迷子の鳥が肩に乗った日
およそ一年と三か月ぶりのエッセイとなります。
しばらくは家庭の事情(結婚・育児など)で中々思うように時間が取れず文章を書く時間もありませんでしたが、最近は子供の方の就寝前のミルクがようやく無くなったうえ朝までぐっすり寝てくれる事が多くなり時間的に余裕が出来はじめ、鈍った筆を取り戻す為のリハビリとして久しぶりにエッセイを書こうかなと思い立った次第です。
そして今回のエッセイの内容はタイトルでほぼネタバレしてますが、迷子の鳥を保護した話となります。 今思い返してみても不思議な出来事でした。
――あれはちょうど四か月前、私が仕事で九州に一泊二日の出張へ赴き、二日目の午前中に仕事を終わらせて直帰で帰宅して間もなく、時刻は十六時を少し回った頃。 時節は二月末でまだ肌寒く、その日は天候も優れておらず出張先では朝から曇天で、地元に帰ってきても曇り空は続いており、家に着いた頃には雨がしとしとと降り始めていました。
私は玄関先で配偶者と子供に迎えられたあと、出張用に持参していた仕事道具やら現地で購入したお土産やらをリビングで整理し、仕事道具は会社に持って行かなければならず、それらを纏めたあと再び家を出て玄関先に停めている通勤用のバイクの荷台の中にそれらを積み込み、その日は金曜だったので来週からまた仕事を頑張らなければなと思いつつ家に入ろうとした時、突然どこからか聞いた事の無い甲高い動物の鳴き声のようなものが耳に聞こえてきたのです。
最初は何かの野鳥の声かなと思っていたのですが、私は鳥が好きで近所に生息している野鳥の声はほぼ把握していたので、すぐにその声が近所の野鳥の声でない事が分かり、たまたま珍しい迷鳥(天候不良などの都合で生息地でない地域に一時滞留する渡り鳥などの総称)でも近所に来たのだろうかと、ちょっと心を躍らせながら鳴き声のする方角へ歩いていき、そうして鳴き声のしていた他家の裏庭の柵の上に、その子は居ました。
遠目からでも分かる濃緑の体毛と羽根、長い尾羽に黒っぽい顔、サイズ感は三十センチ前後という視覚情報を得て「あ、この子野鳥じゃない、飼い鳥だ」と、ほぼ確信。
なぜそれだけの情報でほぼ確信出来たかというと、日本の野鳥で住宅地に現れる鳥にそのような特徴を持つ鳥はおらず、色合いやサイズ感でいうとブッポウソウという野鳥がやや近しいところはありましたが、その野鳥は個体数が少なくかなりレアな野鳥なうえ、鳴き声も「ゲッ、ゲッ」というカエルのような低い声なので選考から外れたという次第です。
そうしてその子が飼い鳥という事をほぼ確信して、恐らく飼われていた家から何かの拍子に逃げ出してしまった迷子の鳥なのだろうと推断はしたものの、その子が居たのは他家の敷地内の柵の上で、当然勝手に進入する事も出来ませんから、どうしたものかと思いつつ一先ずその場でその子から目を離さないよう注視していました。
すると、その子も私の存在に気が付いたのか、元々居た柵の場所から少しだけ飛び立って私の居た方角に向かってきたのです。 向かって来たとは言っても、いきなり私のもとに飛んで来た訳ではなく、様子を窺いつつ少々飛び立ってはやや前進して徐々に柵を伝って私のほうに近づいてくるというような、ちょっと警戒混じりの接近という感じでした。
その子がそうした警戒心を持つのも仕方がない事で、飼い鳥は基本的に外の世界を知らないまま家の中で生涯を終えるもので、いきなり安全な家の中から危険極まりない野外に飛び立ってしまえばどれほど強く賢い鳥でも臆病になったり警戒心を強く持ってしまう事は仕方の無い事なのです。
恐らくその子もそうした理由で警戒心は強く、しかし自身をじっと見ている私の存在が自分を助けてくれるかもしれない存在である事を確かめるようその子もこちらをじっと見つめ、控えめに飛び立っては徐々にこちらに向かって来て、という行為を何度か繰り返し、その子と私との距離は確実に縮まっていき、そして私は駄目押しで先ほどその子が発していた鳴き声の物真似を見様見真似で行って間もなく――私にも予想だにしない出来事が起こりました。
なんと、その子がその場から勢いよく羽ばたいたかと思うと真っすぐこちらに飛翔してきたのち、私の左肩に乗っかってきたのです。
