101話 名もなき村
たどり着いた場所は村……それもどうやら裕福な村ではないようだ。
ユーリは食料を分けてもらうことを諦め、彼らに道を尋ねることにした。
そんな時人垣をかき分け前に出てきた森族の老人はユーリの隣……フィーナの姿を見て呟いた……
「フィー、ナ……様?」っと……果たして、どういう意味なのだろうか?
「フィーナ様だって? まさか……」
「いや、でも面影があるぞ」
お爺さんの言葉につられたのか、岸に集まった三種族の中でも森族の人々は騒ぎ始めた。
その声にさらに困惑する僕と変な顔をしているフィー……
一体この老人はなにを言っているのだろうか?
「それにしても、立派になられた……これも――」
彼は僕の方へと顔を向けにっこりと微笑む。
「もしかして貴女様はそうか、母君に次いでそのお嬢様も……」
「えっと……母?」
本当になにを言っているんだ?
この世界エターレにおいて僕の母親はいない。
それなのに彼は僕の手を取り……
「いや、髪の色が良く似ている……お母様はご息災ですか?」
「髪の……色?」
「ユーリの……お母さん?」
僕たちは揃って声に出す……
髪の色が同じ人でこの老人が見間違える人?
いや、そもそもこの人は誰? フィーを知っているみたいだけど、フィーはどこか変だ。
知り合いだったらお爺さんとか、名前を彼女は呼ぶはずなのに彼の顔を見てからこれまで一度もそういうことを口にしていない。
「遅ぇ!!」
僕たちを待っていたのだろう、痺れを切らしたクロネコさんは船から飛び降り地を踏む。
そして当然睨むようにこっちを向きかけた所で細くなりかけたその目は開かれた。
「相変わらず、無礼な態度を……」
「じ、爺……」
じじい……ってこの人クロネコさんの知り合いなの!?
「チッ……ってことはここはフォーグか、おい! 馬鹿犬、女、予定は変わったがここから陸路だ。デカブツの説明が省けるからな」
「え……あの……え?」
フォーグって僕たちが向かっていた地方だよね?
無事ついたってことみたいだけど。
「なんで解るの?」
「なんでもなにも、爺がいるからだろうが!!」
「口に気をつけろ、姫様と救い出した冒険者殿の娘だろうに」
姫様……ってフィーが!?
僕が彼女の方へと振り返ると辛うじて作ったのだろう、ぎこちない笑顔と共にフィーは口を開く。
「く、国ももうないし、私はただの冒険者だよ?」
「で、でも姫って……」
いや、だからこそ、クロネコさんが心配してたのか。
フィーは美人で可愛いし、姫様って言うのも納得は出来る。
けど救い出した冒険者って……僕と同じ髪、知り合いでいたかな? いなかったはずだけど……
『元はユーリの様な髪色でな、自分でも気に入っていた……』
「――ッ!! ナ、タリア?」
そうだ、ナタリアの元の髪の色が僕と同じだって……それに、呪いがかかったのはフィーと出会ってからのはずだ。
「そうそう、そういう名前でしたな……」
呟いたのが耳に入ったんだろう老人は嬉しそうに目を細め何度も頷く。
確かに、心配性すぎる所は母親ですか? と言いたくなるが実際には違う、僕は慌てて老人にそれを伝えようと口を開いた。
「あの、僕はナタリアの弟子で娘じゃ――」
「立派なお母様に恵まれているのですから、そう口にするのはやめなさい複雑な年頃でしょうがお母様が悲しみますぞ」
「え、えっと……ロク爺――」
「なにやら訳ありの様ですな、岸は好きに使ってくれて構いません、クロネコよどういうことか話をしよう」
フィーが僕の代わりに告げてくれようとするのをまるで分かっていますと言うように遮ると彼は歩き始めた。
それとこの人、ロクって名前だったんだね……ようやくフィーが名前を呼んだ気がするよ。
「ほれ、そのお方たちが通れんだろうが、ワシらは姫を見ておらん良いな?」
この集落の長なのだろうか、そう一喝をすると森族人々はフィーに向かって頭を下げつつも一人一人と去っていった。
「もう降りても良いの? こっちは待ってるんだけど!!」
「ああ、降りて来い!」
皆が降りてきたところで老人の後をついて行った僕たちだけど……勘違いされたままってのはどうにか出来ないんだろうか……
老人について行くとそこにはボロボロの家が見えてきた。
いや、周りどこを見てもボロボロだ……
「…………」
僕の横にいる女性……フィーナは静かに意気を飲み僕の手を強く握って来ていて……
「フィー……」
彼女が本当にお姫様だったらこの現状は辛いはずだ。
僕は彼女の名を呟き、手を握り返す。
「大丈夫だよ?」
そう言う彼女の顔はやはり悲しく、辛そうな顔をしている。
「本当に大丈夫だから、そんな顔しないで、ね?」
「……え?」
そんな顔って僕どんな顔してたんだろう?
