A Foresighting Amber Lens
『4月13日(金) 日誌担当者名:天野虎白』
放課後。
最後の最後まで後回しにしていた学級日誌にペンを走らせながら、僕は決死の覚悟で…いや、それは嘘だな。怠惰に諦観の念を抱きながら、口を開いた。
一つ、お前に物申したいことがあるんだ。
ファンタジーの物語に予知能力者が出てくるなんてことはもはや日常茶飯事なこの世の中。予知能力という言葉を知らない人はそう多くないだろう。
でも残念なことに、誰もその予知能力について正しく理解している人はいない。
創作される予知能力者は皆一様に、間違った能力を植え付けられているんだ。
だから、僕は言いたい。
予知能力の正しい性質を。
覚えておいて欲しい。予知能力というのは、いわば天気予報のような、死刑宣告のようなものなんだ。
「…何が言いたいのかよくわかんないんだけど」
向かいの席に座る僕の親友が、呆れたように口を開く。
僕の真摯な説明は、バッサリと切り捨てられた。
「…つまりはね湊。僕が言いたいのは、未来ってのはどうにもならないもんなんだってことなんだ」
うなだれるようにして、僕は言葉を紡ぐ。
「?どうにもならないって、なんでだ?見えるんなら行動に移せば良いだろ?何か変化が訪れるように」
不思議そうに首をかしげながら、湊は言う。
「それはできない。いや、できないはちょっと違うか。やったあとの未来なんだ」
「やった後の未来?」
「そう。正確には、『能力を使ってその出来事に見舞われると知った後、何かを変えようと色々行動を尽くした結果上で訪れる未来』なんだ。まぁ、定義よりも具体例を話した方が多分わかりやすいかな」
一度椅子に座り直して、姿勢を正す。
「あのさ湊、小学四年の頃、放課後にお前がクラスのやつと喧嘩して、はさみで服を切られたことがあったよな」
「あぁ、あったな。余計に頭にきて、その後何度も殴り返したっけ」
「実は僕、その日の朝には、お前がはさみで服を切られることは、わかってたんだ」
「は?まじかよ。なんで止めてくれなかったんだよ」
「もちろん止めようと思ったよ。止めるために行動もした。湊、お前がはさみで切られたとき、あいつはどこからはさみをとりだしたか覚えているか?」
「?そうだな…確かえっと………あ、」
気がついたみたいで何よりだ。
「そうだ。あいつは、僕の机からはさみを取り出して、お前の服を切りつけたんだ」
言葉を失ったのか、湊は何も言わずに見開いた目で僕を見た。
「あいつがお前の服を切りつけると知って、僕は朝のうちにあいつのはさみを僕の机の中に隠して置いたんだ。でも、喧嘩になったとき、癇癪を起こして暴れたあいつが、なりふり構わず近くのものを投げつけようとした結果、一番近くにあった僕の机に、手が伸びたんだ」
僕は構わずに、話を続ける。
「僕の机の上には何も置かれていなかったから、適当に中にあるものでも使おうとしたんだろうな。そうして手を突っ込んだら、なんの示し合わせか、そこにはあいつのはさみがあった」
「っ…」
湊は体をこわばらせる。
「他にも、学校に行く途中で近所でよく会う犬に噛まれる未来を見て、怖くなってその日はいつもとは違う道を通ったことがあった。その道はいつもの通学路よりも遠回りだから、さっさと行こうと思って走ったんだ。そうしたら、曲がり角からその犬が出てきて、危うくぶつかりそうになったんだ。結局そのせいで、驚いた犬に思いっきり足を噛まれた」
「…」
「逆になにも抵抗しなければいいんじゃないかと思って、ある時カラスの糞が頭に落ちる未来が見えても、そのまま何にも抗わずに歩いたことがあった。でも、無意味だった。それならそれで、普通に見えたとおりの未来はやってきた」
あの時はほんと嫌な気分だった。
「こういうことなんだ、湊。僕は未来が見えたところで、何にも出来やしない。確定された未来を見せられて、はいこれからこうなりますよとを予告を受けるだけなんだ。自由意志なんかない。天気予報で明日が雨だと知ったところで「じゃあ晴れにしようか」なんて出来やしないように、死刑宣告を受けて確定したら、どうあがこうが死ぬように。どれだけ望んで願ってもがいたところで、見えた未来は変わらない。いつだか、お前は言ってたよな。俺はいつも泰然自若としててむかつくって。別にもともと冷静な性分だからってわけじゃないんだ。達観?諦観?なんて言うのが正しいのかわかんないけど、とにかく、ただ全部知ってるから驚かないだけ」
湊は、変わらず黙りこくっていた。
仕方が無い。突然、なんの脈絡もなくこんな話をしたのだ。湊が怖くなるのも当然だろう。
「こんなこと、急にごめん。信じられないってことはわかってる。もともと信じて貰いたいと思って話したわけじゃないし。僕はただ、どうしても湊には知っていて欲しいと思って、」
「信じるよ」
突然、僕の言葉を遮るように湊は言った。
「…えっ、ほんとに?」
「あぁ。正直その、すんなり話を受け入れるっつうのは無理だけど。でもお前の話だからな。それに、こういうのはやっぱり信じてこそ親友ってもんだろ。嘘だなんて言わねぇよ」
こちらを見る、真面目そうな、深刻そうな顔。
大口を叩いておきながら、やっぱり怖いんだな。手も震えてる。
「…あははっ!!」
僕は耐えきれなくなって、つい声を出して笑った。
「なっ、なに笑ってんだよ。真剣に話してるっつうのに。ったく…」
真面目に話していたのが恥ずかしくなったのか、湊は顔を赤くしながら、でも笑顔を見せた僕に安心した様子だった。
「てか、なんでいきなりこの話をする気になったんだ?今まで黙ってたのに」
湊はすっかり気が抜けたのか、気楽そうに問いかけてきた。
緊張が解けたところ申し訳ないが、本題はここからなんだ。
「実は今朝、未来が見えたんだよね」
「?何の未来が見えたんだ?」
僕は顔を上げて、まっすぐ親友に向き直る。
「どうやら今日、僕は親友に殺されるらしいんだ」




