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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

怪物の悪夢

作者: 四路 章

 ピチャリ……ピチャリ……

 一人の男が廊下を歩いている。

 ピチャリ……ピチャリ……

 石造りの廊下は赤に染まっている。

 ピチャリ……ピチャリ……

 城の中には至る所におぞましい赤の花が咲き、そこから漏れ出した艶かしい色の汁は赤い絨毯を更に赤く染め上げている。

 ピチャリ……ピチャッ

 男は何かを感じ、部屋の前で急に足を止めた。

(ほう、まだ食い残しがあったか)

 ドゴオッっと音を立て、冗談のように扉が吹き飛んだ。

 ヒッ、と息を飲む声がかすかに聞こえる。

 部屋の中にも相変わらず赤い花が咲き乱れている。

 男はそのうちの一輪を払いのけ、その後ろの壁を、今度は加減して叩き壊した。

 隠し扉であったそれは崩れ落ち、中の空間をさらけ出す。

「ヒッ、ぃゃ、あ、う……」

 そこにいたのは美しい少女だった。

(なるほど、そういえばこの国には三人の姫が居たのだったな……)

 ジン国には諸外国にも評判の、三人の美姫が居た。

 そのうちの一人は、その夫である皇太子とともに赤い花を咲かせた。

 そのうちの一人は、ぐちゃぐちゃに泣きながら、やはり赤い花を咲かせた。

 そして最後の一人も、こうして今その元凶の前に居る。

 ジン国は今まさに、一人の怪物によってその歴史を終えようとしていた。



(ふむ? なにやら覚悟を決めたような顔をしているな)

 少女の呼吸は未だ荒く、しかしリズムを取り戻しつつあった。

 そして少女は口を開く。

「は、話をしよう」

 怪物は一瞬面を食らったような顔をし、それから高らかに笑い始めた。

「は、ハハハハハハハハ! ハハハハハハハハ! 話だと!? 今まで誰がオレにそんな提案をした! アイ国の王も! レッキ連合の総統も! このジン国の国王さえそんな提案をしなかった! いいだろう小娘、お前は壁の花になる前にオレにどんな話をする? 聞いてやろうではないか」

 少女はふ、と笑い、こう返した。

「話をするのは私じゃないさ」

「なに?」

 怪物の顔が怪訝に歪む。

「お前は何故人間を襲う、何故国を滅ぼそうとする、そして何故、それを続けるのだ」

「クク、あまりにもつまらない質問だ、だが期待はずれではない……答える前に問い返そう、貴様は何故オレにそんなことを聞いた?」

 深く息を吐き、少女は答えた。

「好奇心さ、今私はここで無様に死のうとしている。 ならば、そうなった理由くらい聞いておいて損はないだろう」

 少女は床に尻を着き、怪物に見下ろされる格好になっている。

 少女の体は震え、その足は体を支えることが出来なくなっている。

「クフ、フ、体を支えるのもやっとの状態でよくそのような台詞が言えたものだ。 答えは単純に、人間が嫌いだからだ。 特に貴族なんかはな」

 少女の問いにそう答える怪物の顔は愉悦に染まっている。

「言わなくても分かるぞ。 次の問いは、『何故そうなったのか』だろう? オレは今とても機嫌がいい、少しばかり語ってやろう」

 怪物がそう言うと、少女は頷いた。

「オレは元は人間の商人だった、幼いころから父と共に商いで世界を回っていた。 世界はとても美しかった、海、青空、風、地平線、星空、そういった様々な自然、そして何よりも人間だ。 人間と人間の作り出すものはどこへいっても、程度の違いはあれどれも美しかった! 建物のような大きなものも、工芸品のような小さなものも、学者連中の書く数式も、何もかもが美しかった! しかしその中にも醜いものは多々あった……それが人間だ」

 いったん言葉を切った怪物は少女を上から下まで舐めるように見た。

 少女は身じろぎもせずその視線を正面から受ける。

「どこへ行っても騙しあい、足を引っ張り合い、同族同士で殺し合い、美しさを踏みにじり、歴史を顧みず、自らを省みない。 独立するまでも人間には嫌気が差し始めていたが、独立してからはさらにそれがひどくなった。 それでもオレは旅を続けた、まだ世界を嫌いになりきれなかった、だが……」

