12話 白紙の魔導書
フィーナとはぐれてしまったユーリは、魔物に追われ森の中を逃げ惑う。
そんな中彼女は足を踏み外し、崖から落ちると……落ちた先には洞窟があった。
洞窟の中へ逃げ込んだユーリはそこには結界がはってあることを知り、更に奥へと進んでいくと本棚の部屋を見つける。
彼女はそこにある、白紙の本へと近づいた……。
「な、なんだ!? 眩し過ぎて、一体なにが……」
できれば危険がないのか確かめたいのだけど、目を開けようにも眩しくて……とてもじゃないが、目を開けるのは無理そうだ……。
僕は成す術もなく、光が収まるのを待つと、ようやく瞼越しに弱まっていくのが分かった。
「……もう、なんなんだよ」
恐る恐る目を開き、本を見ると信じられないことが起きていた。
「本が勝手に開いて……しかも――」
開いたページにどんどん文字が書き込まれていたのだ。
それは光が完全に収まると同時に終わり、本は僕の手元へと落ちてきた。
「タイトルは……やっぱり無いな、これも一種のマジックアイテムなのかな?」
僕は本を開き読もうとしてみて、ふと気がついた。
「……文字が書き込まれたとして、今の僕じゃ読めないよね、うーん」
フィーナさんにでも読んで貰おうかな……と考えながら本を眺め始めると……。
「やっぱり、読めな――――え?」
解る、読めないけど理解できる!! なんでか分からないが頭に直接、文字の意味が流れてきているような気がする。
「なになに……ルクス・ミーテにスナイプ・アロウ?」
指で文字をなぞりながら、頭に流れてくる言葉を口に出すが、知らない魔法だ。
魔法の名の後に詠唱、効果などが書かれていることから、これは魔法教本かなにか、かな?
僕が知らないのは、ナタリアがまだが教えてくれてないだけだろう、そう思いながら指を更に動かすと……。
「ヒー……え?」
流しかけたその言葉をもう一度確認してみる。
「間違いない! ヒールだ! でも、回復魔法はないはずじゃ……?」
何度確認してもヒールだ……。
「そ、そうだ! 効果、効果は!」
僕は慌ててそこに書かれていることを口に出して読んでみた。
「えっと……『生きている者の傷を癒す、死人や死に逝くものには効果がない。失った血液や体力までは回復できない。この魔法で失われた部位を治すことは極めて難しいが、傷を負った後、損傷部位が腐敗する前に断面を合わせ魔法をかければ、治癒することが可能である。なお、その部位の損傷が激しく破壊されている場合、治すことは出来なくなる』か……」
なるほど、つまりこれは……。
「……ゲームみたいに便利すぎるってわけじゃないけど間違いない、傷を治せる魔法……なんだよ、あるんじゃないか」
なんでナタリアは無いって言ったんだろう? まさか、知らなかったとか?
……それとも、使う時にリスクが必要だからか?
「なんにせよ、回復魔法はあると安心だよね……ってあれ?」
本の続きを読もうとして僕は固まってしまった。
「おかしいな? ここから先が読めない……ええっと、この文字は……」
何とか読めそうな単語があるし解読できそうだ。
そう思って読み返したその瞬間だった。
「痛!? つぅー……ぅぅ」
突然、頭痛がする……それも、ただ痛いのではなく、なにかで思いっきり頭を殴られたような痛みだ。
あまりの痛さに本から目を離すと不思議と痛みは治まった。
「いったぁ~~……なんで急に……」
読めない部分を読もうとしたからか? そんなのってありえるのだろうか……。
僕はもう一度読める部分から読み始めた。
「……いっ!?」
読める部分が終わり、先ほどと同じように解読しようとすると……やはり痛みが生じる。
「理由は分からないけど無理なのか?」
どうにかして読みたいけど……二度あることは三度あるっていうしな、現状では無理だろう。
「せめて他にも読める場所はないのかな……」
ぱらぱらとページをめくり、読めるところを探してみるが、やはり最初の方に書かれていた三つの魔法以外は読めそうもない。
やがて、僕は最後のページを開き、誰かに読んでもらおうと諦めようとした時。
「…………え?」
そこには僕の名前、それも馴染みのある言葉で書かれていた。
『朝日野悠莉』
「どうして? 何でこの本に日本語が!?」
本を閉じ表紙などを確認してみるが、やはりなにも書いていない。
読める魔法のところはこの世界の文字だ。
なのに最終ページになぜかある僕の名前だけが日本語になっている。
意味が分からない、正直言って気味が悪い本だ。
「とは言っても、マジックアイテムだろうし……持って帰ろう」
それに、この白紙の魔導書に書き込まれている、ヒールが本当に使えれば……戦略が広がる。
例え足に怪我をしたとしても、治り痛みが取れれば最悪、逃げ切ることもできるかもしれない。
僕は本を荷物の中へと入れると出入り口へと引き返す……。
「そろそろ、魔物もどこかに行ってるだろうし、フィーナさんと合流しないと……!」
洞窟の出入り口へと着いた僕は、外に出る前に辺りを見渡す。
まだ、魔物が近くに居るかもしれないしな。
「……大丈夫、みたいだ」
さて、ここからどうしたものか……。
魔物に追いかけられた時、闇雲に走ってきたから完全に迷子だ。
「僕、この世界に来てから迷子率高いよーな……」
これで三回目だよ……いや、もっとかも……。
しかも、今回は外だ。魔物も居るし、早く合流したい。
しかし、どうやってフィーナさんと落ち合えばいいだろう?
