第3章 中編 「どうしても届かない」
第一子を出産した後も、生活は何ひとつ変わらなかった。
妊娠中に張ってつらかったお腹は、出産後は、疲労でさらに重く感じられた。
夜中、焦げた鍋をこすりながら、涙がこぼれたこともあった。
体を休める余裕は、ほとんどなかった。
二人分だった生活は、四人分、五人分へと増えた。
洗濯、食事の準備、買い出し、片付け。
そこに授乳とオムツ替えが加わる。
育児と家事と介護は、すべて同時進行だった。
ばーちゃんはまだ自分で動きたがり、台所に立とうとする。
けれど火を止め忘れたり、鍋をかけたまま部屋を離れたりすることが増えた。
焦げ臭い匂いが二階に届くと、授乳を中断して、赤ちゃんをそっと寝かせ、階段を駆け下りる。
鍋は真っ黒だった。
「危ないから」
「やけどするから」
「子どもが死んじゃったらどうするの?」
何度言っても、ほとんど響かない。
結局、後始末をするのは私だった。
干していた私のセーターを、ばーちゃんが着ていることもあった。
「それ、私のだけど」と言うと、
「私のだ」と言い張る。
少し高級な石鹸や化粧品も、いつの間にか減っている。
小さなことなのかもしれない。
でも、自分のものが自分のものでなくなる感覚は、
じわじわと心を削った。
子どもを抱っこさせる時も同じだった。
「座ってからじゃないとダメだよ」
毎回そう言う。
それでも、立ったまま抱こうとする。
ある日、いとこの赤ちゃんが来た。
「座ってからだよ」と言うと、
「分かってるよ」と言い、素直に座って抱いた。
立ち上がろうともしなかった。
私の子どもの時とは、まるで違った。
その瞬間、胸の奥が熱くなる。
――くそババア、と思ってしまった。
後日、ばーちゃんは「素直に抱っこさせてくれない」と叔母に愚痴を言ったらしい。
私は事情を説明した。
危ないから止めているだけだと。
それでも返ってきたのは、
事情を聞き切る前の、軽いひと言だった。
「好きに抱っこさせてあげなよ」
胸の奥がすっと冷えた。
危ないから必死に止めているだけなのに。
ばーちゃんの一言も、忘れられない。
「家政婦が来たから楽になった」
笑いながら、私に向かってそう言った。
冗談のつもりだったのかもしれない。
でも、私は笑えなかった。
その瞬間、思った。
ばーちゃんにとって、
私の役割は、孫でもなく、跡取りでもなく――
ただ、都合のいい存在なのかもしれない、と。
そのときは、ただ苦しかった。
でも今思えば、あれは怒りだったのだと思う。
授乳を終え、縁側に座る。
ぬるいお茶を飲む。
じーちゃんといる時だけ、呼吸が少しだけ深くなる。
それでも。
何を言えば届くのか、分からなくなっていた。
この頃、夫は朝7時に家を出て、夜11時過ぎに帰ってくる日々だった。
夜9時までに部屋を暗くしていないと、祖父母から「9時には寝なさい」と文句を言われる。
叔母からも、「9時に寝るのは普通だ」と言われる。
この家に入ったことで、通勤時間が大幅に伸びたのに、と。
私はため息をつく日々だった。
赤ちゃんの授乳やオムツ替えの合間に、家のルールに縛られ時間に追われる。
夫も私も、心の余裕はほとんど残っていなかった。




