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133話 仮面の行方

 この世界へと連れてこられた理由を告げられたユーリはナタリアより一枚の手紙を見せられる。

 其処には親愛なる娘へ、イリア・「リュミレイユ」より――と書かれていた。

 それはユーリが自身で決めたはずの名であり、元の世界の言葉を合わせたものだったはずだ。

 だが、それは実在し彼女の師であるナタリア・「アクアリム」の本来の名だと告げられたのだった……

 この身体が元々生まれるエターレで生まれた場合の物だとしたら世界の両親は誰だろう? 僕はそれを考えた事は無かった。

 ましてや目の前にいる魔法の師匠であり、この世界に導いてくれた女性が母だとは思わなかった……

 だけど、だけど……手紙にはしっかりと僕が考えたはずの名前が刻まれていて……その字が少なくともナタリアのものでは無い事は分かる。

 何より僕を驚かせるためだけにこんな事はしないだろう……だから、この手紙の人は実在していて目の前に居るナタリアの本当の名は「アクアリム」ではなく「リュミレイユ」で僕の母……

 でも、実際には僕は日本で生まれ、育った。両親の顔は忘れる事は出来ないし、ちゃんと居る……いやちゃんと居たんだ。


「それで良い……ユーリそれで良いんだ……」


 そう言う彼女の声はどこか寂しげだ。

 さっき僕が幸せそうな母に抱かれていた事を残念がっていたし、子供は欲しかったんじゃないだろうか?


「……話を戻そう、そろそろ魔法を解かんとな」


 魔法? そう言えばさっきなにか使ってたっけ?


「さっきの魔法?」

「ああ、あれは部屋がちゃんと閉められている状態なら、外部に音は漏れないんだ……さっきみたいに開けられてしまうと一時的にだが効力を無くす」


 そうだったんだ……でも、フィーを追い出す事は無かったんじゃないかな?

 僕を連れて来た理由もそれほど聞かせてはいけない内容ではなかったような気がする。

 いや……ナタリアは最初の部分を聞かせたくなかったのかもしれない。


「……ユーリ、考え事はそこまでにして仮面の事だ」

「うん……」


 結局……ナタリアの言う事は本当だとして……僕は生まれる前から彼女に救われていたっという事なのだろうか?

 その代償があの事件?

 いや、この世界に生まれなかった事?


「ユーリ!」

「っ!?」


 ナタリアは声を上げ僕の名を呼び、それに思わずビクリと身体を震わせてしまった。

 その様子を見ながら彼女は――


「その事はもう良い、仮面の事だ」


 声を低くし僕にそう言う。

 そうだ、今は僕の生まれよりもゾンビ熊の時近くにいたキョウヤの事だ。

 僕自身の事は後でじっくり考えよう……


「え、えっと……その事ってなんの事? ユーリがナタリーの娘だったって事?」


 当然、途中から話を聞いていたフィーは僕が考えていた事は分かるはずもなく首を傾げながらナタリアに聞く。

 すると彼女は――


「いや、違う」


 と一言を言った後に――


「ユーリに女性同士で(おこな)っても良いのではないかと吹き込んでいた所だ」

「ふぁ!?」


 ちょ、ちょっと待って(おこな)ってって事はつまりそう言う……意味だよね?


「え、えっと……ユーリそうしたいの?」

「いや、あの……」


 なんでフィーは若干乗り気なの!? というかナタリアは母親だと思っているならそういうのは――あ、若干にやついてる。


「い、今は仮面の話でしょ!?」

「おっと、そうだったそうだった……」


 絶対僕が困るのを見て楽しんでたよね?


「ナタリーもしかして、ユーリをからかってたの?」

「……まぁ、そうだな」


 やっぱり……

 僕はため息をつきつつも彼女に問う。


「で、仮面の話に戻したけどなにか案があるの?」

「ああ、なぜ奴がそこに現れたかを考える……いや、考えるまでもない」


 ん? キョウヤがあそこに現れた訳?


「ん? どこかに現れたの?」

「ああ、最近お前たちが向かった森で目撃されたと聞いてな奴が一人だった事もあり、危険だと声を掛けようとしたら消えたとも聞いている」


 あれ? さっきと言ってる事が違うけど、熊の時の話はフィーには隠しておきたいのかな?


「そうなんだー?」


 ん? なんだろう……フィーの声が若干いつもと違うような?

