13話 フィーナとドリアード
11話後、フィーナ視点です。
熊に襲われたユーリはなんとか攻撃を避けるものの、坂の下へ落ちて行ってしまった。
熊の撃退し、慌ててユーリの落ちた坂を見るフィーナだったが、武器を持って降りられないことを確認すると、草花の精霊、ドリアードを呼び出し、彼女の元へと案内を頼む……。
果たして、フィーナはユーリと合流できるのだろうか?
時間は少しだけ遡る……。
「ユーリ!! ……居ない、か」
ドリアードの道案内によって、ユーリが落ちた坂の下まで辿り着いた彼女は、ユーリの名を呼ぶが、帰ってきたのは静寂のみだった。
落ちた先に魔物でも居て逃げたんだろう、彼女はそう解釈し、辺りの木々を見渡してみる。
「……あった、コレは矢印かな?」
急いで書いたのだろうか? かなり乱雑に書かれてはいるが確かに矢印のような物が書かれている。
「あっちに向かったんだ……」
彼女が足元を確認するとそこには無数の足跡が残っていた。
(魔物の足跡? でも、こんなにいっぱい居るなんて……さっきも熊が居たけど、あの子たちの縄張りはもっと奥の筈なのに……)
「ってのんびり考えてる場合じゃないよね? ドリアード先行して印を探して!」
精霊であるドリアードは周りの景色が見えない。
だが、傷つけられた木々の事は分かるため、彼女はフィーナの言葉に頷き答えると先へと進む。
そんな彼女の後を追いフィーナは走った。
「オォォォォォォォォ!!」
途中何匹かの古木の魔物、エイシェントウィローが目の前に現れるが、彼女は腰の剣を抜かず拳を振るった。
そもそも、彼女の剣は大きすぎるため、木々が密集してるところでは使えない。
……とは言っても、この森に居る魔物は弱く、彼女にとっては腕一本で足りてしまうのだ。
その証拠に古木の魔物はいとも簡単に砕け散っていく、この森に彼女の敵は居ないだろう、だからこそ、フィーナはユーリをこの森につれてきたのだが……。
「いつもは……か、迂闊だったな……」
彼女は思い込みで起きた事態に後悔しつつも森の中を走る。
『ここ迄みたいだよ?』
「あれ、ここで途切れてるの?」
ドリアードに言われフィーナは首を傾げた。
目の前は道が無く崖になっており、精霊の言う事を疑う訳ではないが辺りを見渡すも木に刻まれた印が無い。
今、ドリアードが呟いたように、ここで印が途切れているのだ。
「この高さならさっきよりも低いし、怪我もないだろうけど……ユーリどこに行ったんだろう?」
彼女が崖下を覗き込むと光る物が目に入った。
なんだろうと注目するとそこにあるのはナイフだ。
見間違えるわけが無い、それは先ほど彼女がユーリに渡した物だ。
フィーナは慌てて崖下へ飛び降り、ナイフを手に取り辺りを見渡すがそこには探し人の姿は無かった。
「……ここに血の痕は無いし、血の臭い……もしてないから……落ちた時は無事だったってことなのかな?」
振り向き、今降りてきた小さな崖を見上げるフィーナ、手がかりになる物が無くなってしまったことに困惑するが――。
「もし、追われて落ちたなら……森の奥に行った可能性が高いよね?」
ユーリが崖の内側にいることを知らない彼女は、ナイフを身につけると森の奥へと向かった……。
(いくら、街の近場の森で、魔物が弱いとは言っても……奥に入ればユーリじゃ……)
奥に行けば多少なり強い魔物が出てくる。
魔物ではないがなぜか蜜の採取場に居た熊も危険な生物であり、今まさに向かっている森の奥が生息地だったのだ。
そう考えると、彼女は冷や汗をかいた……。
本来、居ない場所に居ると言うことは、なにかあったに違いないのだ。
ただ、迷い込んだなら良い。
しかし、この森は彼らにとって庭だそれは可能性としては低いだろう……。
なら、急に餌が無くなったか、だが……それも何か起きない限り無いだろう。
今まで、この森の生体は崩れたことはないのだから……フィーナは可能性は低いがあの熊がただ迷い込んだ、だけということを願い……ひたすらに走った。
「ユーリー!! どこに居るのーっ!!」
魔物に気がつかれるのは解っていたが、彼女は少女の名を呼び、叫んだ。
何度も何度も少女の名を呼ぶが、声は虚しく森に響き渡るだけだった……。
