第7章 前編 「きれいな家」
本日、第7章 前編・中編・後編 の3話投稿しています。
結婚12年目。
母実家の建て替え工事が進んでいた。
古くなった家を壊し、新しく建て直す。
何度も打ち合わせを重ね、間取りを決め、
ようやく形になっていく家を見ながら、
「やっと落ち着けるかもしれない」
そう、少しだけ期待していた。
建て替え中、じーちゃんとばーちゃんは敷地内の離れへ。
私たちはアパートを借りて暮らした。
短い期間とはいえ、
介護から物理的に距離ができたことは、
正直、ほっとした。
結婚してからずっと慌ただしかった。
次から次へと何かが起こり、
立ち止まる余裕がなかった。
だから、新しい家には、
少しだけ希望を重ねていた。
きれいな壁。
傷のない床。
木の匂い。
新築が完成した日、
玄関を開けたときの、あの匂い。
やっと、ここから。
そう思った。
けれど。
生活が始まって間もなく、
違和感は静かに広がった。
叔母たちは以前と変わらず、頻繁にやって来た。
連絡はない。
インターホンも鳴らない。
気づけば、玄関が開いている。
家の中にいる。
冷蔵庫を開け、
買ってきた手土産を入れ、
飲み物を出す。
それが、当たり前のように繰り返される。
ある日、新築の家を見たいと、
じーちゃんに許可をもらい
叔母二人が二階まで上がってきた。
寝室も。
子ども部屋も。
「見てもいい?」と聞かれた記憶はない。
私は、何も言えなかった。
胸の奥が、ざわつく。
でも、その場で止めるほどの強さはなかった。
数日後。
二階の寝室で横になっていると、
突然、名前を呼ばれた。
驚いて起き上がる。
叔母が、部屋の中に立っていた。
心臓が跳ねる。
声が出ない。
一瞬、ここが自分の家だという感覚が揺らいだ。
玄関の音には気づかなかった。
インターホンの履歴を確認すると、
押された形跡はなかった。
そのとき家の中には、
私と子どもたちしかいなかった。
勝手に玄関を開け、
勝手に上がり、
勝手に二階へ。
そして、寝室まで入ってくる。
ここは、私の家のはずだった。
それなのに、体が強張る。
気が休まらない。
新築の壁は、きれいなのに。
床も、まだ傷ひとつないのに。
どこか、落ち着かない。
二階は、唯一ほっとできる場所になるはずだった。
一階は、介護の気配が常に漂う。
せめて、二階だけは。
そう思っていた。
けれど、その境界はあっさり越えられた。
新しい家の匂いは、まだ消えていない。
それなのに、
胸の奥には、古い疲れが戻ってきていた。
やっと落ち着けると思ったのに。
その予感は、
静かに、確実に崩れ始めていた。




