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第9章 前編 「……は?」

本日、第9章 前編・中編・後編 の3話投稿しています。

ばーちゃんが施設に入ってから、庭でバーベキューをしたことがある。


父は体力がなく手伝えなかったが、それは仕方がなかった。

母、姉たち、夫、弟、私は、買い出しや火起こし、焼き係、後片付けまで、それぞれ動いた。


次姉は準備は手伝うが、片付けの途中で家に戻り、昼寝をしていた。


次姉夫は子どもたちと鬼ごっこをしていた。

遊んであげているつもりだったのかもしれない。

でも、大人の準備や後片付けに加わることは、ほとんどなかった。


気づけば、動く人と動かない人が決まっていた。

私は、当たり前のように動く側だった。


次の日のコンロとテーブル、折りたたみ椅子の水洗いも、いつも私だった。


それが決まりだったわけではない。

ただ、そうなっていた。


一度、私は爆発したことがある。

その後、長姉家族は片付けまで手伝うようになり、翌日水洗いをする事はなくなった。


けれど、次姉は相変わらず、片付けの途中で家に戻り、昼寝をしていた。


次姉の旦那は、準備も片付けもほとんど加わらなかった。


「仕事だから」と言われたこともある。

でも、仕事が休みの日も、変わらなかった。


庭で子どもたちにプールを出したこともあった。


汗だくになりながら一人で準備をして、水をためる。


姉の子どもにも声をかけた。


見守りながら、姉は時折席を外した。


片付けは、やはり私だった。

それも、特別なことではなかった。


ある日、姉が、少し照れたように、でもどこか誇らしげに言った。

「妊娠した」

その言葉は、思ったより軽く、空気に浮かんだ。

一瞬、意味が入ってこない。

頭の中で反芻して、ようやく形になる。

二人目。


「……は?」

声にはならなかった。

喉の奥で止まる。


母が「あら」と小さく言う。

姉は嬉しそうに笑っている。

その笑顔を見ながら、私は静かに数えていた。


ここに住み始めて、何年目だろう。

6年。


6年、働いている。

生活は、形の上では回っていた。


それでも、ここにいる。


そろそろ出る話があってもいいのではないか。

そんな問いが、胸の奥に浮かぶ。


けれど出てきたのは、

「妊娠した」

という報告だった。


喜びより先に、計算が走る。

部屋は。

生活費は。

これから先は。


第一子のとき、姉は姉の旦那と二人で、ここから離れた場所に住んでいた。

私は話を聞くだけだった。

手を出したわけでもない。出せる余裕もなかった。


けれど、姉が倒れたあと、入院とその後の療養期間、子どもは実家に預けられた。

母と父が日常を抱え直すのを、私は横で見ていた。

私はほとんど関わっていない。

それでも、両親が関わることになった流れは覚えている。


姉は免許を持っており、定期検診は自分で通っていた。


病院は車で一時間の距離にあった。


姉の旦那は、免許を持っていない。

だから、病院へ行く足はいつも母になる。


「ちゃんと診てもらわないと」

姉は言う。

それは正しい。


でも私は、その先を考える。


入院の日は。

退院は。

手術の当日は。


きっと母が送る。

その光景が、あまりにも自然に思い浮かぶ。


後日、姉は母に言ったという。

「入院の日、送ってくれる?」


母は迷いなく答えた。

「わかったよ」


6年。


その時間は、何も変えていないのかもしれない。


頼む側に強い遠慮はない。

受ける側にも迷いはない。

それが悪いとは言えない。

家族だから。


けれど。


その「当然」が、胸の奥に小さく刺さる。


怒りではない。

ただ、少し冷える。


姉は予定日の話をする。

未来の話をする。


でも、

「いつまでここにいるのか」

その話は出てこない。


私は相槌を打ちながら、自分の感情を探していた。


命が増えることを否定する気持ちはない。

それでも浮かぶのは、


——大丈夫なの?


ようやく穏やかになった生活。

夜に何度も目を覚まさなくなった。

呼吸が戻り始めていた。


その延長線上に、

また誰かの生活が重なる。

相談ではなく、前提として。


私は何も言わなかった。


姉はきっと、この沈黙を納得と受け取る。

母はきっと、「家族なんだから」と言う。


そして私は、

また一本、線を引く。


声に出さない線。

でも、確実に増えた線。


あのとき喉で止まった「……は?」は、

驚きではなかった。


六年という時間の上に置かれた、

もうひとつの前提。


察してしまった。


それだけだった。

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