このお店どうなってるの……?
どうぞ
「えーっと、すまんどうしてか理由を聞いてもいいか?」
「実は買い物でお金全部使っちゃって……このままだとお昼が食べられない」
ん? こいつはこんな適当な性格をしているが、一人暮らしをまともにできるぐらいには金の管理はできる。それなのに買い物で後先考えずにお金を使い果たすってなんかコイツらしくないな?
「おいおい、昼飯を食う金すらないないのかよ……」
「アハハ、ごめんその場の流れってやつに身を任せたらそうなってた。」
俺と別れた後何があったんだよ、見た感じいつもと様子は変わらないが……
「その場の流れって……なんか店員にされたのか……?」
コイツは意外と押しに弱いからな、店員の勢いに負けて無理矢理買わされたとかありそうだ。
「いや、最初は店員さん同士で俺に何を着せるかで言い争って放置されて、やっと試着出来ると思ったら今度は俺の下着のことについて注意されて、それが原因で女の子講座が始まって、初めはとある理由で真面目に聞いていたんだけど途中からめんどくさくなって、それで適当に相槌打ってたらこうなった。」
「なるほどな、つまり半分以上お前のせいってわけか」
店員にも非がないわけじゃないけどだいたいコイツが適当に聞き流したのが原因っぽいな、あらかた持ってこられた服全部に買うって相槌打ったことが容易に予測できる。店員よ疑って悪かった。
「えー、俺が悪いのこれ……」
「そりゃどう考えても斎花が聞き流したのが悪い」
こいつはホントに人の話を聞かないな、将来絶対後悔するぞ、このままじゃ。
「これからは肝に銘じておきますハイ、ですからお願いですからお金を貸してください!!」
「ちょっ!? おまこんなところで頭下げんな!!」
ほら見ろ周りの俺を見る視線にどんどん侮蔑の色が混じってきているじゃないか!!
「お願いします悠伎様!! 俺を捨てないでくださいなんでもしますから!!」
「おいこら待て抱きつくな誤解されそうなことを言うな!! そろそろ周りの視線で俺が殺されそうだ!!」
ただでさえ周りの視線から侮蔑はおろか嫉妬や殺気なんてものも混ざってきてるのに斎花の体の柔らかさとかがモロに感じられて色々ヤバイ、コイツは一回自分自身の容姿がどんなのかをよーく理解する必要がある。主に俺のために。
「お願いしますお願いします!!」
「だぁぁぁぁ!! 昼飯ならおごってやるから少し落ち着けぇぇぇ!!」
逆に俺からお願いします斎花さん、本気で人の話を聞いてください。主に俺のために、俺のために!!
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「ふう、御馳走様でした。ありがとうね悠伎、代金はまた返すね!!」
「あ、いや、今回は俺のおごりでいいぞ……」
あの後、あの場所の視線が耐えられなくなった俺たち(ていうか俺)は、コーヒーの代金を支払うとそそくさと店を出て、近くのファミリーレストランで昼食をとることにした。
「え、おごりでいいの? それはそれで何か悪いしやっぱり後でお金は返すよ」
「男の好意には素直に甘えておくもんだぞ、それにいくらかおいしい思いもさせてもらってるしな……」
こいつは女になっても男友達のノリで接してくるから役得な場面が多いこと多いこと。それでもフォローに使う労力を考えると若干お釣りが返ってくる程度だけどな……
「まあ、悠伎がそこまで言うなら……ところでおいしい思いってなに?」
「うん? それは斎花が無防備に抱きついてきたりだとか、それによって柔らかい感触が感じられたりだとか……あ」
ってなに普通に受け答えしちゃってんの俺!? やばいどうにかしてごまかさないと俺が変態っていう不名誉なレッテルを貼られちまう!!
「ふーん……」
「いやこれはそう言う意味じゃなくて……!! えっとその」
ああダメだ何も言い訳が思いつかねえ、斎花の俺を見る目が侮蔑の色に染まって……染まって?
