お買い物でどうしてこうなったんだ……
どうぞ
今、店員さんに連れられて簡単なサイズの測定(服の上からメジャー巻いただけ)も終わり、試着をしているところなんだけど……
「今の村宮さんの手持ちの金額を考えるとこれとこれの組み合わせの方が……」
「ダメよ!! ギリギリまで吐き出させて最高のコーディネートをするのよ!! こんな店の宣伝に貢献してくれそうなモデルなんてなかなかいないわ!!」
「じゃあこれはどうですか!?」
「もっと!! もっと絞り込むのよ!!」
さっきから店員さんたちは話し合ってばかりで俺の事はスルー&放置状態だ、っていうか本人がいる前で吐き出させるとかモデルとか言わないで欲しいなあ……
「あのー、おれ……私の意見は……」
「天海さんそことそこの服とって!!」
「了解です!! ついでにこれとこれとこれも……」
だめだ聞いちゃいない、かれこれ俺放置で15分ぐらいたったんだけど……帰っていいかな? いいよね?
「はぁはぁ……お待たせしましたお客様、さぁこちらへどうぞ」
帰ろうとしたところで店員からお呼びだしがかかった。ていうかよく考えてみたら財布はあっちが握っているから帰れなかった。
「では、こちらの試着室にどうぞ……逃しませんよ(ガシッ)」
痛いです店員さん、そんなにしなくても逃げれませんので安心してください。俺は試着室に入り、服を脱ぐ。もう抵抗しても無駄だと悟ったので流れに身を任せた方が早く帰れそうだし疲れも最小限にすむと思ったからだ。べ、別に店員さんの剣幕に負けた訳じゃないんだからね!!
「さてと……まずはこの服を……てお客様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
取り敢えず店員さんの言う通りに上の服を脱いだんだけど……
「え? なになになにごと?」
俺が服を脱いだとたんになぜか店員さんが悲鳴? 奇声? らしきものをあげる。おいおい人に脱げと言っておいて脱いだら悲鳴ってそりゃひどくないですかね? 俺の体はそんなに見るに耐えないもんなんですかそうですか……
「し……し……下着はどうしたんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「え……いやほらちゃんと巻いてますよ?」
現に胸は見えてないし、ここに来る途中も変な視線は向けられなかったはずだし、何ら問題はないはずだ。
「それは下着じゃなくてサラシッて言うんです!!」
「え? サラシって下着の一種じゃないの?」
なんかのアニメのキャラクターも下着の代わりにサラシをまいていたし、昔の人はよくやっていたらしいし、どこもおかしくはないはず。
「貴方にはまず教育を施さないといけないようですね」
「字面だけでも不穏な感じがするのに口答だともっと嫌な感じがするので慎んで遠慮します。」
この人しれっとちょうきょうとか言いやがりましたよ、やっぱりあの時感じていた嫌な予感は正解だったんだね……はぁ、ついていくんじゃなかった。
「いえ、お客さまは女性としての自覚や常識というものがいささか欠如されているものと思われます。」
「うっ……」
それを言われると辛い。確かに俺は女性の自覚なんて欠片も持ち合わしてはいないし、常識なんて物はほとんど男性としての物だ。これから先、そのことで問題が起こらないとは限らない、いや、朝の騒動を考えると起こってしまうだろう。
「それに、あなたのその無防備さが原因で、もしあなたが事件や犯罪に巻き込まれてしまわれた時、彼はどうするのかお考えになったことはありますか?」
「っ!!」
そんなこと考えたこともなかった。そして考えるまでもなく悠伎がとる行動など手に取るように分かってしまう。悠伎はやさしい、それこそ他人を助けるために自分の身を投げ出すほどに……
「どうでしょう? ここでわたくし共の指導を受けるというのも案外そちらとしても悪くないんではないいと思いますが」
「……そう……ですね」
俺は店員さんのその言葉に反応するのがいっぱいいっぱいだった。何故気付かなかったのだろうか?
こんなにも近くにいたのに、自分の事ばっかりに夢中で悠伎の事自身を頭に思い浮かべたことは少なかったように思う。
「では、受けるという方向でよろしいですね?」
「……………………」
そういえば今朝、奇抜の服装の割には注目されてないなと思っていたけど、それは注目されてなかったんじゃなくて悠木がある程度目線で追っ払ってくれたんじゃないかと今考えればそう思う。やっぱりここは悠伎の負担を減らすために受けておくべきなんだろうな……
「はい……それでいいです」
男のプライドはズタズタにされるだろうが、背に腹は変えられないよね……役に立たないちっぽけなプライドなんて今この場で文字通り店員さんにでも食わせようじゃないか。
「では、これより村宮さんのせんの……じゃなかったちょうきょ……でもなく教育を始めようと思います」
…………なにか男のプライド以外にも大切なものを奪われそうなんだけど……さっきまで言ってる事はまともだったのに。
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「はぁ、斎花のやつ遅いなあ、何してるんだろ」
俺は今、デパートの中にあるカフェテリアで絶賛お留守番中だ。もうあれからかれこれ2時間半ぐらい帰ってこないんだが……何をやっているんだろうか?
