第6章 後編 「それでも続く」
弟は入院中、3回の手術を受けた。
1回目は怪我をした当日。
二階の高さから落下し、砕けた足首を応急的に処置するための手術だった。
2回目は経過が思わしくなく、急きょ決まった緊急手術。
神経がうまく機能しておらず、足が動かなくなる恐れがあったためだ。
3回目は骨を固定するための創外固定の装着。
金属の器具で足を外側から支えるという現実は、想像していた以上に衝撃だった。
入院中、私は病院へ通いながら、事故状況を弟から聞き取った。
上棟式の足場組み立て作業中、二階の高さから落ちたこと。
祝いの日だったため、その家の人に迷惑をかけまいと救急車を呼ばなかったこと。
まず個人病院へ向かったこと。
せめてその場で救急車を呼んでくれていれば――
その思いを飲み込みながら、事実だけを紙に書き出していく。
労災の書類に落とし込むため、冷静に、正確に。
同じ話を何度も聞き、何度も整理し、何度も書き直す。
その繰り返しで、頭がパンクしそうだった。
感情と事務作業は、どうしてこんなにも相性が悪いのだろう。
退院してから数日後、私は弟のいる実家へ向かった。
玄関を開け、居間をのぞくと、
そこには、いつもの椅子に座っている弟の姿があった。
その姿を見た瞬間、初めて胸の奥の緊張がほどけた。
生きている。
それだけでよかった。
本当に、それだけでよかったのだと実感した。
しかし現実は、安堵だけでは終わらなかった。
創外固定をつけた足では、普通のズボンが入らない。
布が当たり、金属部分に引っかかり、着替えに時間がかかる。
退院後の生活を見ていて、ズボンが足りないことに気づいた。
既製品では難しい。
ならば、作るしかない。
足首周りの金具が通るよう、太もも部分を大きくとったハーフパンツを、数本仕立てることにした。
見た目よりも、まずは実用性。
脱ぎ着のしやすさ、固定器具への負担の少なさ、通気性。
幸い、季節は夏だった。
厚手の布でなくていいことだけが救いだった。
夜、家で布を広げ、裁断し、ミシンを走らせる。
縫い目を確かめ、糸を切り、アイロンをかける。
作業が終わり、布を片付けてミシンを止めると、
家の中は静まり返る。
弟は別の家――実家で眠っている。
物理的には近所にいても、
夜の静けさの中では、それぞれがそれぞれの場所で戦っているように感じられた。
長い一日を終えた安堵と、
これからも続いていく現実への覚悟が、胸の中で静かに混ざり合う。
事故前から決まっていた家の新築計画も、止まることはなかった。
ローン審査は通り、
工事の予定も組まれ、
着工まであと少しという段階だった。
本来なら、弟が主になって作業に関わるはずだった。
それが、怪我によって叶わなくなった。
けれど、計画は進んでいる。
ローンも動き出している。
止めることはできなかったため、
事故当日に駆けつけてくれた弟の知り合いに事情を説明し、
工事をお願いすることになった。
申し訳なさと感謝と不安。
いくつもの感情が入り混じる。
家を建てるという本来なら喜びで満ちるはずの出来事が、どこか重たい。
それでも、家は建つ。
生活は続く。
これから始まるのは、
弟の今現在の介護と生活サポート、
そして新しい家づくりの両立。
どちらも、簡単ではない。
夜の静けさの中で、私は深く息を吐いた。
休まる日は、きっと多くはないだろう。
弟はこのあと1年近く仕事に復帰できなかった。
歩くときも、怪我をした足に体重をかけないよう、
少し跳ねるような歩き方が残った。
それでも、
生きている弟がいて、
形になろうとしている家がある。
守るものがはっきりしていることは、
それが、救いでもあった。
覚悟は、声高に決意するものではない。
静かに、腹の奥に沈めるものだ。
私はその重みを受け入れながら、
ゆっくりと灯りを消した。