「いやまあ俺も元男だったからそういうのはわからなくもないけどさあ」
あれ? なんかやれやれって感じで見られてるんだが、どういうことだ?
「元男の俺にそんなことされて嬉しいの? むしろ若干気持ち悪がられていないかと心配してたんだけど……」
「……斎花、それ本当に言ってるのか?」
「何が?」
「…………」
こいつ自覚がないとは思ってたけどまさかここまでわかってないとは……一度ちゃんと自覚させとかないとひどい目にあいそうだ、俺も、斎花も。
「はあ……女らしくなったと思ったら仕草とかだけで全然中身が変わってないじゃないか」
あそこの店員はいったい斎花に何を吹き込んだんだよ、外見だけ変えても中身が変わってなかったら意味ないじゃないか……
「…………何の事?」
斎花は俺の言葉の意味が分からずに可愛く首を傾げるばかりである、だからそういう何気ない仕草が男を惑わすんだって、しかも本人には全くそのつもりがないから尚更タチが悪い。
「とりあえずそろそろ店を出るか、長居しても店の迷惑になるだけだろうし。勘定なら払っといてやるから先に外に出ていいぞ」
「本当におごってくれるんだ、ありがと悠伎、またいつかお返しするよ」
そういって斎花は眩しい笑顔をとともに外に出ていく、俺にはその笑顔だけでお腹がいっぱいですよ斎花さん。取り敢えず支払いを済ませるためにレジにいる大学生らしき人の所へ行く。
「合計で千九百九十八円になります…………リア充爆発しろよクソ(ボソ)」
「じゃあ二千円でお釣りを……え?」
なんか物騒な言葉が聞こえたような……? ていうか周りから何か殺気を感じる。
「お釣りの二円になります、お・客・様」
「あ、は、はい」
なんでレジの人そんな威圧するような声でお客様の部分強調して言ってるんだ、俺は何もしていない(はずだ)。
「ありがとうございました」
俺はお金を払って店を出るまでの間、ずっと居心地が悪い視線にさらされ続けた。ほんとに俺が何をしたって言うんだよ……。
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「そういやこの袋相当膨らんでるけど、いったいどれくらい服を買ったんだ?」
ファミリーレストランでお昼を食べたあとの帰り道、荷物持ちをしてくれている悠伎が俺の斜め後ろからふとそんなことを聞いてくる。
「さあ? 俺はほとんどてきとーに頷いていただけだから今着ているの以外何買ったのかはしらないや」
なんかあの時めんどくさくなって店員が何か言うたびに全部頷いていたしなあ、何着持ってこられたのか全くわからない。
「てきとーってお前な……ならこの服全部買うのにいくらかかったんだ?」
「えっとちょっと待ってね……」
俺は行く時に財布の中身がいくらあったかを思い出す、えーっと諭吉さんが一枚に漱石さんが一枚、二枚、三枚……
「……ざっと一万八千円、分くらいかなあ」
「そんなに使ったのかよ!? ってことはこれ結構値が張るもんばっかりなのか……」
そういえば今来ている服もいつもよりか上等な素材で出来ている気が……する、心なしだけど。
「なんか高級な服(多分)を着ていると自分までセレブになった気がするから不思議だよねっ」
そう言って俺は悠伎の方に向き直り、少しかがんでウィンクしてみた。
「どう? これでいいところのお嬢様みたいに見えるかな……」
うん、やってみてなんか今更恥ずかしくなってきた。さすがに今のはなかったかな、悠伎引いてないといいんだけど。
「いや、その振る舞いのどのへんがいいところのお嬢様なんだよ……どちらかと言えばやんちゃでおてんばな困ったお嬢様にしか見えないぞ」
悠伎は少し顔を俯けながら俺の仕草を見てそう言った。ちょっとは引かれるかと思ったけどまさか顔を背けられるレベルだとは……斎花ちゃんちょっとショックなのですよ。
「やっぱり? はぁ……俺にはまだ女らしくするのは無理かなあ」
店員さんにも言われたけど、俺は女らしいっていう振る舞いがいまいちよくわからない。ここは振り向いて投げキッスでもすればよかったのかな?