「さ、フィーナ様汚い所ですが、どうぞおあがり下さい……お付きの方もどうぞ」
「え、あ……うん」
「お、お邪魔します……」
ボロボロの家の中でも大きな家へと招きいれられた僕たちは床に敷いてある藁の上に座るよう促され、言われてままに座り始めた。
「して、どのような案件ですかな? ドラゴンをつれた船まで用いるなど大事だとは思いますが」
クロネコさんへ顔を向けるとロクお爺さんの前だからだろう目と顎で僕に言えと合図だけされた。
「えっと、実は――」
ドラゴンのことは勘違いしてくれているだけ良いとして、僕は何故フォーグへと足を運んだのかを話す。
リラーグの領主が死んだこと、そしてそれが呪いの所為だと言うことを……
「それで、この呪いはナタリアにもかけられていて……それを解く方法も同時に探してるんだ」
「なるほど、ではお母様を助けたい一心で遥々こんな土地まで……」
「えっと、だからユーリは――」
僕がそれに反論しようとした所、フィーが口を挟んでくれるがロクお爺さんは何故か目に涙を浮べ。
「なんとお優しい、フィーナ様も恩返しという訳ですな。ご立派になられて……」
盛大な勘違いをしている。
「おい、爺……それで聞きたいことがある。ここらでそういった物を高く売れる店は無いか? いや、高く買うなら個人でも構わない」
「ふむ……」
ロクお爺さんは考える素振りをみせ暫らく目をつぶっていたがやがてゆっくりと瞼を開け……
「フォーグの首都……レライの現宮廷魔術師なら買うかもしれん」
「レライ?」
国の名前を疑問含め口にしたのはフィーだ。
ここがフィーの国なら知ってそうだけど、知らないのかな?
「ええ、フィーナ様たちがいなくなった後に出来た国ですのでご存知ないでしょうな。
先代の宮廷魔術師はルルグを落とした魔族魔術軍の長でしたが、今代は頭は回るのですが、魔術師とは名ばかりのなんの力も無い者です。
その為、他国から強い傭兵を高い金を払い雇い、アーティファクトを集めているのです」
「高い金、だと?」
ああ、バルド……君って人は……
「分かってると思うけど……」
「ウルセェな」
僕の忠告を聞こうともせずそっぽを向いてしまった。
まぁ、いくらお金を積まれても裏切ることはしないよね……多分。
バルドのことは取りあえずは置いておいて……
「その人からアーティファクトを買うことは出来るのかな?」
僕の言おうとしていることをフィーが変わりに口にしてくれたけど、ロクお爺さんは首を横に振った。
「奴は臆病者です。決して手放さないでしょうな」
「つまり、もうその人に売られてるとしたら……」
「盗むか、奪い取るかだな」
僕に続いてクロネコさんが言葉を添えてきた。
これって、もしかすると国に喧嘩を売るようなことになりかねないんじゃ?
「だとしたらどうする……まさか実行するなんて言わねぇよな?」
「ちょっと、そんなことしたら戦争物だよ!?」
ですよね……
「まっかせなさい! アタシに良い案があるわ!」
胸を張り声高らかに言い放つシアンさん、恥ずかしくないのかな?