飼い鳥の飼い主への肩のりはとりわけ珍しいものではありませんが、よもや迷子の鳥が、しかもまったく見ず知らずの私の肩に乗って来たという事実は私に驚倒を齎すのには十分過ぎる出来事でした。
それから驚きもほどほどに、私は私の肩に乗って来たその子の種別をウロコインコだと断定したのち、「迷子になったの?」や「大丈夫だった?」と声掛けをしてあげ、もちろん返答などは返って来るはずはありませんが、その子は私の首元にぴったりと寄り添いつつ「ギュ、ギュ」と甘え鳴きのような反応をしていたので、私は「あぁ、この子はいきなり外の世界に放り出されて不安で寂しくて仕方なかったんだろうな……」と心を痛くしつつ、でもこうしてこの子が私を信頼してくれたのだから、今度は私がこの子の為に動いてやろうと思い立ちました。
その子を肩に乗せた場所から私の家までは徒歩十数秒といった近距離だったのですが、万が一にその子を驚かせてしまい再度飛び立たれてしまっては保護も難しくなる事を懸念し、念には念を入れてその子に刺激を与えないよう声を掛けつつ牛歩よろしくゆっくりと家へ向かって行き、そうして玄関前に付いてから「お家に入るよ」と声掛けをし、その子もすっかり私の事を信頼し切って微動だにしなかったのですんなり家の中にも入る事が出来ました。
そうして玄関を閉め切り、この子が逃げる心配が無くなったのを確認したのち、私はリビングの戸を開け、ちょうど夕飯を作っていた配偶者を「大変大変っ」と呼び止めて簡単に事情を説明。 配偶者も動物は好きだったので、迷子の鳥が居た事自体には驚いていたものの、ウロコインコの存在自体にはそれほど驚いておらず、むしろ興味津々に観察していました。
それから配偶者がその子を観察しているうちに「なんか寒そう?ちょっと弱ってる?」と伝えてきて、なるほど先程まで外に居て外気温がほどほどに低かったのであまり気にならなかったのですが、暖かい室内に入ってから改めてその子の足から体温を感じてみると、ひどく冷たくなっている事に気が付いたのです。
それもそのはずでした。 時節は二月末、外気温は15℃前後、おまけにその日その時間帯は小雨が降っており、成鳥ならば10~15℃の寒さにも適応すると言われているウロコインコですがそれはあくまで室内の話であって、いつから迷子になっていたのかは判然としませんが短時間であろうと外気温の低さに加えて小雨にまで打たれてしまえば体温は奪われる一方です。
だからこの子は先ほど外で私の肩に乗ってから必要以上に私の首元に寄り添っていたのかと納得しました。 人間の首元はとても温かいですからね。
ひとまずその子の体温がある程度戻るまで私も下手に動かずに私の首元からその子に体温を与え続けていると、私の体温と室内の暖かさで体温が高まって来たのか、徐々に動きが活発になるウロコインコさん。 私の首元から離れて私の肩を行ったり来たりと、元気が出て来たようでした。
次に私は、きっとお腹も空いていただろうし喉も乾いていただろうという事で、家で飼っていた文鳥のご飯を袋から少々取り分けて小皿に入れてからその子に与えてみると予想は的中、皿に入れられたご飯をしばらくのあいだ黙々と延々と食べ続けていました。 そのあとしっかりお水も飲んでいたので、少なくとも一時間以上は迷子になっていたものかと推察。
鳥は天敵に襲われるなどの万が一の際に素早く動けるよう食い溜めはしない一方、飛翔したり体温を維持する目的で非常にエネルギーを消費するので短い間隔で定期的に食事を摂っていなければエネルギーを確保出来ない生きものです。
しかし人の飼育下で育った鳥は当然野外で食事を摂る術を持ち得ないので、どれだけお腹が空いても食事にあり付けず、多くの場合、迷子の鳥は長くとも数日中に命を落としてしまうでしょう。 それだけ鳥の食事というものは彼らの生存の為に重要なものであり、必要不可欠なのです。 その生存の為に重要な行為が一時間以上も断たれていたという事は即ち、鳥類にとって死に近づいているも同然だという事は――理解に難くないでしょう。
そうして一頻りご飯を食べ続けてお腹も満足したのか、ウロコインコさんはまた私の肩に乗って暖を取り始めました。 ご飯を食べてエネルギーが補充されたのか、足もすっかり温まっていました。