「後もう少し待って来なかったらこっちから探しに行くか?」
でも斎花が今いるフロアに俺ひとりで踏み込んでいったらそれこそ社会的地位が抹殺されちまうしなぁ……
「背に腹は変えられないか……でもさすがに社会的地位を犠牲にするほど切羽詰ってはないし……」
万が一ってことはないだろうが、あの店員どことなく危ない雰囲気をまとっていたし、やっぱり心配だなぁ……
「おい……見ろよあの娘……すげーかわいくない?」
「何あのスタイル……モデルさんみたい……」
「腰まで届いた銀髪がすごく綺麗……」
「おい……お前話しかけてこいよ」
「無理だ……俺には高値の花すぎる……お前こそいけよ」
俺がそうやって堂々巡りなことを考えていると、突然店内が騒がしくなった。俺はなんだろうと怪訝に思いつつも自分の考えに没頭する。今は他のことを考えている場合じゃない。
「後三十分……それくらい待って来なかったらこっちから行……」
「ゆ……悠木!!」
「ん?」
すると突然自分の名前を呼ばれた。その声は朝からずっと聞いていたもので、やっと終わったかと思いつつ顔を上げるとそこには…………
「…………あれ?」
おかしいな? 斎花の声が聞こえたと思ったんだけど気のせいだったのか? それにしてははっきりと聞こえたような……?
「ちょっと!! 無視しないでよ!?」
「えーっと……?」
今、俺の目の前には可愛らしいTシャツに薄手のカーディガンを羽織り、デニムのショートパンツと黒のハイソックスを履いた美少女が立っていた。そんな子から斎花の声がした。
「もしかして……斎花……なのか?」
「そうだよ!! なんで気づかないのさ!?」
そんなことを言われても、今朝の姿からはあまりにも違いすぎて同一人物だと特定するのに時間がかかってしまったのだ。腰まで届いた銀色の髪もポニーテールになっており、可愛らしい系の容姿と相まってとても良く似合っている。
「それでえーと……どう……かな自分の服装……? 自分じゃ良くわからないんだけど……似合ってる?」
そう言って恥ずかしそうにはにかみながらこちらに意見を求めてくる。しかし、俺はただただ首を縦に振ることしか出来ない。
「え……う……」
俺はこの時、こいつの姿に釘付けになっていた。いや俺だけではなく、店の中にいた客の人のほとんどの視線をこいつは集めていた。
「……………………」
店の中はしんと静まり返り、俺と斎花は無言で見つめ合う。斎花は俺の返答を待ってるんだろうけど、いい言葉が思いつかない。口から紡がれる言葉は意味をなさず、ただ時間が過ぎていくだけだ。
「なんていうか……うまく言えないんだけど……すごく……綺麗だ……ぞ?」
やっとの思いで発せられた言葉はしどろもどろで小さく、しかも最後が何故か疑問系になっていた。焦りすぎだ俺、こんな調子じゃ斎花も呆れているだろうな。
「あり……がと……」
静まり返った店内では小さな俺の声もよく聞こえたらしく、斎花の小さな返答が帰ってくる。
「そう言ってもらえると……嬉しいよ……すごく……」
えへへと笑いつつそんなことを言う斎花さん。やばい、今は女とはいえ本気でこいつにときめいてしまった。ダメだ、コイツは俺の親友なんだ、邪なことは考えてはいけない。
「それでえーっと、お願いがあるんだけど……」
俺の前で手をもじもじさせつつ上目遣いでそんなことを言うこいつは誰だ? 俺の知っている斎花はこんな表情をしないし、こんな仕草はしない。女になったからといって行動そのものは男の時のくせがすぐになおるわけではなく、見た目と中身や行動はチグハグなままだ。だが、今俺の目の前にいる美少女は姿は愚か仕草や表情、立ち振る舞いまでもが女性のそれであり、俺にはどうも不自然で違和感を感じさせた。
俺は急に様子の変わった斎花に少し身構えてしまうが、このままでも状況は一向に進展しない。それにそのお願いを聞いてからの方が変わってしまった理由がわかりやすいだろうと思い、俺は頷いた。それを見て、斎花が言葉を紡ぎ出した。
「お金を……貸してくれないかな?」
「は?」
その言葉を理解するのに、俺はしばらくの時間を必要とした。




