132話 前編 転移者への疑問
ナタリアの呪いを解いたユーリ達、だが彼女はその直後ユーリを始めとした者達に注意を促された。
だが、どうやら、陽光を浴びても大丈夫そうだ。
そして、その夜、ユーリとフィーナはナタリアの元へと訪れていた……
ナタリアの呪いを解いた夜。
食事の後、僕とフィーは彼女の部屋へと訪れていた。
理由は単純……あの仮面ローブの事だ……ナタリアの手を借りずにどうやって転移したのか? その可能性を聞く為と黒の本、ソティルと対になる本を持っているかもしれないことを伝えた。
「それで……どう考えても地球……それも日本人なんだ」
彼女は腕を組み僕たちの話を聞き終わると一言「ふむ……」っと呟く。
「しかし、だな……ユーリには言ったとは思うが、異世界転移には危険が付きまとう……実感していると思うがその身体は同じ様で全く異質な物なんだ」
「……うん」
それは実感している。
以前の僕よりは頑丈だし、疲れにくく……旅で成長した部分もあるだろうけど、正直僕のまま転移出来ていたとしてもエイシェントウィローに触られただけで死んでしまうだろう。
それだけ、元の身体はこの世界に適していない。
「こっちの世界で脆いとされていてもあちらに行けば超人並み、だが逆はそう易々と行けるものではない」
「じゃぁ……なんでユーリの世界から?」
「……疑問、だな」
ナタリアは一言を残し、考え込む様に腕を組む。
実際に来ているかと言われると転移の可能性が高い。
理由ははっきりとしている……この世界には和名……つまり、朝日野などの名前が無い。
アンザイキョウヤなんて名前があるはずがないとナタリアが言っていた。
同時に名乗ろうと思えば名乗れてしまうので確実とは言えないところが困っている。
「依代を使って動いていることとなにか関係があったりするかな」
「……ある、だろうな。その様な技術は私は知らない……それにユーリの言うゾンビなども知識が無ければ作り出すことは出来ん……可能性があるとすれば死の間際に偶発的に道が開き転移か……」
「そんなことあるの?」
「無いとは言い切れん、私は書物で読んだだけだが、突然現れた人や物を参考にし魔法を作ったんだ」
神隠しの仕業と言うことだろうか?
でも……いや、ナタリアの魔法を使わない以上それはあるかもしれない。
「ねぇ……ナタリア」
「ん? どうした言ってみろ」
「魔法をかき消す魔法って知ってる?」
ディスペル……いや、ディ・スペル。
あの時は突然すぎて魔法の方に気を取られていた。
でも……
「知らんな、そんな魔法があったら魔法使いはそれほど脅威ではない。魔法を使ってかき消されてしまう可能性があるのならばユーリに初めから魔法を教えてはいないからな」
やっぱり、この世界は魔法はそう言った扱いだったんだ。
上位魔法ならって思ったけど、ナタリアの本には書かれていなかったし、いや……それよりも……
「だが、それと転移なんの関係がある」
「うん、あいつは……キョウヤはディスペルをディ・スペルって区切って言ってたんだ」
まだ僕があいつの家で住んでいた頃。
アイツは買ってもらったゲームの話を僕にしてきたし、当然僕にはやらせてはくれなかったけど、敵のディ・スペルが面倒だの、やっぱり便利だとか言っていた。
ディ・スペルじゃなくてディスペルだろ? と僕は何度も言っていたし、その度に……
「はぁ? 魔法を打ち消すんだからディ・スペルが本当なんだよ! 悠莉は馬鹿だな? ああ馬鹿だから親殺したんだっけ?」
などと言ってきたのを僕は覚えている……
勿論そう言ったことを思い、考えるのがあいつだけとは限らない……だけど条件がここまで一致するってことは……
「ユーリ……一つ聞いておく」
「な、なに?」
ナタリアの冷たい声に僕は若干たじろぎながらも返事をした。
「お前はそいつを見つけてどうするつもりだ?」
「……止めるよ、そして黒の本は焼き払う……」
それがソティルの使命……
それだけじゃない、呪いが集まった本なんてこの世にあってはいけない。
僕が……いや、僕にしかできないなら無くしておきたんだ。
「もし、お前の考えている様に親族かもしれないのにか? 下手をしたら殺すしか手は無いのかもしれない」
「…………」
「ナタリー!?」
ナタリアは声こそは冷たくはしていた。
でも、その目はどこか心配そうで……
「いくら悪人に堕ちたとはいえ、お前のたった一人のだ……」
その目が昔、僕の本当の母親が僕を見る時の目に似ていた。
「……放っておいたら、またゾンビを作るかもしれない。そうしたら僕しか対処が出来ない……知ってる人たちが危険な目に合うかもしれない」
「……そうか」
ナタリアはそう呟くと目を閉じた。
彼女は暫くすると息を大きく吸いその瞼を重そうに上げ、水晶を取り出した。
「……ナタリー?」
「難儀なものだな……フィー少しの間外に出ていてくれるか」
なんでフィーだけ?
