103話 腐らせる魔物
ユーリたちはフォーグの首都レライへ向け旅立った。
そんな中、魔物にやられたのだろう怪我を負った男性を見つけたユーリは傷を癒そうとしたのだが……それはフィーナとクロネコにより止められ、何故か二人は森の方へと移動してしまった。
当然、助けられたかもしれないことを咎めるユーリだったが、その理由はどうやら以前ナタリアも言っていた物を腐らせる魔物にあったらしい。
しかし、魔物は目鼻が利かず、森の中なら安全だと言うことだったのだが……何故か追うことが出来、ユーリたちの前に現れた。
魔物は動かず僕たちを睨み、まるで笑みを浮かべるように口角を吊り上げる。
目が見えないなら、あんな風に笑うことはあるのだろうか?
「早く、逃げる」
「っ!! 皆走って!」
シュカの声で我に帰って僕は走るように促すが……
「伏せろ!!」
走り出す前にバルドの声が響き、頭上をなにかが飛んでいく。
それは僕たちの周りへと降り注ぎ、じゅわじゅわと嫌な音を立てながら変な匂いを発して……
「これ、まさか……腐ってる!?」
「まさかもなにも、さっき説明しただろうが!!」
説明はされたけど、こんな一瞬で溶けるように腐るなんて聞いて無いよ!?
「な、なんか嫌な感じじゃない?」
「おお! 見事にこっちに倒れてくるわね」
リーチェさんがなにか気が付き、シアンさんはそれを察したのだろう感心したような声を出してるけど……
「そんな、悠長なこと言ってる場合じゃないよ!?」
根元が腐った木は僕たち目掛け倒れ始めた。
僕たちはある程度は開けた場所にいるとは言ってもそんなに広いわけじゃない、このままじゃ木に押しつぶされちゃうよ!?
「おおおおお!!」
もう駄目だ、そう思ってフィーの手を握りしめ目を閉じると一つ咆哮が聞え、来るはずの衝撃はいつまで経っても来ない。
顔を上げてみるとそこには巨漢が何本もの木を支えていて……
「ドゥルガさん!?」
「早く奥に行け」
僕たちに退くように促した。
彼の横を潜り抜け、僕が振り返るのと同時に魔物は次の涎をドゥルガさんへと向け飛ばし、彼はその両腕で支える木々を魔物へ投げ飛ばす。
「驚いたな」
ドゥルガさんがなにに驚いたのかは分かった。
魔物へ向かって投げられた木はあっという間に溶け、液体となって地へと落ちた。
「あ、あんなに強力だったけ?」
「知らなねぇよ!! 見るのは初めてだ!」
クロネコさんでも知らなかったことなの?
いや、それよりもこの状況じゃ……
「と、とにかく走ろう!!」
皆にそう声をかけ森の奥へと走る。
魔物は当然のように追いかけてきていて……
「倒す方法は無いの?」
僕は情報を持っているだろうフィーたちへと聞く。
「流石に青銅の武器とかが無いと無理かな?」
「でも、今は、無い」
「流石に一式持ってくるなんて馬鹿げたことは出来ないからね」
シュカたちの言う通り、対抗策らしい青銅の装備は期待出来ない。
なにか、案は……
「アタシに良い案が――」
「あーこの状況でくだらないこと言って無いの」
レオさん、それっていつものやり取りなのでしょうか……
「本当に良い案だって! 死ぬか生きるかでふざけないわよ!! 青銅が必要なら掘って手に入れれば良いじゃない!」
「出来る訳無いでしょ!!」
リーチェさんの言う通りそんな器用なことは出来る訳が無いよね。
「ドラゴンを呼ぶ!」
「どうやって!?」
今度は僕が声をあげてしまうことになった。
ドラゴンって呼べたんだ……いや、それよりも本当に呼んだら来るの?
召喚魔法かな? というか召喚魔法があればナタリアが教えてくれるはずだけど。
『否定します。ご主人様の記憶にある召喚魔法という概念はありません。似た物でしたら精霊召喚がありますが、それはあくまでその場に存在する精霊を実体化させるだけです』
うん、そんな予感はしてた。
「じゃぁ他に腐らない物!!」
「ここにあるとでも?」
そうか、なんで青銅なんだって思ったけど……青銅は腐らない物だったのか……
シアンさんって意外と博識だったのかな?
