125話 屋敷の地下牢
ユーリたちが落ちた先に居た女性はフィーナの乳母の娘、ジェネッタだった。
彼女を連れユーリたちはバルドを探しに向かうのだが、奥には牢がありそこには数人の冒険者の姿が見えた。
そこでシュカに偵察を頼もうとするものの彼女はどこか様子がおかしくて……?
「シュカ……?」
シュカの名を呼んでも彼女は答えない。
唯一分かるのが彼女は震えなにかを怖がっていることだ……
一体なにが? ……いや、彼女がここまで怖がるんだ、大体の予想は付いているんじゃないのか?
僕はそう思い目を牢屋の前にいる男たちに向けた。
彼らの中にシュカが知っている人がいて、そいつがシュカを奴隷として売り払ったんだろう。
それなら彼女がここまで怯えるのに納得がいく。
なぜこんな所にいるのかは分からないけど、透明化していることは好都合だ。
「フィー、ゆっくりと牢屋に近づいて奥を見に行こう」
僕は近くにいるであろう彼女に話しかけると……
「うん、そうだね?」
小さくも柔らかな声が聞こえた。
出来ればシュカにやって欲しかったけど、彼女がこんな状態では仕方がない……
「シュカ、行ってくるね」
そう思って僕は未だしがみつく彼女に小さく離れるように告げた。
告げたのだけど……
「駄目! フィーナも、動かないで」
彼女から出た言葉は僕たちに対する制止だった。
だが、しがみつかれている僕は別として、フィーはすぐに止まることは出来なかったのか、少し遅れて……
「え?」
小さく声を上げたのと鈴の音が聞こえたのはほぼ同時だ。
そう、僕たちの足元には僕たち同様に見えない様に魔法をかけられた鳴子が仕掛けられていた。
「おい! 音が鳴ったぞ!!」
「フィーナ、すぐ、戻る!」
シュカの声が聞こえ、僕はフィーがいるであろう場所へと目を向ける。
そこには、いや向こうには魔法を唱え終わった冒険者たちがいて……あれは、魔弾だ。
無数の剣や槍が浮かび始めていて、それを僕たち目掛け放つつもりなのだろう。
先ほどのシュカの声も小さかったし、恐らくはまだどこなのか気が付かれていない。
あれだけの量を放つなら魔力もそれなりに消費するはず。
だけど音の所為でそう見当違いの方向には放つことは無いだろう、当たるのも時間の問題だ。
「フィー!!」
「う、うん!」
僕の声に反応したフィーの声は真横に聞こえ、僕が声を上げたことで男たちはこちらへと振り向いた。
「気が付かれてしまいましたよ!?」
焦るジェネッタさんには悪いけど、今は……
「マテリアルショット!」
あれを防ぐ方が先だ。
「我が意に従い意思を持て……マテリアルショット」
先ほどの声からフィーの居場所は把握している。
いくら魔法が苦手な僕でも確実にこの場をただの魔法で切り抜ける手段。
それは……迫りくる魔法を操作し、僕は刃を逸らす……
見た所刃が誰かに刺さった様子は無い……
「今のうちに動こう、フィーさっきの場所は避けれる?」
「う、うん……大丈夫だよ?」
彼女は僕の手を引きゆっくりと動き始める。
まだシュカはしがみついたままだけど、動けはするみたいだ。
「ジェネッタさん、気を付けてください」
「は、はい」
これで全員通り抜けただろうか、僕たちはフィーの案内の元先ほどの魔法の射線から外れた。
「……い、いない?」
「馬鹿言え、確かに鳴子はなった……声がしたろ」
「透明化の魔法だろう!」
「もう一度やれば良いだけだろうが」
その間も男たちは悠長に会話を続け、先ほどと同じように魔法を唱えると……
僕たちがいた場所へと放つ……
「やっぱりいないぞ?」
さて、目の前にいるのは合計で六人か……出来れば僕たちの顔は見られたくない……気絶させられればそれが一番良い。
それには……これが一番かな?
「地よ凍てつき、氷廊となりて妨害せよ、アイスフロア」
僕は床に薄い氷を張り巡らせ、その後に魔弾で彼らの足を動かす。
「な!?」
まずは一人目……魔法によって無理やりバランスを崩された体では滑りやすい氷の上で立っていることは出来ず彼はあっけなく後頭部を床へとぶつけ、動かなくなった。
暫くしても、動かないことから気絶していることは間違いないだろう、更に続けて僕は二人目、三人目と氷に足を取らせていく……
六人目を転ばせた所でようやく一息がつけた訳だけど……腕が立つと言う割には僕でも対処が出来てしまうほど弱い様な気がするんだけど?
いくら魔力切れでもバルドが捕まったんだし、油断はしない方が良いか……
「氷を解くよ、誰かが牢屋の鍵を持ってるはずだよ、探してみよう……あ、でも気を付け――」
「大丈夫」
僕が注意をした所、すぐにそう切り返したのはシュカだ。
「大丈夫、あいつら、弱い……起きても、二人なら、問題ない」
シュカは声を震わせながらそう教えてくれた。
やっぱりなにかあったんだろう、そして恐らくそれは彼女が奴隷になってしまったきっかけだ。
「シュカ?」
彼女の声に異変を感じたのだろう、フィーの心配するような声が聞こえた。
「髪が無い、男、大事な物、持つ癖ある、早く、する」
「わ、分かったよ?」
シュカはそれでも、目的を優先してくれたのだろう。
早くここから離れたいはずなのに……
やがてフィーが鍵の束を見つけたようで空中にそれが浮かび上がった……丁度、その時だろうか?
「ディ・スペル」
「ッ!!」
ゾッとする言葉が聞こえ、僕たちの姿は徐々に見え始めてきた。
まさか……来るには早すぎる!
