I'll give you a cup of hot soup.
暴力シーンが在ります。苦手な方は回避をお願いします。
路地裏で、薄い襤褸に身を包んだ子供達がゴミを漁っている。吐く息は白く、地面に付けられた素足はひび割れて赤黒く変色して居た。
「なんかあったか?」
手足も鼻も頬も真っ赤にして、子供達は熱心にゴミを漁る。どの子供もがりがりに痩せて、どろどろに汚れきって居た。
顔を上げた一人が、諦めた様に首を振る。
「ねぇ」
「ちぇっ。次行くぞっ」
「あっ」
一人の子供が突然叫んでしゃがみ込んだ。
「どうした?」
問う声に立ち上がった子供が、目を輝かせて両手を差し出した。
「ドブネズミ、みつけた」
子供は手に二匹の巨大な鼠を掴んでいた。まだ生きて逃げようとする鼠を見て、集まって来た子供達が笑う。
「よくやった。殺すぞ」
子供達が鼠の首を折る。キュッと鳴いて、鼠は動かなくなった。
満足そうに獲物を見下ろしてから、子供達は互いに顔を見交わした。
「二匹じゃ足りないよな」
「うん…」
子供が手際良くばらけて再びゴミを漁り出す。
暫くすると子供特有の響く声が、成果を告げ始めた。
「あ、見ろよ、ニンジンの皮だ。ヘタもある」
「キャベツの芯もあるぜ」
「こっちは カビパンだ」
「腐ったジャガイモも」
腕に抱えた今日の食事に、子供達は笑顔を見交わした。
「今日はゴーカだな」
「ああ」
子供達が裏路地から、地下水道へと入り込む。腕に今晩の夕食を抱え、表情は明るかった。彼等の家、捨てられた服やらシーツやら家具やら集めた中で待っているはずの仲間に向けて叫ぶ。
「おい 持って来たぞ」
「今日のメインは太ったドブネズミだっ!」
自慢気に叫んだ言葉に、答えたのは異常な声だった。
「こっち…来んなっ」
「うっ…に…げろっ」
がんっ
「余計なこと言ってんじゃねぇよ」
彼等の家から警棒を持った警官が数人現れた。警官の一人は両腕にぐったりした彼等の仲間を抱えていた。
「は…やく、に、げろっ」
ぐったりしながらも絞り出すように言った仲間の頭を、警官が警棒で殴る。胸の悪くなる様な打撃音と、くぐもった呻き声が響いた。
「なにしてんだよっ」
子供の一人が激昂して叫ぶ。
「てめぇらを捕まえに来たんだよ」
警官が嘲る様な笑みで答えた。
「おれたちは捕まるようなこと、なにもやってねぇぞっ」
「てめぇらみてーな汚らしいガキは居るだけで迷惑だ」
「此の国から一掃しろとの女皇陛下の御命令だ」
警官達の言葉に口惜し気に歯噛みしながらも、子供は脱兎の如く逃げ出した。捕まった仲間は心配だが、逃げろと言った仲間の言葉を無碍には出来ない。何より自分を最優先、其が、此処での決まりだ。
「追えっ!一匹たりとも逃がすなっ!!」
警官達が子供を追う。
「ふざけやがって。おれたちが、汚らしいだとっ」
逃げながら、子供が悪態を吐いた。一人が叫ぶ。
「まくぞばらけろっ!」
四方八方に逃げるが、一人また一人と捕まって、とうとう残るは一人になった。先刻鼠を捕まえた子供だ。歳は、恐らく十歳足らず。
「はぁ…はぁ…はぁ」
「諦めろ坊主。お仲間皆捕まったぜ」
子供と大人では体力が全く異なる。残る一人も、あえなく捕まるかに見えた、そのとき、
「っ」
手を伸ばす警官を睨み付けた子供が横飛びに飛んで逃れ、真冬の地下水道の水の中へと身を投げた。
「なっ」
警官が慌てて拾おうとするが流された子供は直ぐ遠くへ消て見えなくなる。
「止めとけ。此の寒さだ、どうせ助からん」
「そうだな」
警官達は水路に呑まれた一人を諦め去った。
子供が居なくなった地下水道に野良犬が現れ、転がる鼠をくわえて行った。
ちゃぷ…こぷ…
格子の隙間から流れ出る薄汚れた水の波間に、小さな手が揺れていた。
散歩でもしていたのだろうか。地下水道の出口の脇を歩いていた男が其を見付け、揺れる手の持ち主を水路から拾い上げる。襤褸を纏い、自分もぼろぼろになった子供だった。
痩せ細って冷たい身体を抱き、青白い唇に耳を寄せる。
微かだが、息が在った。
男は子供を抱いて、足早に水路から立ち去った。
子供が目覚ますと清潔そうなベッドの中だった。びくりと身を起こし、きょろきょろと辺りを見回す。
「目が、覚めましたか」
男が子供に声掛け、驚いた子供が、ばっと男から距離を取った。まだ体調が思わしくないのだろう。息は荒く、動きも覚束無い。
「あんた、ケーカン?」
警戒も露わに発された言葉に、男は心外そうに首を振った。ベッドと同じく清潔そうな服を着た、まだ年若そうな男だ。
「まさか。私は警官では在りません。如何して、そう思ったんですか」
「ケーサツが、ジョオーのメーレイで、捕まえに、来たって」
男が警戒を煽らないようゆっくりと近付き、子供のベッドに腰掛ける。
「貴方を?」
「…どーせ、フロージを、イッソーするメーレイでも出たんだろ。仲間はみんな…捕まった」
ふてくされた表情に眉尻を下げ、男が口を開いた。
「貴方は地下水道を流されて来たんです」
「捕まるくらいなら、と思って、とびこんだんだ。こんなさむいのに、地下水道なんて、ばかげてるだろ?」
自嘲する様な言い様に、男は子供を見詰めた。
