第10章 後編 「見送り」
夜が明け、数日が過ぎた。
元々、仏間の無かった実家には、線香の匂いがうっすらと染みついていた。
空気は重く、どこか湿っているように感じる。
冷蔵庫の低い唸りだけが、やけに大きく聞こえた。
母は何度も同じ場所を拭いていた。
拭かなくてもいい棚を、ただ静かに。
誰も父の名前を口にしない。口にしたら、本当にいなくなってしまう気がして。
通夜の準備は淡々と進んでいった。
参列者の確認、会葬者への連絡、弔花の手配。
弟と母が中心になって動き、私は補助的に動くしかなかった。
心の中はまだ、父が家に帰った朝の光景で止まっている。
無言で家に戻ったあの早朝。空っぽの家。現実だけが、静かに居座っていた。
通夜の日、親族が集まった。
父の遺影の前に立ち、そっと手を合わせる。
菊の花の青い匂いが、鼻の奥に残る。
実家で納棺の儀が行われ、父が棺に納められていく。
棺の中の父は、静かで、穏やかだった。
男性たちが父を霊柩車へと運ぶ。その背中を見ながら、私は立ち尽くしていた。
パァーン、と。
霊柩車のクラクションと共に父が出発した。
式場に移動すると、メモリアルコーナーが設けられていた。
旅行の集合写真、遊園地で笑う父、子どもと乗り物に乗っている姿。
水族館のときは、歩くのがつらくなってきたからと車椅子に乗っていた。
写真の中の父は、どれも笑っていた。
こんなに元気だったのに。
時間は、どうしてこんなにもあっけなく切れてしまうのだろう。
棺に納めるものについて話し合ったとき、皆で手紙を書くことにした。
結婚前に心配をかけたことへの謝罪、昔のグチや恨み(笑)、そして「これから頑張って生きていくから見ててね」という思いを、便箋5枚にぎっしりと込めた。
大人になってから、父に書く初めての手紙だった。
子どもたちも手紙を添えた。
「じいじありがとう」と文字を書き、家とじいじの絵を描いた。
文字も絵もシンプルだけれど、その純粋な気持ちは、大人の長い文章に負けないくらい温かく、胸に染みた。
翌日の葬儀。
線香の匂い、読経の低い声、蝋燭の炎が揺れ、影が壁に映る。
子どもたちの手を握る。
小さな手が、ぎゅっと力を込めてくる。
私はその手を握り返すしかなかった。
棺に花を納める儀式が始まる。
封をした手紙を、棺の中にそっと置く。
もう読まれることはない。
それでも、書かずにはいられなかった。
白い花をそっと置き、父の手に触れる。
冷たいはずなのに、なぜか温もりの名残があるような気がして、指先が離れなかった。
火葬場に着く。
炉の前に立った瞬間、空気がひやりと変わった。
扉が開き、白い内側が現れる。
「最後のお別れを」
両手を合わせる。言葉は出ない。
扉がゆっくり閉まり始める。重い音が響いた。
ガタン、と。
その瞬間、小さな声がした。
「じぃじ、バイバイ」
振り向くと、息子が涙をこらえながら手を振っていた。
母が抱きしめる。
私は何も言えず、娘の肩にそっと手を置いた。
扉は完全に閉まり、そこには白い壁だけが残った。
火葬場は人数制限があり、参加できる人数が限られていた。
幸い、父の娘たちの家族まで入ることができた。
控室で待つ時間は長かった。
御斎弁当はとうに食べ終え、誰も味の話はしなかった。
紙コップのお茶は冷め、湯気はとっくに消えている。
数時間後。
骨になった父と向き合う。
その時、葬儀社から「骨壺は男性にお願いしています」と告げられた。
重いからだという。
弟は喪主として位牌を運ぶ。
母は遺影を持つ。
長姉は陰膳、次姉は花束。
そして私、実子としてここにいるはずなのに、骨壺を持つ役は一切与えられなかった。
母が同居しているからと指名し、次姉の夫が骨壺を運ぶことになる。
胸の奥でむかつきがじわりと広がる。
葬儀社の説明も理解できる。骨は重く、力のある男性が適任。
それでも、疎外された実子としての感覚は消えなかった。
私は静かにその場に立ち、ただ事実を見守るしかなかった。
骨壺は無言で運ばれ、家に戻る。
父の椅子だけがぽつんと残っていた。
窓の外から光が差し込み、静まり返った空気が漂っていた。
父の椅子にかかっていたコートも、いつもの新聞も、もうそのままではない。
間に合わなかった自分を悔やむと同時に、母と弟がしっかりと看取った事実に、ほんの少し安堵も感じる。
悲しさと虚しさが胸の中で交錯していた。
その後、墓の建立について話が進む。
費用は長姉、次姉、私がそれぞれ30万円ずつ負担し、足りない分は弟が出すことになった。
居候している姉も出せるのなら、弟への借家時代の借金は、既に返済済みだろうと思った。
誰もその話題には触れないまま、決まっていく。
墓の場所、石の形、刻む文字。
すべてが淡々と決まっていく。
父の死を整理するように、そして父を忘れないために、形として残すために。
父のことに関しては、これで一応、きれいに終わったはずだった。
そう思いたかった。
でも、人生はそんなにきれいには終わらない。
それを知るのは、もう少し後のことになる。
朝の光が差し込む実家の座敷。
座椅子の背もたれに残る、わずかな凹み。
湯呑みはそのまま棚に置かれている。
いつも聞こえていた咳払いも、テレビの音量を上げすぎる声もない。
父が座っていた場所には、もう誰もいない。
悲しさと虚しさが交錯する。
胸の奥がじわりと痛む。
父を見送り、手を合わせた。
その事実だけが、静かにそこに残っていた。
座椅子の背もたれに残る凹みを見つめながら、私はそっと深く息を吸った。
父はいないけれど、家の空気は少しずつ、
前に動き始めている気がした。
悲しみはまだ胸の奥にある。
それでも、この静けさの中で、私は少しずつ歩き出せそうだった。




