119話 二つの依頼
謁見を済ませたユーリたちはミケ婆の家へと戻った。
王より告げられたのは物資の運搬、そして宮廷魔術師コダルの陰謀を暴くこと。
ユーリたちは運搬をレオたち三人に任せるため彼らの帰りを待つのだった。
魔法陣とにらめっこしていると、時間はすぐに経ってしまった。
その間フィーはガレットを作ってくれたり飲み物を用意してくれて……やっぱりフィーは優しいな。
僕はようやく作り直された式を目の前にして、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「終わったの?」
「うん、なんとかね」
魔法自体は使ってみないと分からない。
攻撃の魔法ではないし、ここで使っても大丈夫だろう……
僕は立ち上がると式を描いた紙を床に置き、試してみることにした。
「我求む、視認させぬ身を……数多の危機から逃れる術を、牙をもたぬ物を覆す力を……クリアトランス」
光が僕を包みあまりの眩しさから僕は目を閉じる……
瞼の奥で光が収まるのを待ち、ゆっくりと瞼を上げると、目の前には当然フィーがいた。
「どう、かな?」
「成功みたいだねー、目の前にいるんだよね?」
フィーの言葉を聞き僕はほっと胸を撫で下ろす。
どうやら成功みたいだ……取りあえず魔法を解いて……
「フィ、フィフィフィー!?」
僕がそう思って魔法を解こうとした矢先にフィーが伸ばした手が胸へと当たる。
「ん? ん~?」
「ちょ!?」
当の本人は何故気が付かないのだろうか、首を傾げながら触って……いや揉んでるよね?
「そこ、胸です……」
「あ、なるほどー柔らかいね?」
そう、感想を述べられましても……うぅ……なんかムズムズするよ?
「フィーその、ね?」
「え、あ……ごめんね?」
フィーはようやく手を放してくれて、僕は魔法を解く。
恥ずかしいことにはなったけど、魔法はこれで完成だ。
後は短くするだけだし、実はもう思いついているから大丈夫のはず。
「フィー、そろそろあっちに行こう」
「う、うん……」
あれ? なんかフィーの顔が赤い様な?
もしかして、見えなかったからあまり気にしてなかったけど、いざ顔が見えたらってやつかな?
「えっと、ユーリ?」
「ん?」
「その、ごめんね?」
「え、ううん、大丈夫だよ」
やっぱり、後になって恥ずかしくなったんだねフィー……
僕たちが酒場の方へでて暫くすると、レオさんたちが戻ってきた。
彼らは僕たちを見るなり、やや大げさに首を振る。
「商人は現れなかったぞ、もしかしたら消えたまま移動したのかもしれないな」
クロネコさんはレオさんの報告を聞くと僕の方を見てきた。
恐らくは消えたままと言うのは可能なのか? と言うことだろう。
「それは無理だよ、使うには一度宿に戻る必要があるし……戻ったなら身を隠す必要はないはずだよ」
「だとしたら、まだ身を潜めているのかもしれませんね……そちらの方はどうでしたか?」
「うん、こっちはちゃんと謁見出来たよー」
「それで、お前らに頼みたいことがある。依頼になるからな金は出るぜ」
フィーとクロネコさんがそれぞれそう言うとレオさんは一言『ほう』と漏らした。
「どんな、話だ?」
「任せなさい! アタシがいれば!」
「シアンは黙ってましょうか」
シアンさん……やっぱり残念な人だね? ってそうじゃない!
「えっと、この証をもって馬車小屋に行ってほしいんだ。そこにあの村に届ける物資がある……それをお願いしたいんだけど大丈夫かな?」
「……分かった任せておけ」
「ふふふ、アタシに任せておきなさい」
レオさんはともかく、シアンさんは不安なような気がしてきたよ……
で、でも、実力がない訳じゃないんだ大丈夫だよね?
それよりも、ホークさんは黙ったままだけど、問題があるのかな?
「一つ」
「なんだ?」
「あの魔物が出てきたらどう対処するんですか? 以前はユーリさんの機転があったから良かったものの、オレたちではあれには敵いませんよ」
あの魔物……グアンナのことか、確かにあの魔物をもう一度倒せって言われた出来るかどうかなんてわからない。
あの時も僕の魔法で止めを刺せなかったんだし、人数が少なくなればあんな作戦は使えないだろう。
「大丈夫だよ?」
「その理由は?」
「馬鹿犬の言う通りだ。まだ生き残りはいるかもしれねえが、あの辺りにはいないはずだ」
「だから、その理由は何だと聞いているんです!」
「――――っ!?」
クロネコさんとフィーの言葉に苛立ったのだろう、ホークさんは怒鳴り声をあげ理由をもう一度求め、その声に驚いたのだろうシュカは小さく息を飲むとそっと僕のそばに寄ってきた。
「ホーク落ち着け……今話してくれるだろう」
「……グアンナはね群れで行動しないの、一匹がそこにいたら他のグアンナは一月以上かかる場所で生活するし、環境が崩れない限り移動はしないんだよ?」
「奴の場合、突然変異で目が良かったのかもしれねえが、事実あの後他のグアンナには遭ってないだろ?」
普通の牛にはあったけど、確かにあの脅威的な唾液を持った牛の魔物グアンナには遭ってない。
二人の言う通り、あの場所にグアンナがいる可能性は低いし大丈夫なんだろう。
「……そういうことなら、安心して行けるだろ? ホーク」
「ま、アタシにかかれば、あんな魔物どうにか出来る!」
「二人は楽観視しすぎですよ……」
レオさんとシアンさんの言葉に答えため息をついたホークさんは大きく息を吸う。
「分りました、ですが、もしもの時は逃げます。身を犠牲にしてまでは出来ません良いですか?」
彼は過去に何かあったのかな? 気になる所だけど僕はフィーの方へと顔を向けた。
僕としてはそれで良い、でもこの話の当事者はフィーとクロネコさんだ。
彼女に答えを任せた方が良いだろう。
「うん、それで良いよ? ロク爺たちによろしくね?」
「…………」
ホークさんは黙ってしまったけど、これ以上言わないってことは受けてくれるってことかな?