まてよ……腐らない物なら……ある!
氷だ、前に氷河の氷をカキ氷にしたとかいう話も聞いた憶えもあるし、腐らないはず。
仮に腐ったとしても腐りにくい性質があるはずだ!
「探せば良い!」
「だから、探せないって言ってるでしょ!」
「探す必要は無いよ……僕が持ってる」
苛立ったリーチェさんは眉を吊り上げ僕を睨む。
突然なにを言い出してるんだって所だろう。
「フィー、グアンナに魔法は効くの?」
「き、効くよ? でも……術者に向かっていくんだよ?」
「分かってる……シュカ、ドゥルガさんあいつの動きを止めてくれる?」
「倒すのか、任せておけ」
「避けるの、得意」
二人はそう言うと身を翻し、魔物へと向かっていく……
僕はレオさんたちの方へ向くと彼らにもお願いをした。
「魔法が使える人でかく乱して! 出来れば他の人とはなるべく離れて」
「あん?」
そ、そんな怖い目で見なくても良いじゃないかバルド……
「魔法に釣られるなら今発動してる魔法の術者の方へ向かうはずだよ!」
「なるほど……このままでは死ぬのも時間の問題ですからね、従いましょう」
「シアンの案に乗るよかマシか!」
「ちょっと! 腐らない物って言ったのはアタシですけど!?」
二人は僕の言った通り離れ離れになって森の中へ消え、文句を言いながらもシアンさんも去っていく。
「チッ、後で追加料金もらわねぇとやってられねぇよ……」
そう言いながらもバルドも手を貸してくれるみたいだ。
後は……
「フィー、魔法を唱えるから、もしもの時は守ってくれるかな」
「うん、分かった」
「それとグラネージュだ……僕の魔法でグラネージュを呼んで!」
フィーに残ってもらった理由はこの二つだ。
僕の魔法じゃ致命傷に追い込めないだろう、だけど精霊がいれば別だ。
「へ? グラネージュ? 良いけど……」
「ちょ、ちょっと本気であんなのと戦うつもり?」
リーチェさんは立ち止まってはいるものの早くこの場を去りたそうにしてる。
気持ちは解るけど、逃げても埒が明かないよ。
「いや、この場で仕留めた方が良いかもな。女、勝算はあるのか?」
「多分……どっちにしてもこのまま逃げても殺されるだけだよ」
そう彼女に言うと僕はグアンナという魔物を睨む。
さっき、フィーが驚いていたけど、目は見えているみたいで二人をしっかりと捕らえ涎を飛ばし、シュカは華麗にそれを避けドゥルガさんはへし折れた木を盾の様にしてそれを防ぐ。
今はまだ良いけど、いずれドゥルガさんは攻撃を防げなくなってしまうだろう……
だけど、魔法が飛び始めれば……僕はそれを静かに待ち続ける。
少し経つと水の矢が飛び魔物を襲う、魔力の流れに敏感だと言われていた魔物はそれを察知したのだろう目の前にいる二人には目もくれず、水を腐らせると魔法が飛んできた場所へ走って行き。
今度は後ろから丸太が飛ぶと身を翻しそっちへと向かう。
「本当に今使われた魔法の所に向かってるね……?」
フィーは感心した声を上げ、僕を見る。
僕は頷き答えると内心安心した。
読みが当たってくれて良かった……でも、これでもし氷が腐ったりしてしまえば僕たちの負けだ。
「フィー! 下手したら魔物は他の魔法を無視してこっちに向かってくるよ」
「うん、分かった!」
僕は大きく深呼吸をし、魔物を倒すべく詠唱を唱える。
「氷精よ、汝の裁きの矛を我に与えん……アイスランス!」
名を唱えると空中に何本か小さな氷の槍が生成されていく……まだだ、まだこれじゃ小さい。
「こ、氷?」
リーチェさんの呟きと魔物が僕たちの方へと振り向くのはほぼ同時だった。
グアンナは僕たち……いや、僕へと狙いを定めたのだろう、こちらに向かって走ってくる。
愚直に突進をして来る魔物を前に僕の想像には添えない形で氷槍は形を成した。
「女、早く投げろ!!」
「フィー! グラネージュだ!!」
僕とクロネコさんが同時に叫び声を上げる。
「氷の精霊よ我が前に姿を現せ、……グラネージュ」
「なにやってやがる!! 早くしろ!!」
僕が魔法を魔物に向かって放たないことに苛立っているのだろうクロネコさんはさらに叫ぶ。
だけど、この大きさの魔法じゃ駄目なんだ。
例え、腐らなくても熱で溶けてしまう。
『なにこれ、どういう状況?』
「グラネージュ! お願いだ僕の魔法を強化してなるべく早く!!」
フィーによって呼び出された精霊に僕は願いを言う。
大丈夫かと思ってたけど、これ維持するの結構きついかもしれない。
魔物は容赦なく迫ってくるし……やっぱり魔力の大きい方に向かってくる性質でもあったのかな?