「でも、貴方は助かった。こうして、生きている」
「ふん。ヤツラ、全員捕まえる、つもりだったんだぜ?ざまぁ見ろ、!、っくしゅん」
子供は強がって笑ったが、次の瞬間にはくしゃみして身を震わせた。
「ああ、貴方風邪を引いたんですよ。大人しくベッドに入って。待って居て下さい」
男がベッドから立ち上がり、逃げる間も与えず子供をベッドに押し込んだ。そっと、痩せた頬を撫でる。
「暖かいスープを入れてあげよう」
立ち去る男を子供は目を丸くして見詰めていた。
「あたたかい、スープ…?」
子供の顔は、未知の言葉でも聞いたかのようだった。
―浮浪児を助けてスープを与えてやるなんて 貴方は本当に変人
男が差し出したスープを、子供は恐る恐る受け取った。
「熱いから気を付けて下さい」
男がにこにこと笑いながら子供に言う。
「ほんとうに、飲んでいーのか?」
「貴方のために作ったんですよ?」
未だ警戒を解いていない子供が、男をじっと見詰めながら恐々スープを口に。
「…あふっ」
男に気を取られて過ぎてうっかり湯気立つスープを冷ましもせずに口に放り込んでしまい、熱さに思いっ切り顔しかめる。
「大丈夫?ちゃんと冷まさないと」
「だいじょーぶ」
男に言われ、子供が息を吹き掛け冷ましたスープを慎重に口に運ぶ。
「…おいしい」
何処かぶっきらぼうな子供の言葉に、男は嬉しげに顔を綻ばせた。
「其は良かった。おかわりも有るから、好きなだけ食べて下さいね」
子供は呆然と男を見た。スープを口に運ぶ手も止まる。男が首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「なんで?」
「え?」
子供の疑問に男は戸惑った様に目を瞬き、そんな男に子供は強く問いを投げた。
「なんでそんなに、やさしくするんだ?フロージなんか助けたって、あんたに何の、得も無いだろ?」
「得が無ければ人を助けてはいけませんか?」
男の言葉は子供を俯かせた。
「いままで、そんなことするヤツ、いなかった」
子供が再びスープを口に運ぶ。子供の瞳から落ちた雫が、スープの水面を揺らした。
「あたたかいスープなんて、飲んだこと無いよ。フロージに食事を、あたえる人間なんて、いや、しないんだから」
小さな嗚咽を漏らしながらスープを食べ終えた子供に、男が問うた。
「おかわり、食べませんか」
子供は無言で頷き、空の器を突き出した。
「貴方家の子になりませんか」
スープを持って来た男が言って、鼻を啜っていた子供は、ぽかんと男を見上げた。
「は?」
呆然としているのを良いことに、男が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった子供の顔を暖かいお絞りで拭く。
「一人で寂しかったんですよね。貴方さえ良ければ、家で暮らしませんか」
「なんで」
はたと我に返り男の手を払うと、取り敢えずスープ受け取って食べ始めてから子供が聞く。浮浪児は、逞しい。
「寂しいからです」
「あんた変人?そゆシュミの人?」
堂々とした返答に顔をしかめた子供を見て、男が苦笑した。
「如何言う趣味ですか」
「ぺどふぃりあ?だんしょくなの?」
吐き出された忌憚の無い言葉に咳き込む。
何とか立ち直って首を振った。
「違います。違いますから…。ただ、貴方が居れば寂しくなくなると思って」
「なんで?」
「自分が作った料理を美味しいって言って貰えて、かなり嬉しかったみたいで」
男の答えは子供を困惑させた。
部屋を見る限り生活に困窮してはいないのだろうが、だからと言って見ず知らずの子供を助けるのが、
「そんな理由?」
「駄目ですか」
「とか言って、奴隷商?」
「違いますよ」
男は首を振った後、捨てられた犬の目で子供を見る。
「寂しいんです。行く所が無いなら、一緒に暮らしましょう」
子供が何か考える様に、食べきったスープの器に目を落とす。
「駄目ですか」
「…いいよ」
散々迷った挙げ句、小さく答えた子供の言葉に、男は感極まった様子で小さな身体を抱き締めた。
「うっわ」
いきなり抱き殺さん勢いで抱き付かれて、子供がぎょっとする。
「嬉しいっ。此からよろしくお願いしますね」
男は子供を抱き締め嬉しげに叫んだ。
「やっぱあんた変人っ」
慌てた様子で子供が男を突き放そうとするが、其の顔も何処か嬉しげだった。
―貴方に一緒に暮らそうと言われて 本当に嬉しかった
―貴方との生活は楽しくて
―貴方の存在に救われた
暗い牢獄の中で、少年は蹲っている。
―貴方に恩返し出来るなら
二人の警官らしき男が、少年の檻に近付いて来る。
―何だって やろう
―嘘を吐いても構わない
少年が、俯いた影で、にいっと笑う
―貴方の為なら 此の身等少しも惜しくない
―此の命は 貴方に救われたのだから
檻の前に立った男二人が少年を見詰める。相変わらず、細い身体。
「やっぱりおかしいだろ。こんなガキがあんな殺戮劇を」
壮年の男が、顔をしかめて呟いた。
「誰か裏で手を引いているのかも知れない」
もう一人が、答える。
「兎に角、取り調べだ」
鍵を開ける音が響いても、少年は身動ぎ一つしなかった。
―貴方の為になると言うのなら 貴方の為に此の身を売ろう