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第6章 前編「崩れた日」

本日、第6章 前編・中編・後編 の3話投稿しています

会社でパソコンの画面に向かっていた、昼下がり。

携帯が震えた。

表示には、父の名前。

 

「……どうしたんだろう」

 

通話ボタンを押すと、父の声は、わずかに震えていた。

 

「弟が落ちたらしい」

 

その一言で、頭の中が真っ白になった。

 

落ちた?

どこから?

どういうこと?

 

言葉の意味が、すぐに形にならない。

 

父は続けた。

 

「これから透析だから、俺は行けない」

 

悔しさを押し殺すような声だった。

 

「母さんは仕事中で、連絡がつかない」

 

状況を整理する間もなく、

「母と連絡を取って、病院に向かうように言ってくれ」

と、父は言った。

 

私は震える手で携帯を握りしめ、母の会社に電話をかけた。

事情を説明し、母を出してもらうようお願いする。

 

保留音が、やけに長い。

 

耳の奥で心臓の音が響く。

 

やっと母が電話に出た。


父から聞いたことを、そのまま伝える。

母はすぐに仕事を早退し、実家へ戻ることになった。


そのとき、ふと思った。


母を一人で向かわせてはいけない。


自分の子どもの命に関わるかもしれない状況で、

冷静に運転できるだろうか。


一人で行かせたら、だめだと思った。

 

私も会社に事情を伝え、急いで車に向かう。

 

一度実家に寄り、必要なものを確認する。

保険証。

財布。

他には?

 

次姉に連絡を入れ、保育園へ通う子どもたちの迎えを頼んだ。

夫にも電話をする。

少し早く帰宅してもらい、子どもたちを実家へ迎えに行ってもらう段取りを整える。

 

次から次へと、やることが押し寄せる。

考える暇を与えない。

 

車に乗り込み、病院へ向かう。

距離は、およそ1時間半。

少しでも早く着くため、高速に乗った。

 

ハンドルを握る手に、力が入る。

 

助手席の母は無言だった。

目を伏せ、口を固く結んでいる。

 

その横顔が、ひどく疲れて見えた。

 

胸の奥に、重たいものが沈む。

 

――死なないよね。

 

思わず、心の中でつぶやく。

 

祈ることしかできない。

どうすることもできない自分が、もどかしい。

 

弟の状況は分からない。

怪我の程度も知らない。

 

ただ、「落ちた」という言葉だけが、頭の中で繰り返される。

 

病院までの距離は、ただの距離ではなかった。

不安が何倍にも膨らみ、

時間がゆっくりと伸びていく。

 

到着まで、あと少し。

 

窓の外の景色が流れていくのを、ぼんやりと見つめる。

 

深呼吸。

吸って、吐く。

 

胸の奥で、小さな声が繰り返す。

 

大丈夫。

無事でいて。

 

それだけを祈りながら、

私たちは病院へと向かっていた。

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