写真撮影で何がどうなった……?
どうぞ
あの後、お昼を簡単に済ませた俺たちは用意もそうそうに家を出た。あんまり遅くになっても俺たちと同じ目的の学生達で込み合いそうだし、なによりこの姿を他の学生達に見せたくない。
「といっても学校が始まったら見られちゃうんだけどね」
「ん? 何を言ってるんだ?」
おっと、また独り言を無意識に話していたようだ。深く考え込んじゃうと周りが見えなくなるのは俺の昔からの悪い癖であったりする。
「ああごめんごめん、気にしないで」
「ん、そうか」
これもいつものやり取りだ。悠伎はこういう俺の変な所を見てもとがめるわけではなく、気にしないでいつもスルーしてくれる、このやさしさに俺はどれだけ救われたことか……
(といっても、悠伎の場合素でやっている可能性も十分にありえるけどね……」
何故か悠伎は他人の悲しみや苦しみといった負の感情には鋭いけど、感謝や好意といった悠伎自身に向けられる善の感情、特に異性からの好意とかにはとことん疎い。
(こいつの鈍感さはたまに病気なんじゃないかと思うときがあるなあ……)
去年の中三の頃とか告白されたりラブレターもらったりしてたけど、それが好意によるものだと気づいたのが右手で数えられるぐらいしかない。
(その鈍感さに俺は何回苦労させられたか……)
そうやって困った女子がやってくるのは毎回毎回決まって俺のところで、引っ込み思案の俺にはほとんどしゃべったことがない女子との会話は荷が重すぎた。
(今でもあの女子達の視線は忘れられない……)
おそらく話しかけているのにずっと下を向いておろおろしている俺も悪いんだろうけどさ……
「もう過ぎたことだし、今は女だから大丈夫かな……?」
あの時俺が良く相談されたのは、俺が悠伎と同性友達という関係にあったからであって、今の異性友達という関係であればさすがに相談はされないだろう……相談されないよね?
「おーい斎花そっちじゃないぞー、こっちだこっち」
「あ、ちょっとまってよー!!」
そうこう考えているといつの間にか悠伎とはぐれてしまっていたようだ。俺は悠伎を追いかけるために駆け足でもと来た道を戻った。
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カランカラン♪
俺と悠伎が店のドアを押すと、そんな心地よい音とともにドアが開く。
「あれ、店のカウンターに誰もいないね?」
「誰か俺たち以外にも客が来ているのかもしれないな」
店のカウンターに人を置かず客の対応を放置しっぱなしとか店として終わってるし、さすがにそんなことはないはずだ。
「とりあえず誰かいないか声をかけてみるか」
店の人を呼ばないことには俺らは何もできないし、かといってこのまま帰るのは無駄骨を折ることになる。
「すいませーん!! 証明写真を撮りに来たんですけど、誰かいませんかー!!」
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「誰も出てこないね……」
「おかしいな、今日はこの店休みの日じゃなかったはずなんだがな…………」
休みだったらまず店自体が開いてないと思うから間違いなく営業中ではあるんだろうけど……この店は売り上げを伸ばす気はあるんだろうか?
カランカラン♪
と俺がこの店の行く末を心配していたら、心地よい鈴の音色とともに誰かが店の中にはいってきた。もしかしたらこの店の持ち主が返ってきたのかもしれない、そう期待して後ろを振り返ってみると……
「ごめんください……あの、写真……撮れますか……?」
そこにいたのは俺たちと同じ高校の制服、つまり響音高校の制服に身を包んだ女子生徒が佇んでいた。
「ああ、君もその格好でここに来たってことは……俺たちと同じで証明写真を撮りに来たのか」
「あ、は……はい」
その女子生徒は悠伎の質問にしどろもどろになりながらも答えた。わかるよその気持ち、知らないやつにいきなり声をかけられたらしゃべれなくなっちゃうよね、特に異性だとなおさら。
「だけど困ったことに今この店には俺たち以外人がいないだよねえ……」
「え……」
まあいきなりそんなこと言われてもそういう反応になるよね、現に俺たちがなっているからあなたの反応は正しいです、だれかここの店の責任者を捕まえてきてくれ、事情説明を要求する。
「そうだ、ここで会ったのも何かの縁ということで、とりあえず自己紹介といこうか」
なにがそうだちょっとその辺のコンビニ行ってくる的なノリで自己紹介を促しているんだよこのバカ悠伎。自己紹介といえど初対面の人との会話ってのは人見知りやコミュ症にとっては一人で外国に留学する程につらいんだぞ、特に知り合いがいない中での他人の会話ってのはさあ……
「俺は豊中悠伎、俺の横にいるこいつは村宮佐……じゃなかった村宮斎花っていうんだ、君の名前は?」
「え……えっと……ひぅ…………あう……その…………」
ああ、やっぱりうつむいて口元をもごもごさせるだけで、口から漏れ出ている音は言葉として意味をなさないものとなってしまっている。
「全く……悠伎のおせっかいな性格は相手の感情を考えないから困る……」