「いやな予感がして、戻って来てみれば……扉は開いてるしよ、それを使えるなんてな」
だが、現実は無情で……目の前には先ほどの冒険者がいた。
「ジェネッタ!?」
牢の方からも声が聞こえた……ジェネッタさんの名前を呼んだってことは……彼女の母でフィーの乳母であるシャムさんだろう。
「やっぱり格下を付けたのはまずかったか……」
一方男は気絶している男の一人の頭をゴリゴリと足で踏むと、小さくなにかを呟き小さなナイフを取り出した。
……まさか!? そう思った時にはもう遅く――
「マテリアルショット」
男の身体がビクンとしたかと思うと僕の目に赤い物が流れゆくのが見えた。
小さいナイフは胸を突き刺すように魔法で落とされていて……その刃は未だメリメりと……
「や、やめ――」
「あん? 失敗した屑に生きる価値は無い……コダル様には使えない金食い虫だったことを伝えるだけだ」
制止の言葉を叫ぶ僕に男は鬼の様な形相に笑顔を浮かべ……
「それに、あの人ばっかり殺せて羨ましいぜ……まぁ、お前ら三人は俺が殺してもいいだろう? 俺は運が良かったのかもな……女三人だ……どんな声で泣くんだ? あ?」
ぞくりとしたものが背中に走る……
仮面と同じで人を殺すことをなんとも思っていないのか?
「まずは……」
男は僕たちの中でフィーへと顔を向けると……
「そんなバカでかい剣使わせるわけにはいかないな……見えぬ刃よ――」
「っ!?」
普通なら魔法使いである僕から狙うのだろう……けどディ・スペルがあるからか彼女が脅威だと決めた男は魔法の詠唱を始め……
だけど、そうは……させるものか……ッ!!
「我が前に具現せし、畏怖なる言を奪え!! サイレンス」
詠唱を終え、僕は口早に魔法の名を唱える。
男は魔法を消せることを優位に感じていたのだろう、詠唱は見せつける様にゆっくりとしていたおかげでどうにか僕の方が一瞬早かった。
声は奪えた……とはいえ、急ぐあまりイメージが足りなかった。
いくらソティルの魔法でも今回は数秒程度だろう……。
「フィー!! 今だ!」
「任せて!」
床を蹴り走るフィーは剣を流れる様に抜き放つと地面へとそれを叩きつける。
だが、この男は手練れだったのだろう、フィーの攻撃を避け。
「――だ……」
なにかを呟き、声が出るようになったことににやりと笑った。
だけど、遅い。
僕は小声で詠唱を魔法を唱えた後、声を張り一つの魔法を唱える。
「意思を持て……マテリアルショット」
僕は先ほど僕たちに向けられたようにあたりの刃を浮かばせ、フィーがそれに気が付き引いたのを確認した所で魔法を放つ。
「だから、無駄だっていうんだよ」
男は余裕を見せ、魔法を唱え……刃は音を立て床へと落ちた。
やっぱり、あの魔法は厄介だ。
あれがあると光衣も無意味だろう。
なら……僕は小さく魔法を唱え、その後にもう一つ魔法を唱えた。
「我が意に従い意思を持て!!」
僕はもう一度魔法を唱える……が……。
「ディ・スペル」
「マテリアルショット!!」
「……ディ・スペル」
何度も何度も……魔法を唱えては魔法はかき消されている。
続けることもう二、三回といった所だろうか?
「いくらやっても無駄なんだよ……」
「はぁ……はぁ……」
ようやく、相手が苛立ってきた……もう、少しかな?
僕は息を切らし、冷たい物が顔に一つ顔を滑って行ったのを感じた。
「最後だ……あがくか?」
「っ!!」
「馬鹿野郎! さっさと引け!!」
もう一度魔法を唱えようとした所、聞きなれた声が聞こえた。
そうか、やっぱりそこにいたんだね……もう少しだ。
もう少しで助けるから……
「我願うは、立ちはだかる者への水の裁き……ウォータージャベリン!!」
魔力を多めに注ぎ込んだ水の槍は僕の意思通り、水の大槍へと姿を変え……僕の狙い通り、男へ向け真っ直ぐに飛んでいく。
やっぱり、僕が攻撃魔法を使うには条件的なものがあるのだろうか?
そう疑問に思いつつも、ニヤリと笑った男は……
「ディ・スペル」
詠唱とその言葉だけで魔法は掻き消え……
「……い、今のは焦ったまだ魔力を残してやがったか、が……ふぅ、残念だったな?」
流石に今の魔法を消したのは辛かったのだろうか? 男の顔からポタリとなにかが落ちて行った。
そう、ようやく息を切らした男は僕とは《・》違い汗を流したんだ。
「残念……か、そうでもないよ?」
「あ?」
「我に向かい来る邪なる者よ、氷の罠へと落ちろ!!」
僕が流した汗はウォーターショットであらかじめ作っておいたものだ。
息切れもわざと……魔力の差はナタリアのお墨付きなんだ! 僕と魔力比べをしてしまえば、それを知らない相手は当然……
「アイスバインド!!」
魔力が切れた時には僕に対抗する術は魔法にはないはず。
氷の網は慌てて避けようとした足を絡め捕り、腕へと伸びていく……これでもう動けないはずだ。
流石に口元までは伸ばせないから魔法は使えるけど……
「っ!!」
「フィー! シュカ!!」
仮にまだディ・スペルが残っていても……
今度はアイスフロアで転ばせばいい、まだ策はある。
でも、避けたってことはもう魔力が少ないはず、これ以上の魔法は使えないだろう。
拘束された体で二人に対抗する術はなく……男へ二つの刃が叩きつけられた……