 気の所為かな……


「それでユーリ、恐らく奴はソティルを探していたのではないかっと私は考えている」

「ソティルを? でも、なん――」


 いや、ソティルの使命は黒の本を壊す事だ……でも、逆にそれは黒の本にも精霊がいて使命がある可能性もある。


「ソティルを……壊すために?」

「……ああ、恐らくそのアーティファクトは互いに互いを消滅させる力を持つはずだ」


 なるほど……でも、実際に現れたのは随分前だし、手掛かりになるのかな?


「そこでだユーリ、ソティルを見つけた場所へ行くぞ」

「ユーリがソティルを見つけた場所? でも……手掛かり見つかるのかな?」


 そう言えばフィーには言ってなかったけど、あそこは確かもう壁になっていて見つからないはずだ。


「ソティルの部屋は僕の精神の中に移されたんだよ、あそこにはもう……」

「いや、魔力の流れを辿れば行きつく可能性はある……転移魔法を使うんだ」

「転移って僕の精神の中に?」


 そんな無茶な!?

 思わずそう声を上げそうになる僕を見てナタリアは少し笑うと……


「その無茶をする……と言いたい所だが、少し違うな……しかし、私とユーリの魔力をもちいても後一人が限界だろう、フィー頼めるか?」

「うん、勿論だよ?」


 いや、僕の意見は? というか少し違うって、どういう事なの!?


「出発は明日にしよう、準備は済ませておけ」

「分かったよ……」


 ぅぅ、大丈夫かな?

 そう思いながら部屋を去ろうとした僕をナタリアは手招きし呼ぶ。

 なんだろうと彼女の元へ向かうと……


「……遅れたが、おかえりユーリ」


 それってこっそり言う事なんだろうか……

 いや、あの話をした後で、もしかして恥ずかしいとかだろうか?

 そういえば、さっき僕からかわれてたよね? フィーまで巻き込んでたし、ちょっと仕返し位はしても良いかもしれない。


「ただいま、お母さん」

「なっ!?」


 ナタリアが口をぱくぱくさせて慌てているのを見るのは初めてだ。

 こんな慌て方するんだなぁ……


「……っぅ……明日は早い! 早く寝ておけ!」


 そのまま彼女は裏返った声で叫ぶと腕を組み顔をそむけてしまった。


「ユ、ユーリ? ナタリーになにかしたの?」

「んー何時ものお返しかな?」


 僕はそういうと彼女の手を取り今度こそ部屋を出て自身の部屋へと向かった。






 ユーリたちの去った部屋、静かにその場に控えていた女性の控えめな笑い声が聞こえ始める。


「なにがおかしい、シア」

「いえ、その様に慌てるナタリア様は久しく感じます」

「全く、ユーリにはちゃんと親がいるだろうに」


 憤りを見せたかのように振る舞うナタリアを前にシアは再びくすりと声を上げると……


「ですが、転移の際に最も喜ばれていたのはナタリア様だと記憶にございますよ?」

「……あれは、まさか本当に会えるとは思わないだろう?」


 幼き日に見た運命……少女にとって淡い期待を含んだそれはあまりにも残酷で……少女の中に死んだ方がましだと言う思いが膨らんだ。

 そんな彼女を見て両親はなにを考えたのだろう、魔導書と言う魔導書を買い与え……鳥かごの中から飛びだたせた。

 数年後我が子にもう、会えないと言う事実を知った彼女は再び悲しみに囚われつつも、幸せそうな我が子の寝顔を見て『これで良いんだ、これで良かったんだ』と無理やり感情を抑え込んだ。


 そんな少女が再び娘の姿をその目に捕らえたのは妹であり、娘でもある友人の死の間際……


「まさか……とは思ったが、本当に会えるとは思っていなかった……」

「…………ですが、どうしてあの様な事を?」


 シアはその日の事を言っているのだろう、少し眉は吊り上がり主人に問う。


「あのような事とはなんだ?」

「ユーリ様は男性だったと聞いております、ですがその性格は勿論、女性を見た時の目が違うと思うのですが?」


 シアの言う通り、ユーリには男性だったと言うのが信じられない、恐らく言った所で信じられるものなんて数人だろう。


「ナタリア様が魔法で女性へと定着させたのではないのですか?」

「出来る訳が無いだろう……それは人の性格その物を否定する物だぞ……」


 だが、ナタリアは彼女の言葉をすぐに否定し、呆れた声で彼女へと答える。


「恐らくはこの世界の身体に引かれてしまったのだろう、あれでも最初は冗談交じりでハーレムとか言っていたからな」

「ま、まるでケルムの様な事を言っていたんですね」


 ナタリアの言葉に引きつった顔を見せ、転移者の一人である男性の名を出すシア――

 そんな彼女に対し、ナタリアは静かに頷く……


「だが、いくら記憶があろうとも身体には別の記憶が刻まれている。確かシアと一緒に初めてタリムに行った時に襲われたんだろう?」


 ナタリアの声は若干低くなり、瞼は半分下がりシアへとその鋭い瞳は向けられる。

 するとシアは慌てた様に頭を下げ――


「も、申し訳ございません!!」

「いや、過ぎた事だ。だが、身体の記憶と実際に起きた事への体験……時と場所、記憶が違うと言ってもそれが偶然一致してしまった事で彼女の知らない所で身体の記憶へより引っ張られたと言う事は十分に考えられるな」