「そりゃあしょうがないだろ? まだ女にたってそう日数が経っているわけじゃないし、なれないのはしょうがない」
「でも……なんか不安で…………」
「急にどうしたんだ? っていうか昨日自分は男みたいなものだから女らしくはあまりする気がないって言ってたじゃないか」
「それは……そうなんだけど……」
何故だろう? 俺自身はいつか男に戻りたいと思っているし、女になりたいと思っていたわけじゃない。女らしく振る舞えないのは当たり前のはずだ。なのに、落ち着かない、モヤモヤした気持ちが、俺を覆うように包み込んでいく。
「どうしたんだ……? 今日のお前、だいぶ様子が変だぞ?」
「自分でも変なのはわかってる……でも、今日の朝から、落ち着かないんだ……今も、悠伎が俺の一歩後ろを歩いている事ですら……気になっている」
俺の口から、今日思ったことが無意識に漏れ出ていた。
「朝家に入ってこなかったことも、俺といつもやっていた軽いどつきあいがなかったことも、そのあと寝巻きを着替えさせてくれなかったことも…………全部が全部、今まで当たり前だったことが当たり前じゃなくなって……なら、俺がいつもどおりの行動をすれば悠伎も……って思って……」
もう、自分でも何を言っているのかわからない。頭では、あれ? 俺ってこんなに精神弱かったっけ? とどうでもいいことを片隅で考えているのみで、口から流れ出ている言葉は自分の言葉なのに自分自身が全く理解できていなかった。
「…………」
「!!」
その時、悠伎が俺の頭に手を置いた。
「そっか…………」
悠伎はそれだけ言うと、無言で俺の頭を撫で始めた。いつもの調子なら〝子供扱いするなっ!!〟って言っておこるんだけど、なぜか今はそうされるのが無性に心地よかった。
「まあ深く考えなくてもいいじゃないか、まだまだ時間はあるしそう急くことでもないだろ? それに……斎花が佐伯である限り、俺はずっとお前の友達だしさ」
……全く、不意打ちは卑怯なんだぞ悠伎。ダメ、絶対。
「ふう……悠伎には出会った時から助けられてばっかりだね(ボソ)」
「ん? 何か言ったか?」
「ふふっ……なんでもないですよーだ!!」
俺は舌を出しておどけてみせた。確かに悠伎の言うとおりいつまでもウジウジ悩んでいたって仕方ないね。暗い後ろのことなんかより、明るい前のことを考えたほうが楽しいに決まっている。
「ほら!! さっさと家に帰ってゲームでもしよう!! 早く早く!!」
「あ、おい!! ちょっとまてわかったから引っ張るな!!」
俺がこうなってしまった以上、これからの俺と悠伎、いやそれだけじゃなく、俺と周りとの関係は間違いなく変わる、変わってしまうんだろう。周りは今まで二人でいたときには感じられなかった視線を向けてくるようになったし、悠伎は女になった俺に対して遠慮している節がある。
「そっか……俺の感じていた焦燥感は…………今日の悠伎に対する過剰な接触は……」
俺は……それによって僅かに空いてしまった距離を……ズレを、無理やりにでも戻そうとしていた。いつもと違う距離に違和感を感じて、そのまま悠伎が遠くに行ってしまいそうで…………それが嫌で……嫌で……たまらなくて…………
「でも……」
でも、悠伎は言ってくれた。変わらない部分だって……あると。
「なら…………今はそれでいいよね……いつか変わってしまうとしても……今は……この距離に……この心地よい関係に…………甘えてしまっても……」
俺は悠伎の手を引っ張って家まで走っていく。悠伎は相変わらず俺の後ろを走っていたけれど、俺は家に着くまで後ろに振り返ることはもうなくなっていた。




