110話 二人の言葉
レライへと着いたユーリたちはフィーナとクロネコの知り合いであるミケ婆を見つけることが出来た。
だが、彼女は酒場が続けられなくなったと言う……
宿探しが振出しに戻るかと思われたその時、老人は建物は残っていると告げ一行を家へと招くのだった……
夕暮れに辺りが染まる頃、僕たちはミケお婆ちゃんの後をついて行くと徐々に酒場が何件か目に入った。
どの酒場からも明かりと笑い声が飛び交いにぎわっているようだ。
「着いたよ」
いつの間にか目的の建物についていたのだろう、ミケお婆ちゃんは扉を開けていて。
「さぁ、早く中にお入り」
「は、はい、お邪魔します……」
お婆さんは明かりを灯すと僕たちに座る様促し、僕たちはそれに従い腰を落ち着けた。
「ねぇ、ミケ婆さっきの本当なの? その……」
「ああ、本当だよ……」
そのシャムって人はフィーと仲が良かった人なんだろう……彼女は不安げな表情だ。
「しっかし、またその宮廷魔術師か? なんでそんなことを」
「分りませんね、普通はそうそう関わらないと思うのですが」
レオさんとホークさんの言うことは最もだよね。
実際、僕も政治に関わる人と話したのはシルトさんたちが初めてだし、っていうか酒場の店主であるゼファーさんが知り合いだということにびっくりだ。
「ああ、これほど大きな街になると普通は関わらないね……でも……」
お婆ちゃんがそこまで言うとフィーは辺りをキョロキョロとしだし……
「あれ? ねぇミケ婆……ジェネッタお姉ちゃんは?」
「え……フィーってお姉ちゃんがいたの?」
この国に来てから彼女の知らない所が知れて嬉しいような……でも、そんな場合じゃなくて複雑だなぁ。
「えっと、そうじゃなくて……」
「ん?」
「娘はねフィーナ様の乳母なんだよ……お婆とフィーナ様のお婆が親戚同士でね? ちょうど孫が先に生まれていたこともあってねぇ」
なるほど、それでそのお孫さんがジェネッタさんってことか……というかロクお爺さんだけなんか仲間外れに思えてきたよ。
う、うん……今は全く関係ないけど。
「それでババア、アイツはどこなんだよ?」
「孫はね……結婚をする予定だったんだけどねぇ……」
予定? 予定ってことは相手に不都合が? いや、もしかして……
「も、もしかして……その、シャムさんって人が捕まってるのって……」
「ユーリ? なにか分かったの?」
フィーはまだ気が付いてないのか、言いづらい……けどお婆ちゃんが口を開けばもう答えは分かってしまう。
それにまだ、そうとは決まったわけじゃない。
「なにかって、フィーナ……ここまで言えば分かるでしょ?」
僕が口を開きかけたその時リーチェさんはそう言い、それに続けてシュカが口を開いた。
「宮廷魔術師」
「へ? 宮廷魔術師はシャムさんを閉じ込めたんだよね?」
確認するように先ほどお婆ちゃんが言っていたことを繰り返すフィーの声は震えていて、顔色も変わった。
恐らく……その可能性に気が付いたんだろう。
「孫は……宮廷魔術師に見初められてね……連れていかれたよ。お婆と娘……あの子の母シャムの命と引き換えにね……」
「そんな……」
耳と尻尾を垂らし、がっくりとしたフィー……どう声をかけてあげたら……
大丈夫なんて無責任だ。
だけど……
「お婆ちゃん……そのお孫さんっていつ頃さらわれたの?」
「もう、一週間になるよ……二人が心配で、心配で……」
よく見てみればお婆ちゃんの目元にはクマが出来てるし、夜も眠れてないんだね……
「クロネコさん」
「あ?」
「杖の情報ってどれぐらいで集まる? なるべく早くだと助かるんだ」
僕がそう言葉にすると大きなため息が聞こえ声の主は苛立った声を上げた。
「ユーリ? あんたね……人がさらわれたと言ってるのに杖の話!?」
「勿論、助けたいよ……でも、助けるにしても、僕たちの大本の依頼は杖に関することだよ? もし、宮廷魔術師が買ってない場合は二手に分かれないといけない」
「なるほどな……確かに、この人数なら二手に分かれて行動が出来る」
ドゥルガさんはどうやら分かってくれたようだ。
「うん、出来れば杖の件も宮廷魔術師だと情報が集めやすくはなるけど、この人数ならドゥルガさんの言う通り、もしもの時は二手に分かれて行動する……その時はクロネコさんの負担も大きくなっちゃうけど」
「仕方ねぇ、前に女からの依頼は無料にしてやると言っちまったからな……」
「自業自得だ、クソネコ……で、俺はなにをすればいい?」
バルドはどうやら前の一件で機嫌が良いみたいだ。
「うん、しばらくはクロネコさんと別口で情報を探して、宮廷魔術師が他にどんな悪さをしてるか……とか」
「ああ、任せておきな……金に色をつけさせるんだ……その分はきっちり仕事をしてやるよ」
にやりと笑うバルドを見て僕はちょっと身を引いたけど、だ、大丈夫きっとシルトさんは話を分かってくれるはず……
それに、フィーに関わる件は勿論だけど、今の宮廷魔術師はどうやら自分勝手の様だし、このまま放っておけないよ。
僕は項垂れるフィーの頭にそっと手を乗せると、彼女はゆっくりと顔をあげ、その瞳には涙が溜まっていた。
「ユーリ?」
「僕が……いや、僕たちでなんとかしよう、フィー」
彼女はそう言った僕の顔を目を丸め見つめてくる。
えっと、もしかして言っちゃダメなこと言ってしまったのかな?