『分かった、力は貸してあげるよ』
精霊が僕の周りを飛び回り氷の槍は徐々に大きさを変えていく。
「だから、逃げた方が良いって言ったでしょ!?」
「っ!!」
すぐそこに迫った魔物にリーチェさんは悲鳴を上げ、フィーは剣を抜き魔物へと向かおうとするのを目にした僕は早口でもう一つの詠唱を唱える。
「集え、我が前に阻む壁となれ……アイスウォール!!」
「わわっ!?」
フィーと魔物の間に氷の壁を作り出し、危うくそれにぶつかりそうだった彼女は剣を地へと突き立て勢いを殺す。
対照的に魔物は壁にぶつかったのだろう、大きな音が辺りに響き鳥たちが騒ぐ音がより一層聞こえ始めた。
槍は……うん、大きさは十分そうだ。
『ォォオオオオ!!』
牛の様な……どこか違う様な咆哮をあげた魔物は壁を壊せないと判断したのか迂回し、僕へと迫り来る。
「ユーリ!!」
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!!」
眼前に迫りつつある魔物へ、グラネージュによって強化された魔法を放つ。
使うのは僕だ、命中の精度が低いのは知ってる。
だけど、当たらないなら当たる様にしたのがこの魔法だ。
無数の氷の槍は魔物を中心に降り注ぐ……
それだけ放たれれば……いくら僕でも当たる!
魔物は唾液を飛ばし魔法を消そうとするが、氷にはやっぱり腐りにくい性質があったみたいだ。
多少小さくなってしまったものの氷槍はグアンナの皮膚へと突き刺さり。
魔物は大きな音を立てその巨体を地へと倒した。
『全く! 魔族は相変わらず恐ろしい魔法を考えるね!』
動かなくなった魔物を見てグラネージュは憤りを見せるけど……
「フィーとグラネージュがいなければここまでにはならないよ」
僕は苦笑しつつも彼女にそう答えた。
「ッ!! 女! ボサッとしてるんじゃねぇ!!」
「へ?」
クロネコさんに呼ばれ僕は慌てて魔物へと向き直るとそこには……
「あ? あぁぁ、ぁ?」
よろよろとしてはいるが、立ち上がり今まさに僕に唾液を飛ばそうとしている魔物がいて……
「……その臭ぇ口を閉じてろ」
呆然とする僕の目にいつの間にか駆けつけてくれていたのだろうバルドの姿が映り、彼は魔物の下顎を蹴り上げ強制的に口を閉じさせ……その直後に三つの銀線が描かれた。
「間に合った様だな……」
巨大な斧を魔物へと振り下ろした巨漢は少しも息を切らさずそう言い。
「ちゃんと、トドメ刺す」
溜息混じりの黒髪の少女は魔物に短刀を突き刺し、戒める様に僕を見ていて……
「ユーリは傷つけさせないよ?」
その身に合わない大剣を振るうフィーは魔物……グアンナの首を切り落とし、魔物は今度こそその動きを止めた。