 そこでまた怪物は言葉を切る、その表情から笑みは消えうせ、代わりにその顔には後悔とも憎悪とも取れる表情が浮かんでいた。

「オレはやはり裏切られた」

 搾り出すような言葉だった。

「ある貴族に頼まれた商品を届けたとき、その商人はオレを捕らえ殺そうとした。 どんな思惑があったか、大体の予想は付くが……とにかくオレはすべてを失った。 命だけは助かったが、死んだも同然だった。 山の中を逃げ、食料も尽き、何がなんだか分からないうちにオレは怪物になっていた」

 そこで怪物の表情は凄惨な笑みに戻った。

 薄れていた殺気も元に戻り、少女の体が少しすくむ。

「そこからだ、手始めに近くの村を殺しつくした。 町や村を次々殺しつくし、その領主の街も殺しつくした。 その国を滅ぼした。 なのに! その過程で誰もオレに向かってこようとはしなかった。 オレは次の国を殺しつくすことにした、そして殺しつくした。 それでも! 総力を挙げてオレを迎え撃とうというものは居なかった。 その次の国では議会に忍び込んでみたが、話されているのは不毛な話題ばかりだった。 その国も殺しつくした。 オレは人間が嫌いだ。 最初は他の理由で殺していたのかもしれない、だが今は人間が嫌いだから人間を殺す、人間を滅ぼす……さあ、理由は語ってやったぞ」

「フ、不毛だな」

 少女は蒼白な顔に微笑を浮かべると、壁を支えに何とか立ち上がり――そしてナイフを抜いた。

「ハハハハハ! 益々気に入ったぞ! お前は同類だ、オレには分かる。 色々なことを知り、色々なことを見、色々なことを考え、そして自分を形作った、そして可能性を捨てきれない! お前はオレにそっくりだ、ならば同じものを見られるだろう……共に来ないか? お前に世界を見せてやる」

 怪物の狂笑は深まり、殺気は増し、しかし少女はよろめきながらもナイフを構える。

「随分となれなれしくなったじゃないか、怪物。 私はお前ではない、お前のようにはならないぞ」

 少女の顔には笑みが浮かんでいた。

 その美しい笑みには、恐怖、絶望、諦観のすべてが含まれていた。

 その美しい笑みには、どこか怪物に似た凄惨さがあった。

「そうだ、私はそうはならない、そう思ううちは私達が負けることはない!」

 そう言い、少女は死線に踏み込もうとする。

 怪物はまた花を咲かせるために腕を伸ばそうとし、衝撃と痛みに目を見開いた。

 怪物の心臓に剣が突き立っている。

「が?」

 間抜けな声をあげる怪物の喉を、少女は容赦なく抉った。

「へっ、ざまあ見ろってんだ! 大丈夫か? 姫様」

 少女に寄り添うのは、若い少年だった。

「相も変わらずに不敬だお前は、それにまだ終わっていない」

 少女の言葉に、少年は後ろを振り返る。

 そこには、心臓を貫かれ、喉を抉られたはずの怪物が無傷で居た。

「クフ、ハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハ! 美しい! やはり美しい! お前らは素敵だ、殺してやる! オレが責任を持って滅ぼし尽くしてやる! ハハハハハハハハハハハハ!」

 怪物は狂笑を続けながら殺気を高めていく。

「ありゃー反則だろ……ちゃんと殺したってのによー」

「ならば逃げればよかっただろう、まったくどうしようもない従者だ」

「へいへい、どうせションベンちびりそうになりながら俺を待ってた癖に」

「……あとで覚えて居ろよ」

 会話を終えると、二人は武器を構えた。

 その顔には笑みが浮かんでいた。

 物理的な圧力さえ感じる殺気の中で、二人は笑っていた。

 これから来る死に向けて笑っていた。



 ジンの国が滅んでから一年後、世界の国の半数を滅ぼし尽くした怪物は、ついに勇者によって討たれることとなる。

 滅んだ国々の民は無法の中に法を確立し、力で纏まった集団が小さな国と呼べるものを形成していった。

 多くの民が死に絶え、多くの民が苦しみ、しかしその中で蟲のように蠢く人間も居る。

 世界はこの滅びをも飲み込んで、今日も回る。

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