99話 青き龍との戦い
ユーリたちは杖を追い求めフォーグ地方へと船を走らせていた。
その最中、出会った魔物はドラゴン……
クロネコの指示で逃げることにしたユーリたちだったが……ドラゴンは逃げ行くユーリたちを追いかけてきていたようだ。
仲間たちは船の中で気絶し、戦えるものは魔力が少ないユーリだけとなった。
果たして彼女はソティルの提案通りドラゴンを手懐けることが出来るのだろうか?
『ドラゴンの息吹は危険ですご注意を』
「分かった……」
窓から飛び出し、空でドラゴンとにらみ合う僕にソティルは一言を告げてくれた。
確かにドラゴンと言えば息吹での攻撃だ。
そういえばグラヴォールも息吹をしてきたけど、アレよりも強力であることは間違いないはず……
「来る……」
ドラゴンはゆっくりと頭を振ると、僕に狙いを定めその長い首を伸ばし鋭利な牙で噛み付いてこようとする。
大丈夫、慌てるな……
僕は僕を落ち着かせ牙から逃れつつ考える。
ソティルの魔法は使えない、切り札が使えないならどうやって戦う?
このまま空を飛んで攻撃を避けるだけでは駄目だ。
ただイタズラに魔力を消費するだけ、なら――
「焔よ我が敵を焼き払え! フレイムボール!!」
攻撃しないとどの程度効果があるのかも分からない、僕は火球を生み出しそれをドラゴンへと向ける。
だけど……
「全く、効いてないよね?」
鈍重なだけあって、避けようとしても当たってくれた……だけど、ドラゴンには蚊が刺した程度なのか?
いや、下手をしたらなにかが触れた程度なのかもしれない。
僕の魔法が当たった所には傷どころか焦げ跡すら無かった。
『攻撃は無意味の様ですね、ですが気を病む必要はありません』
「で、でも全くだよ?」
『元より船を引いてもらうのが目的です。倒してしまっては意味がありません』
あ……そうか、つまり氷狼の時みたいに負けを認めさせれば良いんだ。
って……僕の魔法でどうやって倒すの!?
『ご主人様、息吹が来ます』
「へ? うわぁ!?」
ボーっとしていた僕へと迫る息吹を済んでの所で避け悲鳴を上げる。
危なかった、もしソティルがいなかったらあの水鉄砲みたいな息吹をもろに受けてたよ。
いや、うん……鉄砲が生易しく感じる位だけど……
ナタリアの魔力で守られてる右腕も多分吹き飛びそうだよね。
「ってのんびり考えてる場合じゃない!!」
どうやって負けを認めさせる?
クロネコさんの様子からしてフィーがいてもこれには勝てないって判断したはずだ。
でも、龍狩りの槍なんて酒場があるぐらいだし倒した人がいるはず。
いや、そもそも倒せること自体が物語りかもしれないけど……方法があるはずなんだ!
「どうする……どうすれば……」
『後ろです!』
ドラゴンは不意をつくつもりだったんだろう、尻尾を僕へ向け叩きつけようとし僕はそれをなんとか避ける。
いや、違った……尻尾での攻撃をなんとか避けたなんて考えが甘かった。
「ッ!? ――か……はっ」
尻尾は空を切り海へと叩きつけれ当然海水は跳ね、それは僕へと向かって来る……どういう理屈か分からない。だけど……
水弾が当たった瞬間、鈍い痛みが襲ってきた。
『ご主人様!?』
駄目だ……
このままじゃ、相手の思うまま……水自体がドラゴンの武器なんだ。
僕にとって圧倒的不利な状況……負ける?
いや、それだけは駄目だ。
なにか方法は、せめて……せめて、この水さえ海水が無ければ良いんだ……
「地よ凍てつき、氷廊となりて妨害せよ!! アイスフロア!!」
海へと落ちる寸前僕は無意識の内に一つの魔法を唱え海面へと手を触れる……魔法の氷は広がっていきあっという間に尻尾を、いやドラゴン自体を囲む。
さっきの攻撃で僕の浮遊は切れてしまったけど、後でかけなおせば問題は無い。
「我に向かい来る邪なる者よ、氷の罠へと落ちろ!!」
慌てて尻尾と首を海の中へと戻そうとするドラゴンを睨み僕は詠唱を唱え終え。
「アイスバインド!!」
魔法の名を叫んだ。
まだ乾ききっていない場所なら、それだけ早く凍て付くはずだ!
ドラゴンの動きを封じ込めるとそれでも魔物は逃げようともがき、逃げれないと知ると僕へ向かって顎をゆっくりと開く。
あそこからじゃ僕に噛み付くことは出来ない……って言うことはあれは息吹!?
まずい、浮遊はさっき切れてしまったんだった……
避けようが無い……
「なら……集え、我が前に阻む壁となれ、アイスウォール」
僕の目の前に現れるのは巨大な氷の壁だ。
でも、あのドラゴンの攻撃を耐え切れない。
以前ナタリアと戦った時……あれはソティルの魔法だったけど、完全には防げなかったし……その場しのぎでしかない。
『ご主人様、自信を持ってください、貴女様の魔法は鉄壁です』
「僕の、魔法?」
いや、事実僕の魔法は鉄壁なのかもしれない。
……でも、なんでわざわざ僕の魔法はなんてそんな言い方を?
「――――っ!!」
…………そうか! ソティルが言いたいことはそういうことか!
もし、そうならっ!!
氷の巨壁へと僕はさらに魔力を注ぐ、攻撃に転じても僕には勝ち目は無い。
攻撃は最大の防御と言う言葉があるならその逆だってあっても良いはずだ!!
