129話 潜む者
王シュタークにより呼び出されたユーリたちは再び城へと足を運ぶ。
手渡された手紙に安堵したユーリだが、話はまだあるようだ。
それは以前戦った突然変異のグアンナの事で……?
王はゆっくりと口を開く……
その顔は真剣な物でこれから話されることが和やかな気分になれるものでは無い事は確かだ。
「まず……あのグアンナはコダルが部下に作らせたマジックアイテムの産物だ」
「……どういうことですか?」
「うむ、生き物の生態を変え狂わせる為の物、らしいのだが……詳しくはこの手記を読んでくれ」
王に手渡されたのは黒い板に白い紙が付いている物でそこには文字が掛かれている。
黒の本……それを連想し、嫌な予感がしつつも僕はそれを読み始めた。
『魔物、生物、それらに魔法生物……ハリガネを入れ脳へ微弱な魔力を送ることで自由に操れたりすることが判明した。また、生きた人間や生物の鼓膜、瞳を移植することでグアンナは見て聞くことを可能とした』
「ッ!?」
ハリガネってもしかしてハリガネ虫か何か? いや、でもあれは主に虫に寄生するはずだ。
人間に寄生するっていう話もあるけど、実際には寄生しても出てきてしまうはず……
「……おぞましい事件だ。恐らく奴は捕らえた者の瞳や鼓膜を使ったのだろう……だが、問題はその後だ」
この後? 僕は気持ち悪さを我慢しながらもさらに読み進めていくと……
「あの方は私を救ってくれた。あの方の為兵を作ろう……黒き本をもつ我が君に……王とは違い魔力のない私を必要としてくれた……アンザイキョウヤ様に」
…………なん、だって……?
「その君という者がどんな者か分からん……だが、そのような技術を提供するこの名の者は常人とは思えんのだ」
アンザイキョウヤ? いや……まさか……
『ああああ、なんだぁ!? その目……その目はムカつくんだよ……昔を思い出してさぁ……』
そんなはずはない、だってこの世界に来るにはあの薬が必要だ……
『ああああ、なんだぁ!? その目は……人殺しの分際でたかだかそこらの動物殺しちゃいけねぇってかぁあ!?』
……でも、本当に……本当にあいつだとしたら……
あいつは――
「ユーリ?」
あいつはなにをするか分からない……
自分より立場が低いと思った者には容赦はない……それは人間に限った事じゃなく、動物にもだ。
飼い猫に手を噛まれたから毒餌を食べさせるのは当たり前……あの時餌をこっそりすり替えておかなかったらあの子は死んでいたのにも関わらずにだ。
それなのに……事が起きれば子供だからこれを混ぜちゃいけないと知らなかったで済ませようとした奴なんだ。
酒場であれ、ギルドであれ冒険者になったら人と対峙することがある……だとしたら、あいつは――
『なぁ悠莉、人って切るとどんな感触するんだ? 親から聞いてるだろ? 医者だったんだしさ……』
其処が見えない目でそんな事を聞いて来たあいつは……殺しを楽しむはずだ……
いや、実際に楽しんでいた……あの仮面ローブがキョウヤだ……そして、このおぞましい技術の出所……
「ユーリ!!」
「――ッ……フィー?」
僕が彼女の方へと向くと心配そうな顔の彼女が目に映る。
「どうしたの震えてたよ? 汗びっしょりだし、呼吸もおかしかったし……」
「……え?」
僕は……そんな状態だったの?
でも、確かに汗はかいていたみたいだ……髪がべったりついて気持ち悪い……
「魔法使い……もしや、その君というのは知り合いか?」
「…………まだ、分かりません」
恐らくは本人だろう。
でも、信じたくない……あいつがこの世界に来ていることを……僕はその一心で王にそう答えた……
「……もし、知り合いであってもこの男は危険だ。対処をすることを私は冒険者であるお前たちに頼みたい」
「で、でもユーリがこんな状況なんだよ? それに私たちじゃなくても……」
フィーが珍しく声を荒げるのが聞こえる……
「いや、君たちに頼みたい……コダルは今回道具に頼ったがあれで剣の腕は立つ……」
「あの人剣を抜かなかったんだよ? 私たちじゃなきゃいけない理由にはならないよ?」
庇ってくれるフィーにありがたさを感じつつも僕は――
「分りました……」
そう王へ告げた。
「おい、大丈夫なのか簡単に約束しちまって」
大丈夫かどうかと言われると大丈夫ではない。
でも、黒き本は……無くさないといけないんだ……それに――
「放っておいて後で後悔しても遅いよ……」
「……ユーリ」
僕は自身が微かに震えてるのが分かり、フィーはそれを見て気遣ってくれたのだろう……いつもより強く手を握ってくれた……
それから数日後……
話を受けた礼とのことで王が馬車と医者を手配してくれ、僕たちは名もなき村へと向かっていた。
今は寝ているけどミケお婆ちゃんたちも一緒だ……
理由はコダルの所為でシャムさんが反乱者として扱われていること、すぐに取り消したらしいんだけど、噂は広がり切っていたらしい。
その為家族の身柄を僕たちに守ってほしいと言う依頼を受けたわけなんだけど……僕は王の話を聞いてからずっと同じことを考えていた。
「…………」
「ユーリ……」
フィーには申し訳がないけど、僕はもし本当にあの仮面の正体がキョウヤだったらと思うと、どうしたら良いのかと悩んでいた。
倒す? いや、無理だ……だって、あんなのだけど一応は僕の従兄になんだよ?
