第3章 後編 「いつまで続くのか…」
出産後も、生活は休む暇なく続いた。
授乳、オムツ替え、洗濯。
掃除、食事の準備、買い出し、片付け――
一日の終わりに「やっと終わった」と思っても、
翌朝にはまた最初から同じことが始まる。
出口のない迷路のような毎日が続いた。
ばーちゃんの排泄の失敗は増え、
トイレの後は着替え、洗濯、掃除を繰り返す。
洗濯機は、最低でも3回まわす。
ばーちゃんのもの、自分たちのもの、じーちゃんのもの。
家の空気には、甘い赤ちゃんの匂いと、焦げやアンモニアの生活臭が混ざっていた。
息をするだけで、疲労が体の奥に沈んでいくようだった。
座って抱っこさせる、ただそれだけのことが毎回一苦労だった。
私の子どもは雑に扱うのに、いとこの子は丁寧に抱く。
そのたびに、
――くそババア、と心の中で毒づく。
お盆や正月には、親戚が集まった。
多いときは四十人近く。
料理は持ち寄りでも、家としても大皿を何種類か用意する。
紙皿や紙コップを準備しても、醤油皿は陶器の皿、汁物はお椀。
結局、私は台所から離れられない。
自分が作ったご馳走も、みんなのご馳走も、冷めてからか、余り物だけ。
集まりが終わる頃に皿を運んでくれる人はいる。
けれど洗うのは、いつも二、三人だった。
洗い終えて居間に戻ると、
テーブルにはまだ料理皿がずらりと並んでいることもあった。
数年後――
いとこが結婚し、
じーちゃんとばーちゃんに挨拶に来た。
その後の親戚の集まりで、叔母の一人が言った。
「あっちの家の近くに住んじゃってるの。取られちゃった」
空気が止まった。
人の旦那をこっちに呼び寄せておきながら、
自分の子どもがそちらに住めば文句を言う。
しかも、その本人の前で。
何日も、胸の奥がざらつきが消えなかった。
授乳を終え、寝かしつけたあと、
二階の寝室でほんの少し息をつく。
そのたびに、焦げた匂いに気づいて駆け下りる。
鍋の中身は真っ黒。
「危ない!」
「やめて!」
「やけどする!」
「いいかげんにして!」
何を言っても、ほとんど届かない。
お願いしても、叱っても、脅しても、
空焚きは、どうしても止まらなかった。
じーちゃんと一緒にお茶を飲む時間だけが、わずかな安らぎだった。
「あれでもいいところもあるんだよ」
じーちゃんはそう言い、
昔話の最後には、「どうもな」「ごめんな」「ありがとう」どれか言っていた。
その言葉に救われた。
でも、何かが軽くなるわけではない。
赤ちゃんの寝顔を見つめながら、
洗濯機の回転音を聞く。
ぐるぐると回る音。
終わったと思っても、また最初に戻る。
私の毎日も、同じだった。
家事も、育児も、介護も。
何かをやり遂げた感覚はない。
ただ、今日も乗り切っただけ。
ふと、思う。
私はいつから、
「ありがとう」を期待しなくなったんだろう。
私はいつから、
「助けて」と言わなくなったんだろう。
誰かに分かってほしいのに、
分かってもらえると思えなくなっていた。
夫は朝7時に出て、夜11時過ぎに帰ってくる。
疲れて帰ってきても、今日あった出来事を聞いてくれる。
私の愚痴も、怒りも、涙も、黙って受け止める。
それでも、解決するわけではない。
この家に入ったせいで、通勤時間は大幅に伸びた。
それでも文句ひとつ言わない。
私はその姿を見るたびに、
申し訳なさと、やり場のない怒りを同時に抱えた。
誰も悪くないけれど、誰も助けてくれない。
夜9時。
部屋を暗くしないと文句を言われる。
「9時には寝なさい」
叔母は言う。
「9時に寝るのは普通だよ」
普通って、何だろう。
夜11時に帰ってくる夫がいる家で、
9時に寝るのが普通なのだろうか。
授乳をしながら、暗い部屋で天井を見つめる。
私はこの家にいる。
自分で選んで、ここにいる。
それなのに。
少しずつ、何かが削れていく感覚があった。
優しさかもしれない。
希望かもしれない。
自分らしさかもしれない。
まだ壊れてはいない。
でも。
ひびは、確実に入っていた。
私はまだ、この先に何が待っているのか知らなかった。
家を継ぐということの本当の重さも。
家族という言葉の、裏側も。
この頃の私は、
「これが一番つらい時期だ」と思っていた。
でも――
本当に苦しいのは、
まだ先に待っていた。




