俺たちの朝はどういうことなの……?
どうぞ
あの後悠伎は明日また俺の家に来ると約束して帰っていった。帰る前にひたすら『斎花は男斎花は男……』とか『いやでも今は女だし……それでも親友に対してこんな……』とか小声でよくわからないことをブツブツとつぶやいていた。いったいどうしたんだろう? 俺は何もしてないような気がするけど……
「…………明日はどうなるかな」
一時はどうなるかと思ったけど悠伎も今の俺の姿を受け入れてくれた。
「フフ……」
俺の口からは自然と笑みが漏れる、それは親友に認められた事が嬉しいのか、はたまた一緒にいられる事が嬉しいのか。
「さて、ご飯にしますか!!」
これからの事は正直まだ不安だ、親友との関係はどんな形であれ変わってしまうだろうし謎の犯人の事もある、さらに元に戻れなかった場合俺は女として生きていかなければならないが、そのような自信は全くない。
心は男のままで体だけ女、そんなアンバランスでチグハグな存在がこの世で生きていける訳がないのだ。
それでも今の俺の心は軽かった、まるで長年背負い続けていた肩の荷が降りたような感じだ。
さて、夕食の献立は何にしようかな~?
夕食も終わり皿洗いなどの片付けも終わった訳だが、俺は今人生の窮地に立たされている。
「えーっと、どうすればいいんだろう……?」
今トイレの前で立ち往生中、しまったこれは全く考えてなかった。もちろんの事だけど俺は女性のトイレの仕方なんて知らない。正直まだ女性の体に慣れていない自分としては勘弁願いたいところだが、トイレなんて人間の生理現象なわけで後回しにするわけにもいかない、そしてそろそろ限界である。
「……よし、仕方がない、腹をくくろう」
そう言って俺は意を決してトイレの中に入った、大丈夫、トイレぐらい男子と女子ではそうは変わらないはず……多分。
「えーっと、まずは立って……違う違う座らなきゃ……それとパンツ下ろさなきゃ……」
なんとか四苦八苦しながらもトイレをする体制になる俺、慣れってものはやっぱり簡単に抜けるものではない。
「んぁ……何か変な感触だなあ」
なんかこう、力が抜ける感じ? いつもと違う感触に違和感を覚えるけど、これも慣れるしかないんだろうなぁ。
「さてトイレットペーパーはっと……て切れてるじゃん、新しいトイレットペーパー出さなきゃ」
前回使い切ったときに補充しとくの忘れてたのか、まあ男はあまりトイレットペーパー使わんしなぁ……
ちなみにトイレットペーパーが切れて取りにトイレから出なきゃならないとか大惨事なんで基本的にトイレの中にある棚の中にしまわれてある、何事も準備は怠るなってね。
「まあ本当に準備を怠らない人間は切れたらすぐに補充するよね……よいしょっと」
ピッ
「うん?」
棚から予備のトイレットペーパーを出そうと腕を後ろに回したんだけど、途中で何か音がしたような?
「ひわわわわわわ!!」
すると突然下から水が掛かり、そのせいで俺は変な奇声を上げてしまった……ていうか何事!?
「ああ……ん……なるほ……ひぅ……ボタンを誤って……んぁぁ……押しただ……あうぅ」
口からは自分のものとは思えない艶めかしい声が出る、なんだか自分の体なのにとてもやましいことをしてしまったようで非常に居た堪れない! それになんだか体がポワポワして浮き上がっていくような感覚が……何かやばそう?
「取り敢えず……んん……止めないと……」
このままじゃこの感覚と罪悪感に押しつぶされそうなので即座に止めることにする。
「これでとま…………ひぃぁぁぁぁぁぁ!!」
しまった、ボタンを押す瞬間に手が震えて止めるどころか強めるボタンを押してしまった、墓穴掘ってどうすんだ俺。
「ちょこれ……ひぁぁ……まじ……で洒落にならな……んぁ……と、止めないと……ひゃい……手が震えてうまく……ああん……誰か助けてぇぇぇぇぇぇ!!!」
それから俺がヘトヘトになってトイレから出てこれたのは5分たってからだった、これからは気を付けないと……もう少しで新境地にたどり着いちゃうところだったよ。
特にその後は何も問題なく寝る時間まで進んだ…………というわけにはいかず、お風呂の時はかなり狼狽した。やっぱり女の体にはまだ慣れていないわけで、体を洗う時や髪を洗うときには苦労したよ……やっぱり男の体と違い、繊細でついいつものように体をゴシゴシとこすってしまったときにはしばらくこすったところがヒリヒリして痛かった。髪も長いためシャンプーで洗うのがとても大変だった。女の子は風呂が長いってのはよく聞くけど、そりゃあ長くもなっちゃうなぁとしみじみ思うよ。
「疲れた……」
そう言って俺はベッドにダイブする、今日だけで様々なことがありすぎて心身共に疲れ、クタクタだった。既に瞳は半分閉じられ、うつろうつろと今にも眠ってしまいそうになっている。
「お休みなさい…………」
俺は襲ってくる眠気に抗わずに身をゆだねた、まだまだ解決していない問題は山のようにある。もしかしたら今日みたいにどうしようもなくなって立ち止まってしまう事もあるかもしれない。だけど俺の心からは今日の朝に感じていたような不安はほとんど消え去っていた。うまく言い表すことのできない、胸の中が暖かくなるような不思議な感情に体が包まれる。
「フフフ……」
この時の俺の表情はすごく柔らかいものになっていたと思う、今日は最高にいい夢が見れそうだった。
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今、俺はさえ……斎花の家の前にいる。昨日あいつからここに来るように言い渡されたんだが、その集合時間は午前十時、でただ今の時間は十時半。最初はなれない体に戸惑って時間がかかってるものだとばかり思っていたが、ここまで待って反応がないとすると十中八九まだ寝てやがるんだろうな。
「インターホン鳴らしても出てこないし、でも勝手に入ったらやばいタイミングで出くわすかもしれないし……」
今までなら遠慮なく入ってたたき起こしてたんだけど、今の斎花をたたき起こしに行くのは気が引ける。やっぱり元男だと分かっていても少しは意識してしまうなぁ。
「よし、もう一回インターホンを押して出てこなかったら中に入ろう。なに親友を起こすだけだ、別にやましいことは何も考えてない」
誰かに言い聞かせるようにして話す俺、本当に他意は無いんだよ、うん。
「親友を起こすだけ親友を起こすだけ親友を起こすだけ他意は無い他意は無い他意は無い」
念仏のように何回も口に出すことで余計な考えを頭から破棄しようとする。落ち着くんだ、親友相手に変なこと考えちゃいけない。
「落ち着け俺落ち着くんだ俺落ち着くとき俺落ち着けばお……」
「おかーさん、あの人家の前で同じこと言い続けているよ? 何してるのかな?」
「しっ、見ちゃいけません、ほら早く行くわよ」
「あっ、待ってよおかーさん!!」
…………子供の純粋さって時には残酷に人の心をえぐるよね……なんか早くも帰りたくなってきた……
「うう……斎花早く出てきてくれぇぇぇ!!」
そう言って俺は斎花の家のインターホンを押しまくる、周りの視線が痛いから早く家の中に入れてくれぇぇぇ!!