「嫌な予感しかしませんので却下します」
しかも、言う前に却下されてるし……
「だな……ここはお嬢ちゃんに決めてもらうとしますか」
「そうだねー?」
「俺は元よりそのつもりだ」
「金がもらえるなら、なんでも良い」
へ? ……もしかしてフィーのことかな? っと思い当たりを見回すものの……何故か僕に皆目を向けている気がする。
いや、気がするんじゃなくて……
「僕!?」
「ユーリ、頼りになる……」
いや、頼りにって……
「え、えっと……相手が宮廷魔術師なら王様に頼むってのはどうかな?」
「なんですと!?」
顔を険しくし、硬い声が聞え僕は慌てて切り返す。
「勿論、王様にフィーのことは言わないよ」
というか、フィーが危険に晒されるのは僕が嫌だ。
「フィーナのことを言わないなら、どうやって交渉するつもりよ」
「それは、宮廷魔術師がそれだけお金を持ってるってことはどこかで隠蔽工作をしてる可能性があるよね? それを見つけて今の王様に突きつけるんだよ」
「えっと……ユーリ、それって……どういうこと?」
ありがちの行為だとは思うんだけど、フィーが国のお姫様だった頃には馴染みが無かったのかな?
「だって、おかしいでしょ? ここ森族だけじゃなくて魔族も天族もいたよ」
「確かに、そうだったね?」
フィーがいた時に三種族ともいたなら解る。だけど、フィーの名前で反応したのは森族だけだ。
「予想だけど、フィーがいた時ここの国って森族だけの国、もし多種族がいても数えるほどだったんじゃないかな?」
「う、うん……ルルグはほぼ森族だけの国だったよ?」
なのに、ここには森族が若干多いぐらいで大体同じぐらいの人がいた。
しかも、敵対している訳ではなく同じ様な格好をして……それから解るのは。
「ロクお爺さん、ここの村って元はこんな荒れてはいなかったんですよね?」
「え、ええその通りですな、宮廷魔術師が変わってからですよ……物資もなにも届かなくなったのは」
「なら、その物資のお金はどこに行ったんだろう? 前はそうじゃなかったら、王様はルルグだった頃に住んでた人たちも国民って思ってるはずだよ?」
国にはどうしても利益を上げる国民が必要になってくるし、その衣食住はある程度保護できる環境下じゃないと国を出て行く可能性も反旗を掲げる可能性も出てくる。
「ですが、鳥を出しても」
「それこそ、罠だよ。誰か直接王様に言いに行ったの? 手紙って言うのは王様に直接渡るものじゃないはずだ」
いくらたかが手紙と言っても普通はそうだろう……
なにせこの世界には魔法って言うものがあるんだから。
「誰かが安全かどうかを確かめてから王様に渡す……紙自体が魔法を作動させるマジックアイテムかもしれないし、それこそ宮廷魔術師の手に渡るんじゃないかな?」
もし、そうだとしたら……森族が多いこの村の人たちは格好の餌食だ。
さっき見た限りだと、ある程度の歳の人はフィーナを知ってる。
しかも、このロクお爺さんという人はフィーと親しそうだし、位が高かったんだろう反旗を翻す理由にはもってこいだ。
「もし、やましいことをしているなら……手紙を燃やすか、もしくは王様に村から文句が来たって報告すると思うよ」
僕がそこまで言うと、皆は黙ったまま僕を見つめる。
お、おかしいこと言ったかな?
う、う~ん?
「なるほどな、良い線言ってると思うぜ女……」
「へ?」
「同意権ですね、国には民が必要ですからね。蔑ろにする理由が無い」
「で、でも……あくまで予想だよ? 宮廷魔術師とは限らないし……」
「いや、アーティファクトや傭兵を集めるなんざ、一財産じゃ足んねぇよ……手を貸す必要も無くなったな」
あ……いざとなったら裏切る気だったんだねバルドは……
「その魔術師をなんとかすれば、ロク爺たちも助かるね!」
「そうだね、とにかく情報を集めよう! クロネコさん街に行ったらお願いします」
フィーに笑顔を向けられたら、村の現状をどうにかしないといけない気がして来たよ。
「ああ、任せておきな」
「それと、ロクお爺さん……王に向けて現状を伝える手紙を書いてくれますか?」
「良いが……鳥では……」
鳥は駄目だ。
さっき僕自身が言ったように届かない可能性がある。
なら――
「安心してください、僕たちが届けますから」
「……分りました。すぐに書きましょうぞ」
「あ、一応二枚同じ物をお願いします」
もしもの時の為に一枚はフィーに持ってもらおう。
「二枚ですか? いや、あのお母さまのご息女だ。なにか考えがあるのですな?」
「えっと……う、うん」
そこは考えを変えて欲しいなぁっと思いつつ、取りあえず頷いておいた僕は皆の顔を見回して――
「杖を手に入れて、宮廷魔術師の隠蔽工作を暴こう」
そう口にした。




