし、この人は一体なにをしたかったんだろうか?
本当に転移陣なんてかけるのかな?
「案ずるな、ちゃんと観た」
彼女はそう言うと部屋の中……ある場所を目指し歩いていく。
そこは確かソティルの本があった場所と一致していて、彼女はその場にしゃがむと腰から一本の白墨……つまりチョークを取り出し、魔法陣を描き始めた。
「さて、後は魔力だが……この洞窟丸ごと転移する訳にはいかない、それと……」
「それと?」
ナタリアは立ち上がると扉の方を睨む……釣られてそちらを見てみるがなにもないし、誰もいない。
なにかあったのかな?
「ナタリーどうしたの?」
「いや、なんでもない……ユーリ魔力を貸せ」
「う、うん……」
なんでもないって、どうしたんだろう?
なにか……嫌な予感がする。
そう思いつつも僕は差し出されたナタリアの手を握る。
そういえば、魔力を貸せって平然と言われたけど……これで良いのかな?
「幻影より作り出されし、旅路よ我らをかの地へと迎え入れん……テレポート」
ナタリアの言葉により作動した魔法陣は光をあふれさせる。
この先にソティルの部屋が?
そう思っていた矢先のことだ。
扉は開け放たれ、そこから現れたのは――
「ユ、ユーリ!?」
「な、なに……あれ!?」
ゾンビ? いや、違う……腐臭もしない、いや、そもそもあの見た目は、あれは……まさか……
「やれやれ、これがユーリの言う合成魔獣とやらか……ま、行くぞ?」
「「ふぁ?」」
ナタリアはそう言うと僕たちを光の中へと押し込み、彼女自身も光へと飛び込んできた。
その際になにかを投げたのが辛うじて見え……
「急ぐぞ、二人とも」
そう言って僕たちの手を引っ張り光の道を走り出した。
「ちょ、ちょっと待ってよナタリア!? 一体なにが……」
さっき扉を睨んでいたのはあのキメラが来るって分かっていたって事なんだろうか?
どうやって……いや、今はそれどころじゃないよね……
「言ったろう? 最近仮面がここらで見つかったと」
「へ? ナタリーが言ってたのって本当だったの?」
フィーはどこかで疑ってたのかって言うか僕も嘘だと思ってたよ……
でも、それなら……今この場にいるかもしれないって事だ。
「戦った方が良いんじゃ? 黒い本さえ壊せば……」
「いや、逃げるぞ……黒い本の滅ぼし方も分からんからな」
そう言って彼女は止まることなく走る……本当に病弱だったのかと疑うほどだ。
僕たちが部屋を去る間際に後ろから声が聞こえた……
「おい!! どうなってやがる、なんであの二人が居るんだよぉぉぉぉ!!」
その声は怒鳴り声で、僕たちの姿を捉えたのだろう……
僕はあの声に聞き覚えがあった……ギルドやオークの森で会った仮面の声だ。
「急げ!!」
奴の声を聞き、ナタリアは焦ったのだろう、僕の腕は遠慮なしに引っ張られる。
「わわ!? こ、転ぶ! 転んじゃうよ!?」
体勢を崩し危うく転んでしまう所をフィーに支えられ、そのままいつも通り僕をお姫様抱っこで抱えると彼女は魔法陣へと一直線に進んで行く。
僕の体重が無くなったこともありナタリアも先ほどより早く走っている様だ……
魔法陣へと飛び込んだ僕たちは光の道を走り……やがて光の道が途絶え、僕たちの目に移った風景は……僕には懐かしく感じたあの風景だった。