なら、魔本だけをどうにかすれば……それに声だって聞き覚えのない声だった。まだ別人の可能性もある……でも、もし喉がおかしくなってたらあれは本人で……そんな考えが再び僕の頭に巡り、王の話を再生させる。
ずっとこれの繰り返しだ。
あいつのことは正直嫌いなんだ。だけど、それとこれとはことが違う……僕は……どうしたら良いの?
「……チッ!!」
「――っ!?」
そんな僕の様子に苛立ちを覚えたのか僕はバルドに胸倉を掴まれ揺らされた。
「バルド!! ユーリはもしかしたら知り合いが敵なのかもしれないんだよ!?」
「知るかよ!! そんな理由でこうなってやがるのかよ!!」
「少し時間をおいてやれ馬鹿野郎、そのうち元に戻るだろ」
皆の声は近いはずなのに遠くに聞こえ……僕の頭にずっとささやき続けているソティルの声もなにを言っているのかは聞き取れない。
そんな中、一際大きい声が僕の耳へと入ってきた。
「テメェ……例え兄弟だろうが親だろうが敵は敵だ……オメェはそいつらと対峙したら、例え間違ってると分かっていても仲間を見捨てて敵に付くのか? ぁあ!?」
「ちょっと! もし本当にそうだったら、考える時間が必要でしょ!?」
「知るか!! 下らねぇ……だったらぶん殴ってでも止めりゃぁ良いだろうが!!」
ぶん殴ってでも止める?
無茶を言う……あいつは力も強いし、あいつの周りには味方がいつもいた。
「ユーリは私たちを見捨てないよ、例えそうなったとしてもちゃんと両方を助けようとしてくれる……だから、今は休ませてあげて……混乱してるだけなんだよ?」
バルドの声よりも小さいはずなのに、フィーの声が良く聞こえ……僕は思わず彼女の声に縋る様に耳を傾けた。
「だからなんだ? ここでこいつが腑抜けなら仮にまたドラゴンに遭遇した時どうする? 悪いが俺の体術や魔法じゃ対処は出来ねぇ」
「……その時もユーリがなんとかしてくれるよ?」
「ま、安心しなよ……フィーナの剣はちょっとやそっとじゃ砕けなくなったからね、ドラゴン相手でも少しはやれるはず」
「…………チッ、お気楽だな。もしその時こんな腑抜け面だったら殴ってでも策を練らせる。いいな?」
彼はそう言うとようやく僕から手を放してくれ……
「ナタリアの呪いを解いてやるんだろ? しっかりしろよ……」
そう、呟いたのが聞こえた……
なんだかんだ言っていてバルドもナタリアのことが心配なのだろうか?
それだけじゃない……そうか、そう……だよね?
フィーは勿論だけど、皆は僕を簡単に裏切ったりしないだろう……例えあいつがこっちに来て強力な魔法を操るようになっていたとしても、皆は一緒にいてくれるはずだ。
今の僕は一人じゃない、守ってくれる仲間がいて守らなきゃいけない仲間がいるんだ。
……だから、きっとバルドは怒ったんだ。
例え家族が敵になっても仲間を見捨てるなって……それに彼は殺せなんてことは一切言ってない。
殴ってでも止めろ、つまり目を覚まさせろってことだろう……
「……ごめん」
「ぁあ!? なにがごめんだ!」
「バルド! はぁ……ユーリ、少し休んでようね?」
「うん、ありがとうフィー……でも、大丈夫」
だから僕も――
「もし、なにかあったらバルドの言う通り殴ってでも止めてみるよ」
「……そっか、その時はちゃんと手伝うよ?」
「ふんっ……」
「バルド、素直じゃない、口元笑ってる」
「うるせぇ!!」
「うるせぇのはお前だ馬鹿野郎……」
「二人共だと思うが……まぁ、仲が良い証拠だな」
「あれって仲が良いの? どうみても性格が似てて喧嘩してるようにしか見えないんだけど、馬鹿なの?」
僕も仲間を裏切ることは絶対にしないようにしよう……フィーもシュカもドゥルガさんも……皆は僕が守る。
仮面があいつなら止めて見せるよ……絶対に……




