第16章 「少しだけ」
合同法要からしばらく経った、平日の夕方だった。
姉夫婦がやってきた。
その日、夫は仕事が休みで家にいた。
これまでの経緯は、すべて共有している。
居間に座ると、姉が言った。
「50万、貸してほしい」
単身赴任の仕事を辞めたらしい。生活費が足りない、と。
私は言葉を探した。
この時、弟から半年間受け取っていた20万円が終わったばかりだったことを思い出す。ローン返済のために渡されたはずのお金は、生活費に使われ、ローンは変わらず残っていた。その話を聞いていた私は、少しだけ複雑な気持ちを抱えていた。
この時、姉家族は私たちが遺産をもらって余裕があると思い込んでいたようだった。
しかし実際には、葬儀費用や庭の整備でほとんど残っていなかったし、この先の子どもたちの進学費用も控えている。
だから、50万という金額を出すことは、心情的にも 無理だった。
その前に、夫が答えた。
「50万は無理です」
はっきりと。迷いなく。
私は少し、息をついた。
一人だったら、どうだっただろう。
すぐに断れたかどうか、自信はない。
姉は黙った。それで終わるかと思った。
けれど、少し間を置いて言った。
「食べるものもなくて」
さらに、
「ガソリン代もなくて」
声は強くなかった。責めるでも、泣き落とすでもなく、ただ“困っている事実”を置くように。
どうしても借りたかったのか。それとも、情に訴えたかったのか。私は判断できなかった。
空気が重くなる。
それでも、夫は繰り返した。
「50万は無理です」
それ以上は言わなかった。
姉夫婦は、帰る準備を始めた。
玄関先で靴を履き、外に出る。
車に向かう背中を見ながら、胸がざわつく。
子どもたちの顔が浮かぶ。
私は夫に言った。
「子ども達が可哀想だから……一万だけ渡したい」
夫は少しだけ考えて、うなずいた。
「それなら」
私は台所に戻り、財布を開いた。
一万円と、家にあった日持ちする食料品をまとめて手に取る。
紙幣を指先で軽く押さえると、その重みが単なるお金以上のものに感じられた。
覚悟の重みだった。少しでも生活の助けになれば、という思いが心の奥にあった。
小走りで外に出る。
車のエンジン音が、いつもより大きく、鼓動と混ざって胸に響く。
窓を叩くと、姉が開けた。
私は一万円と食べ物を差し出す。
「これだけしか出せない」
姉は受け取り、泣きながら言った。
「ありがとう」
涙がこぼれていた。
その顔を、私はまっすぐ見られなかった。
かわいそうだと思ったのか、情が動いたのか、それとも自分の後悔を少しだけ軽くしたかったのか――分からない。
ただ、“完全には断れなかった”という事実だけが胸に残った。
少しでも生活の助けになれば、という思いからだった。
夫は玄関先に立っていた。
何も言わなかった。止めもしない。
でも、その沈黙が重かった。
二か月後、一万円は返ってきた。法要の香典も一緒に。
「当日忘れてた」
軽い口調だった。
私は心の奥で少し驚いた。
弟や私が貸したお金が返ってくるとは、正直思っていなかった。
あの涙は何だったのだろう、と一瞬思う。
でも私は何も言わなかった。安心したかった。まだ大丈夫だと。
けれど同じ月に、また言われた。
「また少し、貸してほしい」
“少し”――その言葉が胸にずしりと響く。
また一万円を渡した。
ほんの少しだけだった。
負担も、我慢も、ほんの少し。
でも、その“少し”は確実に積もっていく。
夜、夫が言った。
「これ以上続いたら、壊れるよ。こっちが」
静かな声だった。怒りではなく、事実。
私は何も言い返せなかった。
違和感は、棘ではなくなり、静かに心の奥に亀裂を刻んでいた。
その頃の姉夫婦の生活では、仕事や保育園の送迎も母に頼るのが“当然”だった。
姉夫が単身赴任から戻り、新しい仕事を叔母夫の紹介で決めたときも、雨の日の送迎は母が担った。
弟がそのことに怒り、送迎はしなくなったが、当時はこうした“当然の前提”が日常の一部として回っていた。
それでも私は、まだ切っていない。
“家族だから”――その言葉が、まだ私の中に残っていた。
少しだけ。
その小さな行為が、胸にどんな重さを残すのか、私はまだ知らなかった。