こいつは俺の時もそうだった。こっちのことなんて省みずで、いくら拒絶してもいくら俺がひどいことを言ったとしても、ずっと俺に話しかけ続けてくれた。そのどこまでも他人を思いやる心と、誰かが困っていると手を差し伸べようとするのは間違いなく悠伎の長所だ。しかし、それと同時に短所でもある。あと俺の名前をこういう場面で間違うのはやめてくださいフォローしきれなかったらどうする。
「ん? どういうことだ斎花?」
「しかも本人全然自覚してないし…………」
悠伎はいつも人気者で、誰彼構わず好意を抱く……というほどではなかったかもしれないが、それでも悠伎に悪い印象を抱く人は当然ながら少なく、周りには誰かしらの人がいた。だから昔の俺みたいな一人でいる事に慣れ、人と話すことを忘れた……はいいすぎかな、人と話すのが苦手な者の気持ちがわからないのかもしれない。
「悠伎、ここは任せてもらえないかな?」
たぶんこの女子生徒もそうなのだろう、なら同じような境遇を知っている俺の方が適任だと思う……ついでに性別も同じだしね、誠に遺憾ではあるけど。
「とりあえず落ち着いて、いきなり話しかけてごめんね?」
まずは軽くさっきの非礼について謝罪をする、悪いことをした後はきっちりと相手に謝る。ここ、テストに出るよ。
「あの……別に気にしてはいませんので……大丈夫です…………」
どうやら不快には思われていなかったみたいだ、よかったよかった。
「それであなたも響音高校の生徒なんだよね? ここの制服ってかわいくていいよね」
「えっと……はい……私もそう……思います」
がっつかずに適当に思いついた話題を振る。いきなり自分のことを話せと言われても話せないだろうし、ゆっくりと相手のペースに話していくと相手も答えやすい……はず。
「まあそんな感じでお……わた……ボ、ボクはこの学校に適当に入ったから悠伎以外に知り合いがいないんだ。せっかく同じ学校に通うんだし、もしよかったらあなたの名前、聞かせてもらえないかな?」
名前を聞くときも強制はせずにあくまで相手の意思に任せる、ちなみに理由は地元じゃなければどこでもいいという理由でこの学校に進学したからあながち間違ってはいない。一人称は……ボクと言うのが精いっぱいだったんだよ…………自分の事を私というのはハードルが高すぎる。
「…………影月陽奈……それが……私の名前……です」
「じゃあ月影さんって呼ばしてもらうね、これからよろしく」
いきなり下の名前で呼ぶっていうのは馴れ馴れしいし、最初はこのぐらいの距離感でいいのだろう。
「その……よろしく……お願いします……村宮…………さん……豊中……君」
こうして俺は高校生活で、悠伎以外初めての友達となる、気弱な少女との邂逅をはたしたのだった。
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「はぁ、やっと終わった~……まさかこんなに時間がかかるなんて思わなかったよ」
あのあと月影さんと一緒に何気ない会話をしながら(といってもほとんど俺と悠伎がしゃべっていたが)店の人を待っていたわけだが、あれから三十分待ってやっと戻ってきた。そのお陰で俺たちが帰る時間は大幅に遅れてしまい、俺が買い物する時間もなくなってしまった。
「まあまあ、そのお陰で写真代もしょっぴいて貰ったんだし良しとしようぜ?」
どうやら店の人がいなかった理由はカメラの急な故障だったようで、急いでいたため店に準備中の張り紙をすることなく修理を頼みにいってしまったらしい。そのため待たしてしまった迷惑量として3割ぐらいもとの値段よりも安くで証明写真がとれた。
「でもそのせいで買い物の時間が少なくなっちゃったな…………」
この前も言ったような気がするが、俺は独り暮らしをしている。そのために晩御飯も自分で作らなければならない。
「帰りにスーパーに寄って行こうと思ったんだけどなあ、この時間じゃもう間に合わないだろうし」
ただいまの時間は四時五十六分、でスーパーのセールが始まるのは五時ジャスト、ここからスーパーまで歩いていくとだいたい二十分から三十分ぐらいかかってしまう。
「ん、だったら久しぶりに俺の家で食うか? 母さんも喜ぶだろうし」
「え? いいの?」
俺が男だったころは週三~五回ぐらいと結構な頻度で悠伎の家でお世話になっていたが、女になってからはまだ一度も行っていない。大体のことは悠伎を通して伝わっているはずだけど、ただでさえ親が家にいない事で迷惑をかけているのに、変に気を使わしてしまうことが申し訳なかった。
「最近斎花ちゃんはこないの? ってずっと言ってるし、晩飯は今から連絡したらひとり分ぐらい何とかなるだろうし、ここは俺を助けると思って、な?」
「あー、じゃあお言葉に甘えようかな」
このままじゃ多分カップ麺コースだし、悠伎のお母さんにはこれからも会うことになるだろうし、ちょうどいいかもしれない。
「そうと決まったら悠枝の家まで競争だー!!」
「あ、おいちょっと待てって!!」
そう言って俺は後ろも見ずに悠伎の家に向かって走り出した、後ろから悠枝の困ったような声が聞こえてきたが、聞こえない振りをして走り続ける。今朝感じていた学校に対する不安は、いつの間にかきれいに消え去っていた。
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追記、悠伎のお母さんは俺が思っていた以上にパワフルでした。何があったかは割合します、俺が恥ずかしいんで…………