そして私はウロコインコさんが一人でご飯を食べている時に気付いた事が一つあって、その子の右足には足環が付けられていました。 恐らく個体認識や繁殖個体である事の証明などの理由でブリーダーが付けていたのだと思います。 外でこの子を見かけた時点で飼い鳥だという事はほぼ分かっていたのですが如何せん100%ではなく、しかし足環の存在によって改めてこの子が飼い鳥である事が完全に決定付けられたので、次にする事はこの子の飼い主を探す事でした。
家庭で飼われていたペットが逃げ出して迷子になった場合、そのペットは遺失物扱いとなり、それを保護した人が拾得者になるので、今回こうしたケースでペットを保護した人は、警察に届け出なければなりません。
当初、私はこのシステムを知らず、SNSやネットサイトの迷子の鳥センターなどでこの子の情報を闇雲に探していましたが何の手がかりもなく、そうしているうちに私とは別に色々と調べてくれていた配偶者が「迷子のペットを保護した場合って警察に届け出るみたいだよ」と教えてくれて、さっそく警察に電話し、簡単に事情を説明。 今は別件に回っていて人手が足りず、終わり次第家まで伺いますという事で、しばしウロコインコさんの相手をしつつ私自身も夕飯をつまみながら警察の方を待ち、ほどほどにご飯も食べ終えたころ、ようやく警察の方が訪問してきたので玄関先で対応。
警察の方は二人居て、「これにその鳥を入れて来てくれますか」と鳥籠を私に差し出し、私はその鳥籠を受け取ったあと一旦家に入り、リビングに居たウロコインコさんを鳥籠の中へと誘導。 知らない鳥籠だと警戒して中に入ってくれない飼い鳥も少なくはない中、存外すんなりと中に入ってくれたので一安心し、「向こうは寒いだろうけど頑張ってね」と簡単にお別れの挨拶をしたあと改めて玄関先へ。
鳥籠を一人の警察の方に託し、もう一人の警察の方にウロコインコさんを保護した状況を詳しく説明。 その時に私の肩にウロコインコさんが乗って来た事を話すと、警察の方は「えぇ?そんな事があるものなんですか」とひどく驚いた様子で、鳥好きの私ですら俄かに信じがたい出来事だったのに、普段鳥と関わりのないであろう警察の方がその出来事を信じられないのも無理はなかったでしょう。
そうして事情を話し終え、警察の方は私の話した内容を書類に纏めつつ「もし、万が一に飼い主が見つからない場合、拾得者であるあなたがその鳥を受け取る事が出来ます。 受け取らない場合は保健所へ連れて行く事となりますが、どうしますか」と聞かれ、正直私はこの問いの返答にとても迷いました。
と、言うのも、前述した通り私の家には既に文鳥が居た事(二羽)、中型インコを飼育するには初期投資含め相応の費用がいる事、当時1歳未満だった子供がいた事など、そのウロコインコさんを引き取るには様々な問題が立ちはだかっていた事も相まって、当初私はこの問いに対し「……引き取るのは少し難しいので」と答えてしまいました。
しかしながら、ここで私の脳裏に一つの懸念が過りました。 万が一に飼い主が見つからず、私がウロコインコさんを引き取らない場合、その子は保健所に連れて行かれると言っていました。 行き先が保健所という事は、最悪その子は殺処分扱いになる可能性があるかもしれないと、思ってしまったのです。
警察の方はまだ書類か何かを纏めていたようでした。 だから私は「……あの、先ほどの引き取りの話、一度家族と話し合ってきても良いでしょうか」と訊ね、警察の方は快く「ええ、どうぞ」と言ってくれたので、私は一度家に入り、配偶者に先の内容を伝え、その子をどうするか話し合いました。
当初はやはり配偶者も、先に私が想像していた問題の数々を引き合いに出し、引き取るのは難しいんじゃないかという考えでした。 しかし私が「もし保健所に連れて行かれたら、あの子は殺処分になるかも」と伝えたら、配偶者は「それはちょっと可哀相だよね……」と先の考えを改め、もう一度話し合った結果『万が一の場合はウロコインコさんを家で引き取る』という方向に決まりました。
私もいち鳥好きとして、様々な問題はあれどその最悪のケースだけはどうしても避けたい強い思いがあったので、配偶者がそう決断してくれたのは私にとって一種の救いのように思えました。
そうした話し合いを経て、私は再度玄関先に出て警察の方に先の内容を伝えると「ならばもし飼い主が見つからなかった場合はまた追って連絡しますので連絡先だけ教えてください」と言われ、私が連絡先を伝えたあと警察の方は帰っていきました。
