第4章 中編 「形だけの再出発」
次姉は結婚後、慣れ親しんだ地元を離れ、都会へ移った。
友達も知り合いもいない土地。
環境になじむのに、かなり苦労していたらしい。
姉の夫は仕事が忙しく、帰りも遅い。
家事の大半は姉ひとり。
ほぼワンオペでの妊娠・出産生活だった。
姉から聞く話と、その状況を想像するだけで、胸が詰まった。
さらに、姉は妊娠糖尿病も患っていたという。
食事管理。
体調の制限。
慣れない都会生活。
孤独な育児。
心も体も、すり減っていったのだろう。
姉の出産は間近に迫っていた。
私の第二子はすでに生まれていたから、
姉の子が加わる日もすぐそこだった。
子ども同士は同学年になる。
それを想像すると、ほんの少しだけ楽しみでもあった。
そんなある日、姉が出産した。
無事に生まれた子ども。
安堵した。
けれど、私は第二子を出産したばかりだった。
育児と祖母の後始末の日々は、変わらない。
授乳やおむつ替え。
ひと段落したかと思えば、すぐ泣く。
抱いて、あやして、寝かしつける。
休む暇はなかった。
そして――
姉が倒れた。
後から聞いた話では、
仕事から帰宅した姉夫が、赤ちゃんの隣で倒れている姉を見つけ、
慌てて救急車を呼んだという。
姉は入院。
その間、母が赤ちゃんをこちらに連れてきて世話をすることになった。
私は家事の合間に、ミルクを作ったり、
子どもを抱っこし、
寝かしつけを見守る程度のサポート。
日常の負担はじわじわと増えていった。
さらに追い打ちのように、姉夫の税金滞納が発覚した。
給料は差し押さえられ、生活は立ち行かなくなった。
姉は義実家に相談したが断られ、
一度は離婚を考え、赤ちゃんを連れて実家に戻ってきた。
けれど話し合いの末、離婚はしなかった。
姉夫婦と赤ちゃんは、こちらの地元に戻ることになった。
住む場所を探さなければならない。
父が知人に頭を下げ、古い借家を見つけてくれた。
透析中で体力が落ちているはずなのに、
父はリフォームや掃除にも動いた。
私は乳児と幼児を抱えながら、手伝わざるを得なかった。
汗と埃。
荒れる手。
洗い物をするたびに、ひび割れに痛みが走る。
子どもを抱く手も、カサカサだった。
この少し前、私はもうすぐ二歳になる第一子と、生後二ヶ月の第二子を抱えながらパートを始めた。
叔母たちがちょくちょく来ることで心は休まらず、家でばーちゃんに手出しされるより、保育園でプロに見てもらうほうが安心だった。
保育士さんの優しい声や手に触れられている間、子ども達が安全に守られていると実感できる。
そのわずかな時間が、私にとって唯一の逃げ場だった。
家に閉じこもっていたら、ばーちゃんに攻撃的になってしまいそうで、自分でも怖かった。
じーちゃんとばーちゃんの家に入る前は、社会の一員として働く自分がいた。
仕事を辞めて家に入った途端、
自分の世界がここで終わってしまう気がした。
社会から切り離され、ただ家事と育児、介護のループに押し込められる自分――その孤独と閉塞感は、胸をぎゅっと締めつけた。
だから、私は夫に相談した。
「少し外に出たい。働きたい」と。
夫は黙って頷き、同意してくれた。
どうせ落ち着かないなら、少しでもお金を稼ぎに行こう――そう思った。
子どもを預ける短い時間でも、心がほんの少し自由になり、自分を取り戻せる感覚があった。
いずれ家を建て直すためにも、自分の居場所を確保しておきたかった。
夜、子ども達を寝かせたあと。
やっと座れる、その一瞬だけが、わずかな休息だった。
借家生活は、一見落ち着きを取り戻したように見えた。
でも――
姉家族の金銭感覚。
生活力への不信感。
胸の奥に、黒いモヤが静かに積もっていく。
「この家族、この先大丈夫なんだろうか」
根拠はない。
でも、嫌な予感だけが消えない。
父は言った。
「困っているんだ。助けてやらなきゃならないだろ」
その言葉は正しい。
でも私は、
“助ける側”に当然のように含まれていることに、
小さな息苦しさを覚えた。
母も姉や赤ちゃんの世話に奔走する。
そして、私のことも手伝おうとする。
ありがたいはずなのに、
頼まれると断れない自分に、疲れていく。
夜。
子どもを寝かせたあとの静かな部屋。
やっと息を整える。
でも朝になれば、
家事。
育児。
祖母の後始末。
そこに、姉家族の不安定さまで重なっていく。
同じ日常の繰り返しの中で、
胸の奥に黒い感情がゆっくりと積もっていった。
怒りではない。
名前のつかない、じわじわと広がる不安や重み。
それが、ゆっくりと。
確実に。
私の中に広がっていった。