「なるほど……」


 ナタリアの推測に感心した様に一言を漏らすシア、納得した様子の彼女を見てナタリアは考えるそぶりを見せると……


「しかし、まさかその娘に呪いを解いてもらえるとはな……運命とは何なのだろうな」


 若干、声を弾ませて呟く……


「……………」


 彼女はふと近くに居るメイドへと目を向けるとその女性は黙りつつ微笑んでいて……

 その様子に気恥ずかしさを覚えた彼女は乱暴に机にあった布を手に取り女性へと手渡した。


「これは?」


 手渡された物を広げ眺める女性、シアはそれが何なのか理解し顔を上げ主人に問う。


「な、なぜこのような物を私に?」


 それを渡された理由を問うメイドに対し主人であるナタリアは難しい顔へと変え答えた。


「久しぶりに観たんだ……私達の運命は観れんが他の物なら別だ、シア耳を貸せ」


 主人は使用人の耳へ口を近づけ、なにやら伝えている様だ。

 その言葉を聞き、目を見開いたシアは何か言葉にしようとし慌てて手で口を塞ぐ、その様子に満足したのかナタリアは窓際まで向かい天を仰いだ。


「シア、明日は早くに出る。留守は任せた……」


 月を見上げた女性は振り返らずに使用人へと告げ、使用人は主人が見ていない事を知りつつも腰を曲げ頭を下げた。


「かしこまりました。ナタリア様」





 翌日、僕たちは食事を終えた後タリムへと向かうべく荷物を持って部屋を出ると……


「気を付けて行ってきてくれ」

「シュカ、お留守番してる」


 二人には食事の時、ナタリアからの説明があり一緒に来れないのは納得済みだ。

 だけど……


「おい! なんで俺までここにいないといけねぇんだよ!?」


 昨日泊っていったバルドはシュカにやはり付きまとわれる結果になり、それを見たナタリアはなにを思ったのか彼に不在時の警備を依頼した。

 勿論金額は高め……だったのだけど……


「依頼金は払うと約束したろうに……」

「ぐっ……こいつらがいるとは聞いてねぇ!」

「そりゃ言ってなかったからな」


 どうやらナタリアは僕たちと話した後にすぐに話を取り付けてくれていたみたいだ。

 というか、あそこまで嫌がる事は無いと思うけど……


「そう考えるな……言い寄られて困っているだけだ。見た目は中々のはずだが、あの性格の所為でモテた事は無かったらしいからな」


 僕がぼんやりと考えているとナタリアはそっと耳打ちをしてきた。

 な、なるほど……ってナタリア、バルドの心を見てたの? なんか嫌な予感がする。


「それと……残念だったなユーリ、男性でも女性でも優位に――」

「そ、それじゃ行ってきます!?」

「へ? ユ、ユーリ!?」


 僕はナタリアから逃げる様にフィーの手を取り屋敷の玄関へ向け走る。

 やっぱり、心は読まれていたようだ……というか、僕は考えない様にしていたから多分フィーの心を読んだんだ……

 いや、その事は考えない様にして、ナタリアは大丈夫なのだろうか?

 呪いは解けたけど、未だ肌は弱いままのはず……


「案ずるな、幸い薬なら夜に届いていたからな塗っておいた。それに予備もちゃんと持ってきている」

「うわぁ!?」


 背後から聞こえた声に思わず声を上げる僕。

 そこにはいつの間にか追いついていたナタリアがいて……


「いくら恥ずかしいからと言って、急に走り出すのは感心しないな。では向かうとするか」


 それはナタリアの所為だと思うよ?


「うん、そうだねー? 行こうユーリ」


 フィーはなにも知らず、笑みを浮かべているし……


「分かった行こう! でも、ナタリアは久しぶりの冒険なんだから無理はしないようにね」

「弟子に心配されるほど落ちぶれてはいない」


 彼女はそう言いながら屋敷の扉を開いた……

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