父とじーちゃんから学んだこと
昔から、手伝いを頼まれるのは私が多くて、「なんで私が?」と思うこともありました。
でも、父の仕事を手伝いに行ったとき、お小遣いを貰えたり、食堂でのお昼ごはんとして普段は食べない外食が嬉しかったり。
姉たちがいない、父や母との貴重な時間も、どこか特別に感じていました。
じーちゃんの畑仕事を手伝ったときは、採れたてのトマトやキュウリの味に感動しました。
あのときの経験から、私は学びました。
頼まれることの多さに不満を抱く自分もいるけれど、同時に手を動かすことで得られる小さな喜びや、誰かと過ごす時間の大切さに気づけるということを。
父もじーちゃんも、言葉ではあまり伝えませんでしたが、背中や日常の行動で
「人を思いやること」
「責任を果たすこと」
「小さな喜びを大事にすること」
を教えてくれました。
そして、父の最期もまた、教えてくれました。
残念ながら看取ることは出来ませんでしたが、家族を守ろうとしていた背中と存在感が、心に強く刻まれました。
じーちゃんの、最後に握り返してくれた手も同じです。
呼吸器を付けてとても弱っていましたが、とても温かく、力強く握り返してくれたあの手は、「家を頼むぞ」という責任と愛情を伝えてくれていました。
だから、読んでくださっているあなたへ伝えたい。
誰かのために動くことが、辛く感じる時もあるかもしれません。
それでも、手を動かすことで、新しい気づきや心の成長がある。
それは、誰かのためだけではなく、自分の心を育てる時間にもなるのです。
そして、過去の私へ。
あの頃は、本当に毎日が必死で、泣いた夜も、怒りで胸がいっぱいの朝もあったよね。
でも、よく頑張った。
手を動かし、心を削りながらも、家族を守ろうとしてきた。
その一歩一歩が、今のあなたを作っています。
もし、また同じことが起きたら――
きっとまた悩み、揺れ動くかもしれない。
もう無理して全部背負い込まなくていい。
過去の経験が教えてくれたように、「家族だから」と言われても、自分や子どもたちを守るために距離を置く選択もできる。
今は、こうして静かに日々を過ごし、子どもたちと笑い合い、家族の小さな時間を大切にすることに感謝している。
昔も今も、手伝ったり、支えられたりした小さな時間が、私の力になっている。
庭の草を抜いたり、お茶を入れたりする一つ一つが、かけがえのない宝物だ。
父とじーちゃんが教えてくれたことは、目に見える形ではなくても、確かに私の中で生きています。
その力は、どんなに静かでも、私の心を支え、前に進ませてくれる力です。
そして未来に同じ状況が訪れても、過去の自分を思い出し、守るべきものを見極め、揺るがない心で立ち向かっていけると思います。
その学びを胸に、これからも少しずつ、自分を整えていきたい。
昔も今も、手伝ったり、支えられたりした小さな時間が、きっと私の力になっている。
だから今日も、静かに一日を味わおう。
そして、読んでくださったあなたへ。
小さな手や背中、日常の中で感じる宝物を大切にしてください。
それは、どんな困難の中でも、あなたを支え、前に進ませてくれる力になるはずです。
どうか、自分の一日を、少しだけ大事にしてほしい。
これからも、小さな時間を大切にしながら、
穏やかに、少しずつ、歩いていきたい。
最後に一つだけ。
忙しい毎日の中でも、時々は自分を甘やかす時間を。
こっそり食べるお菓子のような、小さな幸せも、心を支える大切な力になる。