そんな、僕の心配は杞憂だった様で彼女は笑顔を浮かべると……
「うん、ユーリを信じるよ?」
「う、うん……期待に沿えるようにに頑張るよ」
フィーに信じられたら、色々と頑張らないといけないなっと考えていると……お婆ちゃんの感心したような声が聞こえ……
「なんとかする、ですかい?」
「え? ええ、出来る限りのことはするよ」
僕はやっぱり変なことを言ってたのかな?
「やはり、親子ということだねぇ……」
え?
「母方……確か、ナタリア様と言われたかの? 同じことし、同じことを言う……」
同じ、こと? 僕とナタリアが?
でも、僕たちは本当に親子ではない。
僕の生まれは地球の日本だし、ナタリアには連れてきてもらった恩はあるけど、親ではない……でも……なんでこの国に来てからあった二人の老人には……
どういうこと? もしかして、さっきフィーが目を丸めたのも僕がナタリアと重なったとでもいうのだろうか?
「……ユーリ?」
「え? う、うん、なんでもないよ……まずは情報を集めよう」
(……ユーリとナタリーは親子じゃない……それは、分かってるのになんで?)
フィーナはユーリを見つめながら疑問に思う……なぜか別人であるはずの二人が一瞬重なったように見えたのだ。
その理由はフォーグに戻ってから彼女が知るロク爺とミケ婆がユーリとナタリアを親子と思っているかだろうか? そんなことを考えながら、彼女は昔を思い出していた。
幼き日……侵略者たちに国が襲われ、ロクの手によって助けられた彼女は冒険者の元へと連れていかれた。
だが、頼みの綱の冒険者は旅立ったばかりであり、そこにはいなかった……だからと言って諦める訳にもいかない。
王国の騎士であったロクは国王の忘れ形見をどうにか助けてくれと侵略者と同じ種族であるはずの冒険者に告げる。
だが、侵略者たちが探している姫など連れていたら自分たちの命が危ないと断る冒険者たちが多く……ロクはその答えに絶望と同時に仕方ないものと諦めかけていた。
そんな中、丁度フィーナが懐いていた集団が危機を感じ帰ってきたのだ。
ロクはすがる思いで彼女たちに声をかけると、当時はまだ夕日色の髪をだった女性ナタリアは幼きフィーナの頭に手を乗せると、少し微笑みながらはっきりと……
「私たちに任せろ、なんとかしよう……なぁ? フィー」
そう言ったのだ。
彼女は言う、亡国の姫は奴隷として売るには価値が高いと……
実際、戦火に巻き込まれた国の中に姫や王子が行方不明になることは多く彼女はそれを利用し、盗賊に扮しフィーナをさらった。
何人もの追手が来る中、ナタリアはフォーグを抜けメルンへとフィーナを逃がすことに成功したのだ。
(その所為でナタリーは呪いに……だから、子供はいないし……いたとしても)
「フィ、フィー? どうしたの?」
「な、なんでもないよ?」
見つめていたのがバレたのか、ユーリはなぜか言葉を詰まらせながらフィーナの方へと向き直り、彼女はユーリにそう、答えると、再び思考に戻った。
(呪いが無くて、子供がいても……ユーリより幼いはずだよ?)
だが、先ほどのユーリはフィーナが一瞬見間違えるほど、ナタリアそっくりだった……
それに、ナタリアにしてもユーリにしてもなぜかフィーナの危機を救う、例えそれが死がすぐそこに迫っていてもだ。
(それに、考えてみたら変だよ? 全然手紙もくれなくなったと思ってたら、弟子なんか取らないって言い張ってたナタリーが突然弟子を取って、しかも私が丁度帰ってくる頃に合わせて、その子をおじさんのお店に向かわせた……あの仕事の後は蜜を取りに行く予定だったから、丁度良いって思ったけど……ユーリがいなくても、あんな所にクマがいて気になった私は原因を探すだろうし……あの魔物にあって死んでたよね? ……でも、それじゃまるで)
「おい! 馬鹿犬聞いてるのか?」
「ふぁ!?」
クロネコに声をかけられたフィーナは自身が長い時間試行していたことに初めて気が付き、慌てて返事をする。
「う、うん……聞いてるよ?」
「フィーナ、お前の乳母を助けてやるんだ。ちゃんと聞けよ」
「バルド! 親同然の人が捕まってるんだよ?」
ユーリの言葉に舌打ちで答えるバルドを見て苦笑したフィーナ。
彼女は頬を描きながら、苦笑いで答えた。
「ご、ごめんね?」
そう告げた後、再びユーリへと目を向け……
(まるで、最初から私の危機に合わせて助けられる人を向かわせたみたいだよ? ナタリー……)




