第2章 後編 「そうか……ありがとう」
「やるなら、俺も一緒にやる」
その言葉を聞いても、私はすぐには動けなかった。
決めるのは、私だったのだ。
まずは、夫の両親に話をした。
継ぐかもしれないこと。
姓が変わる可能性があること。
生活の拠点も変わること。
反対された。
当然だと思った。
息子が背負う必要のないものを、背負うことになる。
しかも、問題を抱えている家だ。
義両親は静かに、でもはっきりと言った。
「やめておいたほうがいい」と。
私たちは何度も足を運んだ。
家の状況。
じーちゃんの想い。
私の迷い。
夫の覚悟。
時間をかけて、少しずつ話した。
簡単には納得してもらえなかった。
それでも時間をかけた末、義両親は言った。
「そこまで考えているなら、止めない」
背中を押されたというより、覚悟を見届けられたように感じた。
次に、父と母に伝えた。
父は、少しほっとした顔をした。
けれど、その奥に消えない影があった。
自分は出た家だ。
うまくいかなかった家だ。
その家に、娘が入る。
安心と、拭いきれない罪悪感の両方を抱えているように見えた。
母は心配そうだった。
「大丈夫なの?」
母もまた、四姉妹で家を出た長女だ。
家に縛られなかった側の人間。
だからこそ、私が戻る選択をすることに戸惑いもあったのだと思う。
母の表情にも、罪悪感がにじんでいた。
止めなかったことへの迷い、守ってあげられないもどかしさ――両方が混じっていた。
そして最後に、祖父母に伝えた。
じーちゃんは、感慨深そうに言った。
「そうか……ありがとう」
そして、夫に向かっても頭を下げた。
「よろしくお願いします」
その声は、しみじみとしていた。
長い間、家を守ってきた人の声だった。
自分の代で終わらせることにならなかった――その安心がにじんでいた。
ばーちゃんは何も言わなかった。
じーちゃんの願いだから、と受け入れた。
でも表情は硬かった。
本当は嫌だったのかもしれない、とぼんやり思った。
そして親戚にも報告の場があった。
叔母たちは口々に言った。
「よろしくお願いします」
「年寄りと住むのは大変だよ」
「跡取りが決まってよかったね」
歓迎されているようには見えなかった。
それでも。
私は、家を継ぐと決めた。
最初に相談されてから、もうすぐ2年。
ようやく返事をした。
胸の奥では、子どもを持てる時間には限りがあるという焦りが、常にくすぶっていた。
この決断を先延ばしにできない現実もあった。
夫の通勤時間が今よりずっと長くなることも分かっていた。
本当は嫌だっただろうと思う。
それでも、彼は迷わず覚悟を示してくれた。
二人で背負う覚悟を持てたことが、少しだけ心を軽くした。
でも、責任の重さは変わらない。
家族だから、守るべきものがあるから。
その日、私は静かに覚悟を胸に刻んだ。
そして少しずつ、未来へ踏み出していく自分を感じていた。
街灯の揺れる光を見ながらふと、
こんなことを思った。
「いつか、私が遊んでいたあの公園で子どもと散歩できるかな」
未来の小さな夢を心に描く。
まだ現実は遠い。でも思い描くだけで胸の奥がほっとした。
静かに布団に身を沈めると、
私の耳には部屋の外の風や雨の音。
遠くで通りを歩く人の声も、少しずつ安心を運んでくれるようだった。
この先、迷うことや悩むことはあるだろう。
でも、二人で決めたこと。
守るべき家と家族があること。
それだけが、確かな光だった。
――そう思うことで、私は前に進もうとしていた。