そうして、迷子の鳥を保護した事と、人生で初めて警察の方にお世話になった(良い意味で)という慣れない対応と、出張の疲労も相まって、リビングの椅子に掛けた途端にどっと疲れが来てしまい、今日は風呂に入ったら早めに寝ようと心がけ、配偶者と子供のお風呂を待っていた最中に最寄りの警察署から電話が来ました。 警察の方が帰ってから三十分後くらいの時間だったと思います。
私は電話に応答すると、遺失物係(確かそのような名前だったような覚え、曖昧です)の女性からの電話で、「〇〇(私の苗字)さん、先ほどの鳥さんの件なのですが、飼い主さん、見つかりましたよ!」との事。 どうやら飼い主の方もあのウロコインコさんが脱走した時点で警察に届け出ていたらしく、私がその子を保護し警察に遺失物として提出していたおかげでスムーズに飼い主の元に戻せたようです。
私はその話を聞いた途端に疲労も吹き飛んで「飼い主さん見つかったんですか!良かったです!」と電話の方に嬉々として伝え、それから遺失物係の女性から「飼い主さんの方から拾われた方へのお礼などもあるかもしれないので、飼い主さんの方にそちらの連絡先をお教えしてもよろしいですか」と聞かれ、特にお礼を欲している訳では無かったのですが、かと言って連絡先を教えず飼い主の方の厚意を無下にするのも少々気が引けた(私が逆の立場なら必ず相手の方にお礼を言いたかった)し、何よりあのウロコインコさんのその後の体調などを飼い主の方に聞きたかったので、その旨を了承。
「では飼い主さんの方に連絡先の方をお教えしておきますので、もし電話が掛かってきた場合は対応の方よろしくお願いします」という事を伝えられたあと、改めて遺失物係の女性から今回の件についてのお礼を言われ、通話は終わりました。
それから約一時間後、私がお風呂に入っている時に私のスマートフォン宛に電話が掛かってきました。 ひょっとしたら私のお風呂中に先方から電話があるんじゃないかという懸念から脱衣所にスマートフォンを置いていたのが功を奏し、コールが鳴り止む前に通話に対応。
プライバシーの関係で相手方の詳細はここでは書きませんが、今回私があのウロコインコさんを保護し警察に届け出てくれていた事に対する感謝と、ウロコインコさんが家で元気にしている事を伝えられ、あれから無事に警察の方から飼い主の方にウロコインコさんが届けられていた事が改めて分かり、勝手ながら私まで嬉しくなってしまいました。 そうしてほどほどに通話も終了し、私は再度湯舟に浸かりながら一日を振り返りつつ、様々な事に想いを馳せました――
色々と大変な一日だったけれど、私の行動一つが迷子になったウロコインコさんや飼い主の方の為になって良かったという達成感。
あの子が飼い主の家に帰ってから満足行くまで食べ慣れたご飯を食べられただろうか。 暖かい部屋で冷えた身体を十分に温められただろうかという行き過ぎた心配。
もし、私があのタイミングであの子を保護していなければ、最悪あの子はその日の夜に命を落としていたかもしれないという恐怖と、無事保護出来て良かったという安堵。
もし、飼い主が現れずに私の家であのウロコインコさんを引き取っていたら、私の生活はどんな風に変化していたのだろうという、既に分岐を通過した、ありもしない未来。
――そうした想いを馳せつつ、身も心も温まった私はその日、翌日の朝までぐっすりと眠りました。
迷子の鳥を保護した話はこれで終わりです。 その日は本当に大変な一日でしたが、今となっては私の良い経験と思い出として脳裏に刻まれています。
ちなみに余談ですが、私の人生が終わる前に叶えたい夢の一つに『野鳥が肩に乗ってくる』というものがありましたが、今回の件で私の肩に乗って来たのは飼い鳥だったので厳密には野鳥では無かったものの、半分私の夢が叶ったものとして、密かに満足感を抱いております。
さて、久しぶりのエッセイだったので長々と書いてしまいましたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。
皆さまも、もし迷子のペットを見かけて無理なく保護できる環境にある場合は、保護したのち警察に届け出てあげてください。 迷子のペットも、飼い主も、お互いの再開を心より待ち望んでいます。




