第12章 前編 「ほころびの予感」
本日、第12章 前編・後編 の2話投稿しています。
結婚17年目のある時期、姉家族はまだ実家に居候していた。
父が亡くなったあとも、同居生活は変わらず続いていた。
姉夫が勤め先で大きなミスをし、腰痛を理由に長期休職していた頃のことだ。
その職場は、もともと私が働いていた会社で、姉夫婦を紹介したのも私だった。
「また問題か……」
胸の奥に重苦しさが広がり、ため息が漏れた。
紹介した手前、気まずさと責任感もあった。
弟から聞いた話だ。
以前から、弟の財布の残高が合わないことがあった。
自分の思い違いじゃないかと何度も確認した後、弟が母と姉に問いただすと、姉は軽く「借りた」と答えただけだったという。
相談でもなく、事後報告のような一言に、私は胸の奥がざわつくのを感じた。
「これが、家族としての感覚なのか……?」
思わず心の中で呟く。
怒りや悲しみというよりも、胸の奥のどこかが冷たく震える感覚だった。
さらに、姉の第一子から弟へ無邪気に尋ねたことがあった。
「いつこの家出ていくの?」
姉はそれを注意することもなく、笑って流した。
居候の立場で言っていいことではない。
子どもが自分たち家族は居候だと知らなかったとしても、叱らずに済ませる姉の態度に、私はどうしても違和感を抱かずにはいられなかった。
家庭の空気は、少しずつ、静かに、しかし確実に重くなっていく。
テレビの音、階段を上がる足音、お盆の食器が触れ合う音さえ、気の抜けない生活音に変わった。
誰も目を合わせず、誰も声を出さない。
母も弟も、言葉を交わすことを避け、ただ呼吸を整えるだけの時間が続く。
そのころ、私は家計のことも少しずつ理解していた。
母が欲しがっていたものがあったが、高齢のためローンは組めなかった。そのために、姉が母の代わりにローンを組んでいた。
しかし姉家族から家賃・光熱費代わりに入れていた3万円を入れなくなった。
食材を買ってきてくれる量も減った。
ローンの返済もきちんとしているか分からず、家計にも少しずつ影響が出ていた。
母は声を上げることもできず、申し訳なさと不安を胸に押し込めていたのだろう。
「母のためにしてくれたのに……どうしてこうなるの?」
胸の奥で小さくため息をつく。
そんな中で姉夫は、仕事を退職することになった。
紹介した職場で、しかも私が知る会社で、また一つ、重荷が増えた。
家の中の空気はさらに重く、私の心も少しずつ沈んでいく。
弟は、家族としての責任を背負い続けていた。
長年我慢してきたが、財布の件、姉第一子の言動、母を思う気持ち——少しずつ積み重なった不安と怒りが限界に達しつつあった。
その姿を見て、私は胸が痛むと同時に、弟がようやく行動に出る日が来るのかもしれない、と少し期待した。
リビングの時計の秒針が刻む音。
階段を昇り降りする微かな足音。
それさえ、胸の奥をざわつかせる。
弟の小さな動きや母の沈黙を見つめながら、私はどうすることもできず、ただ息を整える。
家族の空気は、静かに、しかし確実に変わっていく。
怒りや失望が胸を押し、でもその中で、弟が踏み出す瞬間を私は待つしかなかった。