「な、なんで?」
「頼む……少しの間だけだ」
ナタリアはそう言うと半ば強引にフィーを部屋の外へと追いやった。
僕は慌てて彼女を止めようとするも抵抗むなしくフィーは部屋の外に出され、扉と鍵は閉められる。
「ナタリア、なんでフィーを!?」
「……そのキョウヤという人間については私は知らん、それは答えが変わることは無い」
ん?
「それとフィーを外に出したのは――」
「我望む……我らが声が箱庭の内側のみに響くことを……」
魔法?
ナタリア一体なにをするつもりなん――
「サイレスウォール」
サイレス? もしかしてサイレントのこと?
そんな疑問を抱えながらも攻撃魔法が飛んでくる可能性を考えて身構えた僕を余所にナタリアは椅子へと腰を掛けた。
「さて……なにから話そうか……」
「……どういうこと?」
「……何故フィーを追い出した、か?」
僕は色々と聞きたいことを思い浮かべつつも、先ほど気になったその言葉に頷いた。
「ユーリ、お前にあった時私には運命が観えるそう言ったな」
「うん、あの時はなんの冗談かと思ったよ」
正直、今でも運命が観えているのかは分からない……でもナタリアならそれが出来るかもしれない。
なんとなくだけど……
「この世界には異質な瞳がある……生まれながらにして持つ魔法とでも言ったら良いだろうか? 近くから遠く離れた人間までの魔力を観ることの出来る者もいれば、物の価値を見分けることの出来る瞳まである」
そう言えばホークさんの目は特別だってシアンさんが言ってたような気がする。
それのお蔭で助かった訳だけど、あれは魔法を使って千里眼を使ってたわけではなく瞳をそのものの力だったのか……
「私の目もそれでな、条件があるが人の運命を観ることが出来る……目の前にいる者からこれから生まれゆく者にたいしてもな……」
「……え?」
今なんて言った?
生まれゆく? ってことはまだ生まれてない人ってこと!?
「……ちょっとした興味だったんだよ、私の夫と子供……どんな未来が待っているか興味本位で覗いて観てしまった……」
「…………それが、なんの関係があるの」
キョウヤに関係は無いように見える。
「まぁ聞け、その世界は悲惨なものでな……夫の目で未来を観たことを後悔したよ」
ナタリアはなにかを思い出したのだろう、腕を組む手に力が入り歯をぎりりと音が聞えてきそうなほど噛みしめる。
「私の夫、いや……あの男は私と娘を弄んでいた」
「…………」
言葉を失うと言うのはこのことなんだろう。
僕は青筋を立てる彼女になにも言えなかった……
「なにより耐え切れなかったのは私を守り奴を殺した後、無残な死を遂げた娘の姿だ! その未来を避けるため私は魔法を学び家を飛び出したんだ冒険者となり、運命を切り替えるためにな」
「……運命は変えられるから?」
これもナタリアが言っていたことだ。
だけど……あの時確か……
「ああ、元々病弱だった私には苛酷だった……だが、その度の途中でふと再び娘の運命を観た時、何故か見えなくてな……別の親の元に生まれたのではとその両親の瞳を借りたんだが、何処か分からない世界で産声を上げていることが分かったんだ。鏡に映った幸せそうな母親に抱かれていた……残念には思ったがそれで良かったと自己満足したものだ」
だから、僕にも同じことをすれば運命は変えられるって言ったのか……
「ナタリアがその未来を避けれたのは分かった……でも……」
僕がその先の言葉を紡ぐことは無かった。
ナタリアは僕を手で制し、口を開く。
「今から説明する……何故お前を……この世界に連れてきたかをな。勿論仮面との関係はあるだろう……」
彼女はどこか申し訳なさそうな顔を……そして、悲しそうな顔を浮かべながら……
僕を静かに見据えながらそう……言ったんだ。