先ほどは声を上げて魔物が寄って来たから、フィーナさんの名前を呼びながら歩くわけにも行かないし……やっぱり言われた通りナイフで傷を気に着けるしかないか。
「って……あれ? ナイフが無い?」
よく漫画とかで血の気が引く音は『サァーー』って書かれているけど本当にそんな音がした。
持っていたはずのナイフが無いのだ。
「いつ落としたんだろ!? えっと……坂を落ちて魔物に追いかけられて、ここの上から落ちて……あれ? ここに落ちる前は持ってたよな? ってことはこの洞窟に入る前に……」
状況確認しながら振り返る。
「へ?」
変だ――――なにかが……いや、かなり違う風景になっている。
「ど、洞窟が無い?」
先ほどまで居た洞窟が無くなっている。
洞窟が埋まってしまったとかではない、僕は崩落の音なんて聞いてない!
そもそもあったはずの洞窟の所は最初から何もないかのように綺麗さっぱり無くなり、そこにはただの岩肌があった。
おまけに苔まである。
「なんで!? 洞窟が無い! なんで……どうしてっ!?」
いざとなったら安全地帯である洞窟に入れば良いやと思っていたのに……それも出来なくなってしまった。
「は、はははははは早く! フィーナさんと合流しないと!!」
慌てふためく僕の背後で何か音がした。
「ひぃ!? な、何!?」
ゆっくり確かめるように背後を振り返ると……そこには半透明な小さな女の子が居た。
「お……おばけぇ!?」
おばけ!? おばけだ! 間違いなくおばけだ! なんでか分からないけど浮いてるし!
でもなんでおばけが!? いや、考えられることなんて一つしかない!!
「ご、ごめんなさい! 本! 本なら返しますからぁ!?」
他に思いつくあても無いので、洞窟にあった本が原因だと瞬時に思った僕は、慌てて荷物の中から白紙の魔導書を取り出し、頭を下げると幽霊に差し出した。
だが、いっこうに本が持っていかれる感じはしない、その代わりに何故か袖を引っ張られるのが分かった……。
これは許してもらえないというわけだろうか? 恐々と顔を上げると幽霊は必死に僕の袖を引っ張っていた。
「…………」
その光景は恐怖そのもの、とかではなく、寧ろ和むようで……この幽霊がどんなに頑張っても僕に何か出来そうではないっと言うか本当に幽霊なのかな?
いや、幽霊だと思ったのは僕だけど……良く見てみると可愛らしい姿だ。
長い緑色の髪をツインテールにし、葉っぱを意識してるのだろうか? 黄緑色の綺麗なドレスを着ている……まるで、妖精みたいだ。
「もしかして、君って……」
僕が小さな幽霊? に声をかけると彼女は袖を引っ張りながら顔を上げて何かを必死に訴えている。
「精霊さん?」
その問いの意味が分かったのだろうか? 彼女は何度も首を縦に振り、それが終ると袖を引っ張る作業に戻った。
「……あのぉ?」
今度は声をかけても顔を向けてくれず、黙々と同じ行動を続ける精霊さん。
可愛いんだけど……なにがしたいのこの子? もしかして、アレか? 森を荒らすなーって怒ってるのかな?
それにしては怒ってるって言うより、焦ってる感じだけど……。
参ったな、話せればなにがしたいのか解るんだけど……そういえば森族って精霊と会話できるってナタリアが言ってたな。
「でも、フィーナさんとはぐれちゃったしなぁ……」
空を仰ぎ小声でそう言ったのが聞こえたのだろう、精霊さんは僕の目の前まで来るとまたもなにかを訴えてる。
ごめん、解らないんだ……そう言おうと思ったのだが、彼女の目に何か光る物が見えた。
「精霊さん、泣いてる?」
でも、何で? この本が大切なら差し出した時に本を引っ張ってるだろうし……。
「うう~ん、フィーナさんが居れば分かるのに」
恐らく、僕を探し回ってくれているだろう森族の女冒険者の名を再び呟くと、精霊は身振り手振りで何かを伝えようとしてくる。
はっきり言って子供のお遊戯会みたいだ。
でも、フィーナさんの名前に反応してるらしい彼女を見て、なにか嫌な予感がした僕は――――。
「フィーナさんに……なにか、あったの?」
試しにそう、精霊に尋ねてみた。
『!!!』
精霊は僕の言葉に頷き、また袖を引っ張り始めた。
彼女は腕利きの冒険者だと聞いている……が、万が一と言うことはあるだろう、現に森族と交流が持てる精霊がこんなにも必死なのだから……。
「分かった! 案内してくれる!?」
彼女は表情を明るくすると、先導し道を示してくれた。
こちらに言葉は伝えることは出来ないみたいだが、こっちの言うことは理解してくれることに感謝しつつ、僕は彼女の後を追った。