想像するんだ、魔力を注いだ分だけ凍る壁を……あのドラゴンの吐く息は火じゃない! 水だ。
だったら……
「それさえも凍らせてみせるよ!!」
辛うじて透けて見えていたはずの向こう側は白く染まっていき、水が壁に当たる音もどんどんと遠ざかっていく。
後、どれぐらい魔力は残ってる?
大丈夫だ……疲れてはきている……でも、まだ戦える。
やがて音がやみ僕は自身にもう一度浮遊をかけ、空へと舞いあがる。
ドラゴンはどうやら凍った息吹で身動きが取り辛い様だ。
だが、僕の姿を捉えると氷を噛み砕き僕へと再び息吹を向けて来た。
「もう、無駄だよ」
頭と口を見れば大体どこに来るか解る……僕はそれを避けると氷廊で息吹を凍らせる。
残りの魔力はもう殆ど無い……だけど、後一発なら――!!
「我が意に従い意志を持て……マテリアルショット!!」
凍った息吹を魔法で動かし、ドラゴンへと目掛け放つ。
だが、それは的を大きく外れ氷の上へと着弾し大きな音を立てて海の上には巨大な氷の柱が立つ。
勿論外すつもりだったから、問題は無い。
ドラゴンは暫らくその氷を見て、僕の方へと向き直り……
『グ、グルグルグルグル……』
「え、えっと……」
攻撃、してこない?
『どうやら、敵わないと判断したようですね』
や、やったってことだよね……それよりもこの後はどうすれば良いんだろうか?
あのドラゴンは喉を鳴らし終わると僕から首の裏が見える様にしてきたけど、なにか意味があるのかな?
『記憶によりますと、龍の首、顎の下には一つだけ逆さに生えている鱗があります』
それなら知ってるよ、逆鱗でしょ?
『それを引き抜けばご主人様の言うことを聞くようですね』
「へぇ~って引き抜く!? 逆鱗を!?」
『はい、その通りです』
待って欲しい、逆鱗と言えば触れたら怒る、絶対に触れてはならない場所じゃないの?
『ですが、引き抜かなければ今この場で見逃してはくれたとしても、言うことは聞かないでしょう』
「うぅ……分かったよ……」
僕は恐る恐るドラゴンへと近づき差し出している顎の下辺りを探って見る。
ドラゴンだけあって鱗も大きく、すぐに見つけることができそーっと触って見ると、くすぐったいのか首を少し振り再びグルグルと言い始めた。
「ご、ごめんね? 怒らないでね」
無意味だとは思ったけど、僕はそう呟いて深呼吸をし逆鱗を引き抜いた。
流石に痛かったのだろう、一際大きく首を動かすと口を開きなにかを訴えるような目で見てくるドラゴンに僕は少々怯えながらも両手で逆鱗をしっかりと握り締めドラゴンを睨み返す。
「お、襲って来ないよね?」
僕の声が聞えているのかいないのか、魔物はその顔を僕に近づけて――
「うわぁ!? ごめんなさい!! って……あれ?」
どうやら擦り寄ってきてるみたいだ。
『グルグルグル……』
当然だけど力が強くて僕押されてる。
空にいるから余計に不安定でひやってするよ!?
「ちょ、待って危ない、危ないって!?」
『ぐる……』
あ、止まった……でも、最後の「ぐる」は若干寂しそうだった様な。
『残念がっていますね』
「あ、はは……」
この後、ドラゴンを拘束していた氷を解き船を引っ張ってもらうようお願いし、船に積んであったロープをドラゴンの体に括りつけた。
「苦しくない?」
『グル』
『大丈夫そうですね』
大丈夫そうって、ソティルもしかしてドラゴンの言葉を理解してるの?
『はい、少し程度ですが記憶にありましたので』
そうだったんだ……一体あの部屋にはどんだけの物が詰まってるんだろう。
ドラゴンの言葉が解るなんて……そうだ、折角懐いたんだし名前をつけてあげた方が良いのかな?
「どんな名前が良いかな?」
『グル?』
うーん……
「デゼルト?」
『グルグルグルグル』
僕が呟くとドラゴンは喉を鳴らし始める。
青いからサファイア……でもそれだと安直過ぎるかと思ったから、どこかの国の言葉をつかったんだけど……もしかして気に入ったのかな?
『自身の名前だと理解したようですね』
「そっか、じゃぁ君は今日からデゼルトだ」
『グルグル……』
青い龍は僕へと首を近づけると先ほどよりも優しく擦り寄ってきた。
「あはは、今度はくすぐったいよ」
僕の言葉が制止を意味することじゃないと分かったのか、嬉しそうに喉を鳴らすデゼルト。
一時はどうなるかと思ったけど、これで海は走れる。
フィーたちが起きたら、改めて出発しよう。
僕だけだと迷子だし……
「ユ、ユーリ?」
僕が振り返るとそこにはフィーが探しに来てくれたみたいで船の中から出てきたところだった。
「フィー! 良かった起きたんだね?」
彼女は珍しく僕をあまり見ず、震える指をデゼルトへと向ける。
「そ、そのドラゴンは?」
「えっと、話せば長くなるけど、懐いたんだ。船が壊れててこの子に運んでもらおうって考えてて」
「な、懐いた!?」
驚きつつもフィーはよろよろと僕へと近づいて来る。
だけど、その間にデゼルトが割り込み威嚇をするように口を大きく開けた。
「きゃぁ!?」
「だ、駄目だよ! デゼルト!!」
慌てて僕が前に割り込みデゼルトへ忠告をするとちょっと悲しそうに喉を鳴らし、大人しくなった。
これは、皆起きる前に人に危害を加えちゃ駄目だって教えないといけないな……
「ぜ、全然大人しくなさそうだよ?」
「ご、ごめん、ちゃんと教えておくよ……」
僕は彼女の手を取りそう約束した。