「はぁ、はぁ……はぁ、一体どこに、行ったの?」
どの位走ったのだろうか、フィーナは膝に手をつき息を乱していた。
ユーリとはぐれてしまってから、フィーナは遠回りした。
だが、そんなに時間は経っていないはずであり、彼女の足であったら直ぐに合流できるはずだった。
「ユーリって凄く足速いのかな? 私より……ってそんなことないと思うんだけど……」
呟いた後、息を整えると、フィーナはまた歩き始めようとしたが、ふと立ち止まった。
「そうだ、匂いを……」
なぜ、今まで気がつかなかったのか? 彼女は自慢である鼻を利かせれば良いのだと気がつき直ぐに行動に移すが……。
「……なんだろう? 変な臭いがして、よく分からない?」
彼女が今まで嗅いだことのない臭いがするだけだった。
少なくとも、この森では一度も嗅いだことの無い物だ……血の臭いでもなく魔物の臭いでもなく勿論”良い匂い”でもない……。
「なん、なの?」
嫌な予感がフィーナを襲う……それを肯定するかのようにドリアードは彼女の服の裾を引っ張った。
『フィー……戻ろう? 皆がこれ以上は駄目だって、引き帰してって言ってるよ』
「でも、ユーリを探さないと……そうだ! 皆にユーリを……」
言おうと思って彼女は口を閉ざした。
精霊には目鼻があるが、見る事は出来ないのだ。
つまり、他の精霊はなにかが来たことは分かっても、それが人なのか魔物なのか、はたまた動物なのか判断がつかないのだ。
精霊として実体化させれば話しが別だが、ドリアードはユーリとはぐれてから実体化させた上、フィーナと一緒だったのだから彼女の容姿など分かるはずが無い……。
……だが、なにかが来たのは分かるはずだ。
「この奥に何かが入ったのは分かる?」
『うん、皆が言うには、さっきなにかが、一つ奥の方に行ったみたい』
「そっか……」
彼女はそう一言呟くと、足を一歩前に踏み出した。
『フィー!?』
「ナタリアにも頼まれてるし、ね、それにあの子、なんかほっとけない感じなんだよ?」
『……分かった、フィーが言うなら私は逆らえないよ』
ドリアードは困ったような表情をするも、彼女の意志に従った。
『でも、危険だったら直ぐに戻ろう』
「わかった……ん?」
走りつつ頷く彼女は、目の前になにかが居ることに気がつく――。
「熊?」
近づくにつれ、それの姿がはっきりと目に映った。
「いや、熊……じゃない?」
それは、なにかを食べているのだろう……辺りに血生臭さが漂っている。
恐らく食べている獲物は今しがた狩った物だろうか? 時折、ビクンビクンと痙攣をしている。
彼女は一瞬、最悪の状況を考えるが直ぐにその考えは捨てた。
ユーリにしては獲物の影が大きすぎたのだ。
ほっとしたのも束の間、彼女は絶句する。
「なに……あれ……熊じゃない? 魔物? でも、こんな魔物見たこともない……」
それは異様な姿をし、彼女が見たことも聞いたこともなかった魔物だった。
魔物はフィーナに気がつたのだろう、獲物を咀嚼するのをやめ、彼女の方へと向き直った。
『ガアァァァァァァァァ!!!』
咆哮と共に迫りくる魔物に対し、フィーナは愛剣の柄へと手をかける。
「狭すぎるか……」
だが、彼女の剣を振るうには場所が狭すぎると瞬時に判断をし、拳を握り殴りかかった。
魔物の攻撃をかいくぐり、拳による打撃を食らわせると、先ほど拾ったナイフへと手をかけ魔物の心臓へと向け突き立てる。
一瞬、たった一瞬で彼女はそれをやり遂げた。
「……思ったより速かったけど、たいしたこと無くて良かったよー」
そう、安堵した。
『フィーーー!!!』
『ガアァァァァァァァァァッ!!』
起き上がる魔物に気がついたドリアードが叫ぶのと、魔物の爪がフィーナを襲ったのはほぼ同時だった。
「……え?」
彼女は思わず抜けた声を出していた。
当然だ……ナイフは短いとはいえ、心臓には届く、致命傷には間違いなかった。
その手応えも確かにあったのだ。
一刻一刻と爪がフィーナへと近づく……彼女はなにかをしなければいけないと判断したのだろう……。
「ドリアード!! ユーリを……女の子をこの森から逃がして!!」
そう叫び終わると同時に爪はフィーナを切り裂いた……。