彼になにがあったのかは分からないけど、あんなに声を上げるなんて思わなかったよ……余程のことがあるんだ聞かない方が良いかもしれない。
「…………っ」
「シュカ……」
シュカは彼が怒鳴ったってから離れないし、フィーもシュカを心配してるみたいだ。
「シュカ、大丈夫だよ」
僕も彼女に声をかけると、ようやくホークさんは彼女のことに気が付いたのだろう。
……気まずそうな顔を浮かべなにかを言おうとするが、声には発せずまた黙り込んでしまった。
「ま、まぁ……ホークの奴がすまないな、こっちにも色々あって……その代わりなんだ、物資は届けたら鳥を飛ばす良いか?」
「それで良いだろうけど、いきなり怒鳴ることはないんじゃない? シュカ怖がってるみたいだけど……」
うわぁ……リーチェさん突然なにを、確かに怖がってるけど……
というか彼女もビックリしたんだろう、いや、怒ってるのかな? 若干声が硬いし、眉は吊り上がってるよ。
「確かにあの魔物は強敵だった。心配するのは分かる……でも、死ぬかもしれないなんて他の魔物でも同じ、冒険者が格下の魔物に殺されるなんて良くある話でしょ」
「――――ッ!!」
リーチェさんがそう口にした直後だろうか、ホークさんは乱暴に立ち上がり両手で机をバンッと音がするように叩くとまるで怒りに燃えるような瞳でリーチェさんを睨む。
「っ!?」
「シュカ!?」
今のが怖かったのだろう、シュカは僕からフィーの方へと逃げた……ホークさんから少し離れるからだろうけど、やっぱりああいうのは怖いんだ。
「ホーク!? ほら、ね……水飲んで落ち着こう?」
「そ、そうだ、水だ水楽しくなる奴で良いだろ? な?」
珍しくシアンさんがまともなことを言ったかと思ったけど、その言葉は彼の耳に届かなかったのだろう、彼の瞳は睨み殺す勢いでリーチェさんを捉えたままだ。
「なによ? 私は事実を言っただけ、その為に冷静な人物を一人パーティーに加えておくのは常識でしょ? そっちは貴方がそうだと思ったけど?」
って、リーチェさん!? そんなことを言ったらまた……ってホークさんまた声を上げようとしてる!?
「だったら、――な!?」
「つ、冷た!?」
まずい、そう思った時にとっさに僕はグラスに入った水を二人へとかけた。
僕まで机を叩けばシュカが怖がるし、音が少なく済むのがこれしか無かったとも言えるんだけど、悪いことをしちゃったよね……でも……
「ホークさん、落ち着いてこっちが失礼なことを言ったのは詫びます」
「…………」
僕の言葉にようやく少し冷静さを取り戻したのか? いや、単に標的を僕に変えたのか、彼の目が僕へと向く。
「リーチェさんもシュカのことを心配してくれたんだろうけど……相手の傷をえぐるような発言は控えて」
「だからって水はないでしょ、水は!」
こっちは幸いと言って良いのか、僕が水をかけたことに怒りが向いたみたいだ。
「とにかく、レオさん物資は頼みます……」
「あ、ああ……任せておけ」
「……どうだが、私に言われて冷静さを無くす男がいるくらいだしね」
僕に怒りは向かったと思ったんだけど、またか……ホークさんもまたもやカチンと来たのだろう、僕に向けていた目をリーチェさんに戻したし……仕方ないな。
「我が前に具現せし、畏怖なる言を奪え、サイレンス」
「いい加――――っ!?」
僕はホークさんが声を発しようと息を大きく吸い始めると同時に魔法を唱え、二人の声を奪う……魔力の消費はつらいけど、これ以上二人が喧嘩してもなにも良いことはない。
彼の変化に気が付いたのだろう、リーチェさんもなにか言おうとしたけど当然声は出なく……
「これ以上喧嘩するなら、僕も怒るよ? 二人とも部屋に行って冷静になって」
勿論僕だけじゃ二人は止められないだろうけど、声を奪ったことで驚いたらしく、乱暴な歩き方ではあったけど従ってくれた。
というか、フィーはシュカを見てたけど誰も他に止める人がいないのは正直焦ったよ……
バルドとクロネコさんは興味なさそうだし、ミケお婆ちゃんは気を利かせてここにいないし、ドゥルガさんは謎の僕なら大丈夫という精神だろうか?
「終わったかユーリ?」
「終わったけど、止めてくれても良かったんだよ?」
「ユーリなら丸く収めると思っていたので黙っていた」
僕を過剰評価しすぎだよ、ドゥルガさん……
「さて、うるさいのがいなくなった所で、明日からは別行動だ……女魔法は?」
クロネコさんもうるさいと思ったんなら止めても……いや、悪化するだけか。
「出来たよ」
「よし、魔術師の屋敷に正攻法で行けねえ時はそれを使う、分かったな? じゃぁ解散だ」
彼の言葉で話し合いは終了し、明日から僕たちは魔術師について調べることになる。
とはいえ……ここに来て喧嘩をしちゃって大丈夫なのだろうか? 幸い別行動だけど……




