第13章 前編 「深夜の知らせ」
本日、第13章 前編・後編 の2話投稿しています。
夜中、枕元でスマホの着信音が鳴った。
暗闇に浮かぶ画面には、老人ホームの名前。胸がきゅっと縮んだ。夜中の電話はたいてい良くない知らせだ。直感的に、胸の奥がざわつく。体が冷たく震える。
画面の文字を確認し、声が震えながら通話ボタンを押す。
「◯◯さんが居室内で心停止の状態で発見されました」
言葉は短くても、その重みは凄まじい。心の整理をつける暇もなく、私は体を起こしてじーちゃんを揺り起こす。近所に住む母も呼ぶ。眠気と寒さで動かないじーちゃんを促し、三人で夜の道路を車で走る。
冷たい風が頬を刺し、エンジン音だけが静寂の中で響く。窓越しに流れる街灯の光も、普段ならほっとするものだが、今は胸を締め付ける冷たい光に見えた。
老人ホームに到着すると、救急車の中で心臓マッサージが行われていた。
機械による圧迫の様子に、骨が折れないかと心配になる。
救急隊員の動きは正確で整っているが、逆に私の心を突き刺す。搬送されるばーちゃんを見つめながら、無力感と焦燥が胸に押し寄せる。どうすることもできない恐怖が、身体全体を覆った。
救急車の後を着いていき、搬送先の病院へ向かう間、母以外の叔母たちにも連絡を入れる。
病院の白く冷たい廊下を進むと、静まり返った空気が足音を吸い込み、呼吸を数えるしかないような重さで体にのしかかる。救急処置室のすき間から見える医療スタッフの動きが、逆に心の痛みに拍車をかける。
結局、ばーちゃんは助からなかった。
亡くなったという現実が、胸にのしかかる。悲しみや涙の前に、虚脱感と、やらなければならないことの重みが先に襲ってきた。まだ整理がつかない心を抱え、私は次の指示と作業に従うしかなかった。
葬儀の最終判断はじーちゃんが行うことになったが、実際の準備の多くは私が担当することになった。
斎場とのやり取り、祭壇の手配、親戚への連絡。
供花や香典の整理、書類の準備。
細かい作業が次々に押し寄せ、休む暇もない。
手を動かしながらも、心の奥で悲しみが静かに波打っていると、後になって気づく。
納棺と通夜は、亡くなってから九日後。
葬儀と火葬はさらに翌日、十日後だった。
それまでばーちゃんの遺体は、じーちゃん、夫、私、そして第一子・第二子が住む家にあった。家の中に、静かに横たわる祖母の姿。
普段の生活音が静まり返り、家の中が、張り詰めた糸のように緊張している。子どもたちは普段通りに振る舞おうとするが、何となく距離を置き、声を潜める。
遺影の写真を叔母が「四十代の頃の写真にしたら?」と提案したが、私は反対した。年齢の差もあり、雰囲気が今の亡くなった祖母と乖離しすぎるのだ。
結局、十年ほど前、曾孫を抱いている写真に決める。柔らかく笑う祖母の表情が、家族の記憶に自然に結びつくように思えた。
さらに、通夜前日には叔母たちが家に泊まることになった。斎場が宿泊できないためだという。
「泊まるけど、いいよね?」という軽い声に、内心で息を飲む。疲労と緊張で限界に近い中、ほんのひと言でも胸に重みを感じる。
気遣うのは、いつも私だけなのだろうか。
なぜ私はすべてに神経を払わなければならないのか——その思いが頭をよぎる。叔母たちは最後に家族水入らずで過ごしたいと言うが、私の負担が増すことに変わりはない。
夜の静かな家の中で、私は淡々と手を動かす。香典の整理、祭壇への花の配置、書類の確認。感情を挟む余裕はほとんどない。
目の前のことに集中することで、心の奥底に潜む悲しみや不安は、後回しにせざるを得ない。やらなければならないことが現実を押し広げ、感情を押し込める。
深夜から続く一連の作業の中で、私は疲労と焦燥、虚脱感に体を支配されながらも呼吸を整える。心臓が早鐘を打ち、手のひらが冷える。けれど手を止めるわけにはいかない。
祭壇の花を整え、書類を確認するたび、少しずつ「終わらせなければ」という覚悟が胸に積もっていく。
この夜、私はやるべきことを一つずつこなし、家族のために動くしかなかった。
悲しみや疲労は心の奥で波打つ。でも、表面には淡々とした行動しか見せられない。
深呼吸をひとつしても、胸の奥に残る重さは簡単には軽くならない。それでも、少しだけ、心の中で力が抜ける瞬間があった。やるべきことに没頭している間だけ、悲しみを少し遠ざけられた。