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ピンポーン
「うう~ん」
そう言って俺は寝返りをうつ、何か外で鳴っているが気にしない。俺はまだ眠いんだ。
ピンポーンピンポーンピンポーン
「ううん……うるさいなぁもう」
むくりと俺は起き上がる、全く誰だよさっきからインターホン連打してるの、うるさくて起きちゃったじゃないか。
「うー…………お休みなさい」
一瞬対応しようかとも思ったが、眠気には勝てずに再びベッドにダイブする。夢の世界が俺を呼んでいるんだ。
ピンポーンピンポーピンポーンピンポンピポピンポーピンピンポーンピ
「ってうるさぁぁぁい!! 寝れないじゃないかぁぁぁ!!」
さすがにこれには我慢の限界だ、人のインターホンを連打して遊んで、安眠を妨害するのはどこのどいつだ? そいつに一言文句を言ってやろうと俺は玄関まで駆け出した…………今自分の姿がどうなっているのか確認すらせずに。
「誰だよさっきからインターホン連打してるの!! 寝れないじゃないか!!」
「あ、斎花やっと出た…………っておまぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
どうやらインターホンを連打してたのは悠伎だったようで俺が顔を見せるとこっちを見た、するとこっちを見たとたんに奇声をあげながら俺に向かって突進してきて、俺は家の中に押し倒された……何事?
「ちょ、悠伎痛いって……どうしたの?」
「どうしたもこうしたもお前自分のすが…………!!」
今まで俺の上に覆いかぶさっていた悠伎だが、体を起こして俺を見るなり後ろを向いて玄関まで猛ダッシュしたかと思うとものすごい勢いで玄関を閉めた。そんな勢い良く閉めたらドアが壊れるからやめて欲しい。
「えーっと、なんで後ろ向いてるの? 俺何かしたっけ?」
悠伎は玄関を閉め、一度俺の方に振り向いたと思ったら何故かまたすぐに後に顔をそらしてしまった、それも残像が見えるようなスピードで。
「おーい、悠伎コッチ向けー」
「……………………」
俺は悠伎に向かって手をブンブン振りながらそう問いかけるが、当の悠伎はというと無言で頭をブンブンと振りながらこちらに指をさしてきた。俺はその指に従って視線を下げていく、すると……
「……………………あっ」
そこにあったのは俺の寝巻き姿、しかしいつもならきちんと締められているであろうボタンは全開、前は大きく開けられ、胸は半分ぐらい見え、正直相当ギリギリな格好になっている。ズボンはサイズがあまりあっていなかったのか、はたまたさっき走ったのが原因かはわからないが半分ずり落ち、パンツが少し見えてしまっていた。こちらは男物なので自分の容姿と相まってものすごくシュールなことになっていると思われる。
俺は相当寝相が悪い、その上今日の夜は相当暖かかった、その結果が今のこの姿なのだろう。そしてさらに俺は朝に弱い、なかなか起きれないし寝起きは頭が働かない。今までも約束の時間に起きられずに悠伎に起こしてもらいに来たり朝の準備を手伝ってもらうことはしょっちゅうあった。
「あーごめん悠伎……寝巻きのままだった服とってきて」
そんないつもどおりの日常に慣れていたのと、寝起きで思考が止まっていることもあり、俺はなんの躊躇いもなく親友に頼む。その声で悠伎はこちらを向いた、そして俺はいつものように寝巻きを脱ごうと手を服にかけ……
「ってさせるかー!!」
すると、また悠伎が何か声を上げながらこちらに突っ込んでくる。猛ダッシュで俺の前まで来ると服に手をかけている俺の手を握り上に向かって万歳の姿勢を取らせた、俺はまだ眠く思考も働かないため抵抗せずに操り人形状態である。その間に悠伎は俺のパジャマのボタンを直し、ズボンをちゃんと腰まで上げてしまった。どうせ着替えるからこのままでもいいのに……
「と、取り敢えずパジャマのまま顔洗って目覚ましてこい!!」
「えーでもいつも着替えてご飯食べてから……」
「いいから頼むこのとおりだ!!」
そう言うと悠伎はその場で土下座しだした、俺は訳が分からず頭に疑問符を大量に浮かべるが、取り敢えず洗面台に向かうことにした。




