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第5章 中編 「仮の居場所」

次姉家族が実家に入ってから、家の気配が変わった。


干してある洗濯物が増える。

見知らぬ靴が玄関に並ぶ。

廊下を走る足音も増えた。


けれど、昼間は静かだった。

姉にもパート先を紹介し、仕事を始めていた。

姉の子は保育園。

母と弟も仕事に出ている。

父は透析のため、昼間は家にいることが多い。

私は仕事をしていたが、その日は休みだった。


父に会いに行った。


昼前。

台所に立つ父の背中が見える。

少し丸くなった背中。

鍋の蓋を開けると、湯気が立ちのぼる。


父は一人分より少し多めに、昼食を作る。

そして階段に向かって声を張る。


「ごはんできたぞー」


二階の洋室にいるのは、姉の夫。


少しして、足音が降りてくる。

居間に入り、父にも私にも目を合わせないまま、

そのまま座卓に座る。


何も言わずに、箸を持つ。


――いただきます。


その一言が、ない。


食べ終わっても、


――ごちそうさま。


それも、ない。


出かけるときも、


――行ってきます。


帰ってきても、


――ただいま。


そのどれも、聞いたことがない。


……あれ?


私は、そのことに気づいた。


どうしても、引っかかった。


うちは、言う家だった。

言葉にするのが当たり前。

小さなことでも、声に出す。

それが礼儀だと、教わってきた。


父は何も言わなかった。


父が、姉の夫に何も言わない理由は分からない。


けれど父自身も、かつて母の実家で祖母と衝突し、

居場所に悩んだ時間があった。


二年と期限を決めた、この暮らし。


同じように「入る側」の立場に立つ姉の夫に、

父なりの気遣いがあったのかもしれない。


ただ毎回、変わらず言う。


「ごはんできたぞー」


返事がなくても。


その声が、少しだけ虚しく響く日があった。


私は座卓の端に座りながら、

胸の奥がざわつくのを感じていた。


違う。


何かが、違う。


二階の洋室。

元・私の部屋。


今は、彼らの部屋。


あの部屋から生活音がするたび、

自分の居場所が一枚ずつ剥がれていくようだった。


私はもう家を出ている。

分かっている。


それでも、帰ればそこに“私の場所”があると、

どこかで思っていた。


でも、今は違う。


居間に座っていても、

私はどこか浮いている。


自分の実家で、

客のように、端に座っている。


二年だけ。


その言葉を、何度も思い出す。


けれど。


言葉にしない違和感は、

ゆっくりと、確実に積み重なっていく。


挨拶のない食卓。


それが、私にとっては

一番分かりやすい「変化」だった。


二年。


まだ、始まったばかりだった。


そして私は、

その二年を、どこかで数え始めていた。

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